高嶺の花の小鳥遊さんは、俺に『推し』の声で囁かれたい
佐々木くん
はじめまして。
突然のお手紙、ごめんなさい。
佐々木くんに、どうしてもお願いしたいことがあります。
今日の放課後、体育館の裏で待っています。
小鳥遊 美琴
――名門・東帝学園高等学校に入って半年、俺の身にあり得ないことが起こった。下駄箱に学園一の美少女・小鳥遊さんの手紙が残されていたのだ。
「体育館裏、学園一の美少女からの手紙――もしかして告白?」
小鳥遊さんは、大手自動車メーカーの創業一族の出身で、東帝学園に小学校から通っている生粋の『東帝ガール』。何事も卒なくこなし文武両道で、テニスで全国大会に出場したこともある。まさに王道を征くお嬢様だ。猛勉強の末、高校から東帝学園に入った庶民派の俺とはわけが違う。
「あの小鳥遊さんが俺に興味を持つわけないか。まさか嘘告か?」
浮かれた姿を撮られて、ネットに動画を上げられる未来が脳裏をよぎった。
「ここはあの治安の悪い公立中とは違う。小鳥遊さんが、そんなくだらないいたずらに加担するはずがない」
邪念を振り払うように俺は首を横に振った。他の生徒からのいたずらも考えた。けれど、もし本当に小鳥遊さんが俺に用があるなら、彼女に申し訳ない。
「――これもうわかんねぇな。いいよ来いよ。受けて立つ」
そして放課後、俺は意を決して待ち合わせの場所に向かった。体育館裏には一人の女子生徒がその美しい黒髪を靡かせて待っていた。――間違いない。小鳥遊さんだ。
制服を1mmも着崩さず、化粧っけもないのに、アイドルのように可憐だ。自分から声をかけようと思ったのに、緊張して思うように声が出なかった。つぶらな瞳がこちらに向く。向こうから声をかけてくれた。
「佐々木くん、ですよね? 急に呼び出してすみません」
「は、はい。俺が佐々木です」
「ひゃ!」
小鳥遊さんが悲鳴のような声を上げた。彼女は大きな瞳をさらにまあるく見開き、口元を手で押さえている。
――俺、早速何かをやらかした?! 困惑して目を瞬いた。
「俺、何か悪いことしました?」
「いえ! ち、違うんです!! 佐々木くんの声が――」
「声ですか?」
「ドリサマの天王寺レン様にそっくりなんです!!」
「ファッ!?」
小鳥遊さんに言われたことが理解できず、変な声が出た。俺はしばらくその場にフリーズした。
「すみません。ドリサマの天王寺レン様って一体……」
「こちらこそ、突然、何の説明もせずに不躾なことを言って、ごめんなさい」
彼女はスマホをこちらに向けた。
「私、このドリームサマーレボリューション――そうですね。私、男性アイドルグループの活躍を描いたアニメにハマっておりまして」
見せられたスマホの中で、金髪の男性キャラが微笑んでいた。
「特にこのキャラ――天王寺レン様の大・大・大ファンで」
「なるほど――?」
「実は佐々木くんの声が、天王寺レン様の声をやっている声優・波多野颯真さんにそっくりなんです」
俺は、小鳥遊さんの大胆な『告白』に面食らった。
「――そんなこと初めて言われました」
「本当ですか!? 波多野さんって、男性が好きそうなアニメにもたくさん出ていますよ。『バトラン』の陽斗役とか『キングビースト』のアビス役とか」
俺の頭の上にはてなマークが浮かんでいるのに気づいたのか、小鳥遊さんの声が上ずった。
「すみません。アニメが好きな方ばかりじゃないですよね」
「いいえ、大丈夫です。少し驚いただけで。それで俺にお願いって何ですか?」
「実は――佐々木くんに、レン様の声真似をして欲しいんです!!」
大人しそうな小鳥遊さんの熱がこもったお願いに、俺はたじろいだ。
「こ、声真似ですか!? やったことがないので、お役に立てるかどうか……」
だが小鳥遊さんほどの美少女に上目遣いで見つめられて断る胆力は、俺になかった。追い詰められた俺は首を縦に振った。
そのまま俺はカラオケボックスに連れて行かれた。
