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最終幕 飛燕

「ん……」


 鐘が響くような鈍い痛みと、背中に当る砂の違和感に私の眼が覚めました。

 不思議な事に、私はどうやら生きているようです。


「おう。眼が覚めたか。少々手加減を見誤った。許せ」


 私の横に胡坐をかいていたのは、宮本様でした。


「弟子どもは先に帰らせた。この島にいるのは俺とお主だけだが、案ずるな。お主をどうこうしようと言う気は無い」


 言われたとおり、傍には宮本様がお一人です。円明流のお弟子様方は誰もおりませんでした。

 私は慌てて体を起こし、宮本様の正面で正座しました。


「なにゆえ、私を殺さなかったのですか」


 私がそう問うと、宮本様はじっと私の顔を見つめられました。

 先ほど試合を行った時の顔とは違う、精悍ではあるものの、宮本様のお顔はどこか優しげでありました。


「向かってくる者は斬る。しかれど、これ以上の殺傷は無益でもある。お主が女子であるならばなおの事だ」 


 全身から力が抜けていくのを感じました。

 生きながらえたという安堵のためか。

 先生の願いを叶える事が出来なくなった、という失意のせいか。

 それとも宮本様から先生と同じ匂いを感じ取ったためかは分かりません。


「主に一つ訊く。佐々木殿は亡くなられたのだな」


 私は頷きます。


「先生は、佐々木は昨夜遅く、身罷られました」


「そうか。惜しい御仁を亡くしたようである。佐々木殿と手合わせ叶わなくとも、巌流一門が戦を挑んでくると思い、一応弟子どもを用意していたのだが、まさかお主が一人で来ようとは。正直度肝を抜かれたぞ」


 言って宮本様は豪放に笑われました。


「しかし、これは大いに参った。弟子どもには口外せぬようきつく言い渡したが、これでは佐々木殿と試合った事にはならぬ。京雀どもにも天下一の佐々木小次郎と試合すると喧伝してしまったし、今更引っ込みもつかぬ。ううむ大いに弱ったぞ」 


 今度は腕を組んで、宮本様は悩み始めました。すると一呼吸もせぬ間に、


「うむ。名案が浮かんだぞ。俺は佐々木殿と試合った。お主が証人だ。間違いないな?」


 意味を掴みかねた私の無言を、宮本様は了承と受け取ったようでした。

 宮本様は一人で話続けます。


「だが、それだけではなんとも詰まらぬ。人にどんな試合であったか聞かれた時困るしな。そうだな、俺が遅刻した事にしよう。それで佐々木殿が、『臆したるか武蔵』と俺を一喝し、鞘を投げる。そこで俺がすかさず『小次郎敗れたり。勝つ気があれば鞘は投げまい』と――どうした。何がおかしいのだ」

 

 気がつくと私は笑っておりました。

 宮本様は私ではなく、佐々木小次郎と試合を行った事にするおつもりなのですから。

 それも、事実を捻じ曲げてまで。


「笑うな。こちらは名を上げるのに必死なのだ」


 私は思いました。

 この方は先生と同じです。

 宮本様はしばし難しい顔をなされると、


「まあ良いわ。後はどうとでもしてくれる」


 と、おっしゃられ、ごろんと浜辺に横になられました。


「舟が迎えに来るまでしばし時間がある。お主、良ければ佐々木殿の事を話してくれぬか」


「先生の事を、でございますか」


「いかにも。お主ほどの気丈な女子を鍛え、この武蔵と立ち合わせるほど覚悟を持たせたのだ。佐々木殿は立派な御仁であったと思うが相違ないか」


 私は船島の空を見上げると、頷きました。

 空には燕が一羽、あたたかい日差しを受けて飛んでおりました。

 

 宮本武蔵様。おそらく、天下一の剣豪として世に名を残す御仁。

 この方に先生の事を話そうと思います。

 武芸者佐々木厳流として船島で死んだ者の事ではなく、心優しく誇り高い先生の事を。

 私達の先生。

 佐々木小次郎先生の事を――






                終


読んでいただき、ありがとうございました。


当作品は今から五年くらい前に書いた作品です。

ノロウィルスにやられ、食事も出来ず点滴を打った手で書いたのを覚えています。


なんで時代劇を書いてみようと思ったのかは自分でも不明ですが。

読み返してみると、粗が目立ちますね。

もう少し深い話に出来れば良かったのですが。

精進したいと思います。

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