顕前師
僕はあらゆる霊的なものを信じない。
幽霊も妖怪も、祟りも呪いも、天国も地獄も信じない。
墓参りだって意味があるとは思っていない。
だからそういうもので商売をしている人を許せない。
テレビで心霊写真の解説をしている人を見ると必ずチャンネルを変える。
僕はそういう人間だ。
だから近所に顕前師とかいう怪しい奴が来たと聞いたとき、僕は絶対にそのインチキを暴いてやろうと考えた。
死者を顕然と現前させる――それで顕前師ということだった。
要するに霊媒師の類だ。
一週間前から商店街の一角でそういう茶番劇じみたことをしているらしい。
色々な噂を耳にしたが、驚くべきことにほとんどは好意的な噂だった。
高校の同じクラスに興味本位で「顕前」を試した人がいて、僕はそいつから話を聞いたが、どうしても本物だとしか思えないと答えた。
彼は何年か前に亡くなったという彼の祖父を呼び出してもらい、実際に話をしたと言った。
普通の霊媒師は、霊を自分の中に呼び出して自分の口を介して話をさせる(と主張している)。
しかし顕前師は、霊を五体満足な人の形で呼び出して、その霊に話をさせると言う。
彼は祖父の顔、祖父の声に違いなかったと証言したので、僕は狐につままれたような――人をだます狐も信じないが――気分になった。
一回千円だから騙されたと思ってやってみるといいよ、と彼は締めくくった。
僕は一度様子を見に行った。
各所で噂になっているだけあって、平日の夕方四時にはかなりの行列ができていた。
顕前師は意外にもスーツを着たしっかりした雰囲気の男性だった。
列に並ぶ人々は皆思い思いに亡き人を呼ばせていた。
呼ばれた霊は他の人には見えないらしく、傍から見れば皆泣きながら一人で喋っているだけという不気味な光景がそこにはあった。
話せる時間は五分と決まっているらしく、行列は規則正しいテンポで進んでいた。
その中に僕と同じことを考えたらしい中学生がいて、顕前師にしおらしく「僕の父を呼んでください」と言った。
その演技は僕にも分かるほど稚拙だった(目が笑っていた)が、顕前師は他の人にしたのと同じように名前と背格好、いつごろ亡くなったかなどを尋ね、目を閉じて祈るような仕草をした。
「その方は本当に亡くなっていますか?」
しばらくして顕前師は少年に尋ねた。
少年は少しひるみながら「はい」と答えた。
顕前師は「ふうむ……」と小さく唸ってからまた目を閉じた。
「申し訳ありませんが、その方は見つかりませんな」
再度目を開けると顕前師はこう言った。
少年は黙っていた。
おそらくこうなった場合の対策を考えていなかったのだろう。
「料金は結構ですから……今回はお諦め下さい」
そう言って顕前師は少年を帰した。
あのよどみない口ぶりからして、顕前師はあの少年のような冷やかしには慣れているらしい。
生半可な演技では見破られるということだ。
演劇部員たる僕にはこれは魅力的な要素でさえあった。
僕は自分で顕前師と対面してみる必要があると思った。
結局のところ、そうしなければ何も分からないのだ。
次の日、友人の協力を取り付けて僕たちは顕前師のところへ向かった。
今日も行列ができていることを確認すると、友人と別れた。
作戦はこうだった。
僕が渾身の演技で数日前に交通事故で亡くなった友人を呼ばせる。
何らかの方法で友人の霊が現れる(信じたくなかったが、霊のような像が現れるのは確かなようだった)。
僕が合図をして、回り込んで陰に待機していた友人が現れ、感動の再開を果たす。
友人も演劇部の人間で、僕らはそこで一芝居打って周りの人たちに顕前師のインチキを見せ付けてやろうという魂胆だった。
そこで、僕は列に並び、友人は回り道をして顕前師の向こう側に向かったのだった。
僕はマスクを着けていた。
顕前師は幻覚物質のようなものを吸わせているのかもしれないと思ったからだ。
それに表情を読みにくくする効果もあった。
顕前師は催眠術を使うのかもしれないが、その場合は対策の仕様がなかった。
とにかく、僕はやる気に満ちて顕前師と対峙した。
「友人を呼び出して欲しいんです」
僕は消え入りそうに、しかも期待をこめた、震えた声を出した。
顕前師は静かな目でこちらを見つめ、皆にするのと同じように「友人」について尋ねた。
僕が粛々と答えると、顕前師は目を閉じようとして、「ん?」と言ってまたこちらを見た。
僕は狼狽したが、それを表面には出さなかった。
「……何ですか?」
「予想外に近くにいましたから」
顕前師は僕の肩越しに後ろを指した。
振り向くとそこには確かに友人がいた。
別れたときと同じ様子で、ただ少し顔色は悪かったが。
顕前師が普段と違う過程を経たにせよ、成功だった。
仕組みは分からないが、とにかく友人の霊のようなものが現れたのだ。
「ごめん……あの後事故っちゃって、その……」
彼は呆然としたような泣きそうな声で呟いた。
その生々しい発言に寒気を感じながら、僕は合図を――マスクを外すという合図だ――した。
目の前の友人の霊のようなものは寂しげに首を横に振った。
僕は周囲を見回しながら上ずった声で友人の名前を呼んだ。
どこからも返事はない。
遠くから救急車の音が聞こえた。
顕前師は静かな目で僕を見ていた。
お読みくださり嬉しく思います。
ご意見やご感想などありましたら是非お寄せください。