「いいですか? 佐々木くん。今から録音をするので、この台詞を読み上げてください」
渡された紙を見て、俺は眉間にしわを寄せた。
『顔面偏差値最強王子、レンです~☆』
『サマードリーム!! キュン♡キュン♡レボリューション!』
『もう止められない僕たちのラブ』
『美琴、俺について来いよ♡』
『一度だけ真面目に言うね、美琴が好き♡』
『美琴、よそ見すんな! 俺だけを見てろ』
「――小鳥遊さん、これ本当に全部読むんですか?」
「ええ! お願いします」
小鳥遊さんは食い気味に返事をすると、マイクを渡した。
「顔面偏差値最強王子、レンです」
「違う!! 最後の『す』は少し上げる」
「は、はい。――顔面偏差値最強王子、レンです~」
「もっと俺様な感じで」
「顔面偏差値最強王子、レンです~」
「声も台詞も同じなんだけど、どうしてだろう? 『内なる自信』がレン様と違う?」
「そんなことを言われましても……」
――内なる自信
中学生の時は、同級生に目つきが気に食わないと殴られた。上級生からカツアゲされたこともある。そんな荒れた環境から抜け出したくて、ひたすら勉強して東帝学園に特待生で合格した。空手部に入って体を鍛えた。
だけど俺の本質は変わらない。陰キャだ。小鳥遊さんが期待する『内なる自信』なんてものは俺の辞書にはない。ため息を一つついて、小鳥遊さんに尋ねた。
「小鳥遊さんはどうして俺の声が、そのアニメのキャラクターに似ていると思ったんですか? クラスも別で、特に話したこともないと思うんですが」
「友だちの麗奈――いえ西園寺が英語ディベート大会に出ていたので、応援しに行ったんです。あの大会、佐々木くんもクラスの代表で出ていましたよね? 佐々木くんの理路整然としたしゃべり方や自信に満ち溢れた声が、レン様にそっくりだと思ったんです」
ディベート大会は、東帝学園で毎年秋に行われる恒例行事だ。俺も頑張ったが、1年生の部の優勝者は内部生の西園寺さんだった。小鳥遊さんが俺の討論をそんな風に聞いていたというのが、少し意外だった。
「俺、そのアニメを見たことがないので、まずはレン様がその台詞を言うシーンを見せてもらってもいいですか」
「あ、そうでした! 本物を見た方が手っ取り早いですよね」
小鳥遊さんがはっとした様子で、スマホの画面をスクロールする。
「この台詞は、レン様のキャッチフレーズなんです。――これとか分かりやすいですかね」
『顔面偏差値最強王子、レンです~☆ かわいこちゃんたち、愛している!』
画面の中の『王子様』は俺に向かってウィンクした。これは、ちとハードルが高いなと思った。
「これは……今すぐには無理だと思います。この動画を送ってください。俺、家で練習してみます」
「え、いえ。そこまでしてくださらなくても」
「俺、ディベート大会の時は家で何度も練習しました。練習すれば小鳥遊さんの納得がいくものができるかもしれません」
どうせ頼まれたのなら、納得のいくものを録音したいと思った。
「佐々木くん! ありがとうございます。では、まずは連絡先を交換してもよろしいですか?」
こうして俺はひょんなことから、学園の高嶺の花と連絡先を交換してしまった。
***
連絡先を交換したその日から、小鳥遊さんは怒涛の勢いで『資料』を送りつけてきた。勉強の傍ら、アニメの切り抜き動画を確認して、自分でも何度も練習した。
「サマードリーム!! キュン♡キュン♡レボリューション!」
「あんた、何それ、いい加減にして。マジで気持ち悪いんですけど」
自室で一人叫んでいると、専門学校に通う姉が俺の部屋までクレームを言いに来た。だが姉のことは無視して、練習を続けた。
よくできたものは小鳥遊さんにすぐ送って確認してもらった。毎回異常なほど喜んでもらえるので、悪い気はしなかった。
『美琴、無理すんな。おやすみぃ~♡』
この台詞は特に気に入ってもらったようで、寝る前に聞くとよく眠れると感謝された。
小鳥遊さんと毎日連絡を取り合うようになると、お互いに身の周りのことも相談し合うようになった。
「本当は国際学部に行きたいんだけど、経済学部以外認めないと親に言われた」
「麗奈と喧嘩しちゃった」
「クラスの男子にアニオタと馬鹿にされた」
内部生同士も色々あって、仲のいい西園寺さん以外には、個人的な悩みを相談しづらいらしい。彼女の相談を聞くと、筋金入りのお嬢様でも、悩んでいることは俺たち庶民とそんなに変わらないんだなと親近感が湧いた。生粋の東帝ガールも大変だなと思いつつ、彼女が自分を頼ってくれるのがうれしかった。
「佐々木くん、数学のこの問題が分からない」
「その式は――」
テスト前は、小鳥遊さんから数学の質問が殺到した。小鳥遊さんが志望している経済学部は、内部進学でも数学がある程度できないといけないらしい。解法を説明すると、大したことではないのに「さすが特待生! 勉強もできる!」と喜んでもらえた。
「佐々木くん~!」
テスト明けの昼休み、渡り廊下で西園寺さんに呼び止められた。小鳥遊さんも一緒だ。
「美琴、『あれ』! 佐々木くんに直接頼んじゃいなよ」
「ちょっと、麗奈!」
西園寺さんはアメリカで生まれた帰国子女だ。小鳥遊さん曰く、人との接し方がフランクなところがあるらしい。隣の小鳥遊さんが困った顔をしている。
「どうしました? 俺にできることなら何でも協力しますよ」
「ほら、美琴いいってよ!」
「麗奈ったら強引なんだから。実は――あの声真似を直接聞かせて欲しくて」
「直接ですか?」
「ええ、録音じゃなくて」
俺は周りを見回した。購買に向かう生徒が行き交う。今ここで「キュン♡キュン♡レボリューション!」なんて叫んだら、俺の東帝ライフは終了する。
「あの、ここだと恥ずかしいので、耳元でもいいですか?」
「――耳元ですか?」
「ええ」
俺は小鳥遊さんの耳元に顔を近づけ、声が漏れないように右手を添えた。シャンプーの匂いだろうか? 顔を近づけると、髪から甘い花の香りがした。
「美琴、よそ見すんな。俺だけを見てろ」
小鳥遊さんの顔がみるみる真っ赤になった。耳まで真っ赤だ。隣にいた西園寺さんに飛びついた。
「きゃぁ、レン様~! 私、どこまでもついて来ます!」
どうしよう。スマホに向かって何度も唱えたはずの台詞なのに、まるで小鳥遊さんに俺の気持ちを伝えているようで、俺まで心臓のドキドキが止まらない。
「美琴も好きよね。佐々木くんありがとう。――この子、悪い子ではないのよ」
呆れた様子で西園寺さんが言った。小鳥遊さんのことをそんな風に言えるのは、西園寺さんくらいだろう。
「佐々木くん、またお願いします!」
「ええ、俺でよければいくらでも協力しますよ」
小鳥遊さんが俺に求めているのは『天王寺レン』の声だ。俺は目線を逸らし、必死に胸の鼓動を隠そうとした。
台詞の録音が一通り終わると、小鳥遊さんの『要求』はさらにエスカレートした。
「この『ドリーム☆ハルシネーション』って曲なんですけど、レン様のパートが少なくて、佐々木くんに全パート歌って欲しいんです」
「今度は歌ですか?」
「もしかして、佐々木くん歌は苦手ですか?」
「――音痴ではないと思うんですが、上手いと言われたことはないですね」
「無理はなさらなくて大丈夫です」
「いえ、いい機会なのでやらせてください。姉に怒られそうですが、家で練習します」
「それなら一緒にカラオケに行きませんか? カラオケ代はこちらでお支払いしますので」
小鳥遊さんの意外な提案に俺はたじろいだ。
「え、でも俺が練習しているのを聞いても、多分面白くないですよ」
「うふふ。私は絶対に楽しいと思います」
小鳥遊さんに、あまりひどいものは聞かせられない。俺はカラオケに行く前に、ボイストレーニングをネットで研究した。意気込んで、カラオケに来たけれど、結局どうしてもレン様のようには歌えなかった。
「すみません、下手な歌ばかり聞かせて」
「いえ、まだ時間はあります。もう一回行きましょう」
歌う度に録音して、音程を間違えた部分をメモした。苦手な音程は何度も練習した。
「佐々木くん、また一緒に練習に行ってもいいですか?」
いつの間にか、お互い部活の練習がない土曜日の放課後に、小鳥遊さんとカラオケに行くのが定番になっていった。
「佐々木、小鳥遊さんが来たぞ」
鞄に荷物を詰めていると、空手部の同期の木村が声をかけて来た。
「お、木村。ありがとう」
「さすが、東帝学園の特待生はやりますねぇ」
「何が? 声真似の練習だって言っているだろう」
木村以外にも、やっかむ奴らがいた。俺は小鳥遊さんとの仲を誤解されないように弁解して回った。
「ああ、俺もその声優と声が似ていれば、学園一の美女と毎週カラオケに行けたのに。本当に頭にきますよ」
「うるさい、お前には関係ない話だろう」
小鳥遊さんは、毎回楽しそうに練習に付き合ってくれた。
真夏の夢のアセンション~
夢の中で上がるテンション~
「このパート、ラップのリズムを取るのが難しいですね」
「私も一緒に歌ってみましょうか?」
俺がラップの部分だけを、念仏を唱えるようにぶつぶつと繰り返していると、小鳥遊さんも一緒に同じフレーズを口ずさんでくれた。俺は注文したアイスティーを一口飲んだ。
「小鳥遊さんも一曲入れてください。俺の練習ばかりじゃ、つまらなくないですか?」
「――いいえ、それが自分でもびっくりなんですが、本当に楽しいんです。佐々木くんの練習を見ていると、レン様もアニメで描かれないところで血のにじむような努力をしていたのかなって。そんな風に考えたら、さらに尊くて!」
赤らめた頬に手を当てながら小鳥遊さんは言った。
――そうか、俺が練習する姿も、彼女にとってはレン様の『代用品』なのか。
分かっていたことなのに、急に胸がえぐられるように感じた。
「聞いてなかった気がするんですが、どうして小鳥遊さんはレン様がお好きなんですか? 『天王寺レン』ってドリサマのメインキャラではないですよね?」
「お恥ずかしい話、私自分に自信がなくて――」
「え、小鳥遊さんが自分に自信がない?」
「ええ」
「どうしてです? 小鳥遊さんは生まれながらのエリートじゃないですか?」
「皆さん、私の家族のことを褒めてくださいます。でも私自身、『華麗なる小鳥遊家』なんて言われても、全然ピンと来ないんです。逆に皆さんの期待に応えられていない気までして」
「小鳥遊さんはテニスで全国大会に出場したって聞きましたよ。英語だって帰国子女じゃないのにペラペラで」
「それは親に言われて、小さい頃から習っているからです。どちらも自分がやりたくて始めたことじゃないので――」
小鳥遊さんは名家に生まれて、小学校から名門校に通って、文武両道で、そしてこんなにかわいい。人が欲するものを全て持っているのに――。
「でも……でも、そんな時にドリサマに出会いました。一人ひとりに夢があって好きなことを頑張っていて。――特に自信に満ち溢れたレン様に、一生ついていきたいと思いました!」
「――なるほど」
「レン様も陰でたくさん努力して、あのパフォーマンスをしているんじゃないかと考えると、私が自分に自信を持てないのは、何事にも一生懸命になれてないからなのかなって思うんです」
それは違う。
小鳥遊さんは西園寺さんみたいに外国のお友だちが欲しいと言って英語の勉強を頑張っている。テニスでも、部活全体を強くしようと中学生の指導に励んでいると聞いた。俺は小鳥遊さんの耳元に顔を近づけた。
「美琴がいつだって一生懸命なことを俺が一番分かっている」
「ひゃあっ! レン様~!」
小鳥遊さんが顔を真っ赤にして両手で口を覆った。
「佐々木くん、耳元でそれを言うのはずるいです~」
自分の気持ちをレン様の声真似でしか伝えられない自分は、彼女の言う通り『ずるい』のかもしれない。
『ドリーム☆ハルシネーション』はかなり難易度が高い曲で、練習してもなかなか完璧に歌うことはできなかった。最近は息抜きに小鳥遊さんと一緒に歌ったり、他の曲を練習したりしている。
「――どりぃ~む! はるしねぇ~しょん!」
歌い終えると、俺はマイクを置いた。
「ううん、やっぱり違うな。サビでどうしてもうまくビブラートをかけられないですね」
「そうですか? だいぶ良くなってきていると思います! ねえ、佐々木くん。今日この後、少しお時間ありますか?」
「この後ですか? 予定は何もないですが」
小鳥遊さんが大きく頷いて、スマホを見せてくれた。
「実は今日池袋のアニステージで、ドリサマのトークイベントがあって、声優の波多野さんも来られるんです」
「それなら、西園寺さんと……」
「私も初めは麗奈を誘ったんです。ドリサマのファンは女子ばかりですし。でも麗奈に『私はドリサマに興味ないから、佐々木くんと行って』と言われまして。確かに歌い方の参考になるかもしれないから――」
西園寺さんの澄ました笑顔が思い浮かんだ。
「分かりました。俺でよかったら一緒に行きますよ」
「よかった! うれしいです!」
俺たちは電車に乗って、池袋に向かった。カラオケ以外の場所に、小鳥遊さんと出かけるのはこれが初めてだった。イベントを見に行くだけなのに、ちょっとしたデートみたいで、俺は少しだけ浮かれていた。
駅から出ると、スマホの地図を二人で見ながら、アニステージに向かった。
「……アニステージはこの裏ですね。いつもドリサマのグッズはネットで買うので、こういうお店に行くのは初めてなんです」
アニステージといえば、アニメファンのメッカだ。アニステージの1階には、所狭しとドリサマグッズが置いてあった。すごい人気だと思った。
「トークイベントは地下ですね」
地下は既に女子たちでごった返していた。各自の推しキャラの色で身を包んでいる。制服なのは自分たちだけで、少し浮いていた。
「みんな~! 今日は集まってくれてありがとう!」
声優たちが壇上に上がると、先ほどまでのざわめきは、黄色い歓声に変わった。トークは、ドリサマ収録の裏話、それぞれのプライベート、そして今後のライブの予定などなど、盛りだくさんの内容だった。
波多野さんの生声を聞くのが初めてだという小鳥遊さんは、終始目を輝かせていた。「わぁ、本物だ!」と何度も言うのが、なぜか少し恨めしかった。
最後に声優たちが壇上で『ドリーム☆ハルシネーション』を一曲歌い、トークイベントは終わった。メンバーが少なかったせいか、波多野さんのパートが普段より多くて、歌は参考になった。
「今日は来てよかったです! 付き合ってくれてありがとう、佐々木くん」
「俺も勉強になりました。せっかくなのでグッズも見ていきます?」
「付き合ってもらっていいんですか? 少し時間がかかるかもしれませんが」
「予定はないので、大丈夫です」
興奮冷めやらぬ小鳥遊さんは、次々とグッズを手に取った。
「きゃ、このレン様も、このレン様もかっこいい! うーんと! 大人買いしちゃいましょう」
小鳥遊さんは、値段も見ずにグッズを端から籠に入れていった。ドリサマのグッズは決して安いものではない。参考書一つ買うのに何時間も迷う俺とは住む世界が違うと改めて思った。
――俺は何を勘違いしていたんだろう。
彼女はエリート一族の人間で、生粋の『東帝ガール』。それに、いくら声が似ていても俺は偽物。本物の波多野颯真には敵わない。そもそも、金髪の俺様『王子様』なんて、陰キャな俺とはキャラが違い過ぎる。淡い恋心を握りつぶすように俺は拳を握った。
「おまたせ~」
「ううん、全然待っていないです」
会計を済ませ、小鳥遊さんは飛びきりの笑顔で戻って来た。今の俺にその笑顔はまぶし過ぎた。
池袋駅に向かう途中、ずっと心ここにあらずだった。俺は『代用品』として弁えているつもりだったのに。
「佐々木くん、会場が女子ばかりで、もしかして疲れました?」
「いえ、そんなことないですよ」
勝手に勘違いして、勝手に落ち込んで、本当に馬鹿馬鹿しい人間だ。俺はむりやり微笑んだ。
そんなくだらないことを考えていたのが、よくなかった。路傍に不良たちがたむろしているのに気づかず、その脇を通り過ぎた。ふとその中に見知った顔があることに気づいた。――中学の同級生だ。絡まれたら面倒だと思って、俺は小鳥遊さんの腕を引いた。
「小鳥遊さん、大通りを行きましょう」
小鳥遊さんに直接触れたのは初めてだった。彼女も少し驚いたように、俺を見上げた。
「――佐々木くん、急にどうしたの?」
だが少しだけ遅かった。
「久しぶり~、ガリ勉の佐々木じゃねえか」
無駄にガタイがいい同級生が、こちらに気づき、声をかけて来た。
「かわいい彼女連れてんじゃん。東帝学園に入ったって聞いてたけど、ヒョロガリの癖に調子に乗ってんな」
どこか品のない笑みに吐き気がした。小鳥遊さんが不安そうにこちらを見る。中学生の時は、コイツと目が合う度に、殴られるんじゃないかとビクビクしていた。
「――その子、めっちゃかわいいな。東帝学園ってことはお嬢様じゃん。俺にも紹介してくれよ」
他の不良もわらわらと寄って来た。俺はきっぱりと言った。
「俺たちは君たちとは関係がない。失礼する」
「中学の同級生にそりゃないだろう。昔のよしみで、話くらい……」
「きゃ!」
同級生の手が、小鳥遊さんに伸びた。俺はこういう人間に怯えなくて済むように、高校で空手部に入ったんだ。ただ不良に殴られていた中学の時とは違う。俺は小鳥遊さんの前に立った。
「お前、また殴られてぇのか」
同級生が勢いよく拳を振り上げた。小鳥遊さんを背にかばったまま、右足を斜め後ろへ滑らせた。体を半身にすると同時に、迫る拳を前腕で外側へ受け流す。拳は俺の肩先をかすめ、空を切った。
「なっ……!」
勢い余った不良は、一歩前につんのめった。その隙に、小鳥遊さんへ声をかけた。
「小鳥遊さん、走れますか? 今のうちに逃げましょう」
「はい」
俺は彼女の手を握って、大通りまで走った。
「はぁ、はぁ」
「ここまでくれば、あいつらも絡んでこないでしょう。ごめんね、俺のせいです。危ない目に遭わせて」
「佐々木くんは悪くないです。さっきの方たちはお知り合いなんですか?」
「あの体がデカいのは、俺の中学校の同級生です。公立も色々だけど、俺の中学は特に荒れていて、ああいう不良がたくさんいました」
俺はため息交じりに言った。
「もしかして、佐々木くん殴られてたの?」
「そうですね。たまに」
情けないと思いつつ、頷いた。
「俺は、どうしてもあそこから抜け出したくて、頑張って勉強しました。俺が東帝学園に入れたのは特待生だったからです。うちは私立の学費を払える家じゃありませんから――」
聞かれていないのに、次々と言葉が零れ落ちた。
「――ごめんなさい。俺は、小鳥遊さんとは住む世界の違う人間なんです。俺ではあなたの憧れの『レン様』にはなれないと思います」
恐る恐る小鳥遊さんの顔を見ると、彼女は少し申し訳なさそうに眉を下げてこちらを見ていた。
「――佐々木くんは自分の置かれた環境を変えたくて頑張ったってことですよね。それって、とってもすごいことじゃないですか?」
「え……?」
「私は自分から環境を変えよう、何かに挑戦しようと思ったことが一度もないんです」
「それは、小鳥遊さんには環境を変える必要がないから――」
「ううん。違います。私は黙って親に敷かれたレールを進んでいるだけ。本当はテニスより兄さんたちとサッカーがしたかった。大学だって麗奈と一緒に国際学部に行きたい。佐々木くんみたいに自分で自分の道を切り開いて、新しい世界に飛び込めるなんて、普通はできないことなんです。それに――」
「それに?」
「ドリサマのレン様は不良に絡まれたら、殴り返したと思います。でも私はさっきの佐々木くんのやり方、すごくかっこいいと思いました」
――俺がかっこいい? レン様ではなくて?
こんな時どんな顔したらいいんだろう。俺は困惑したまま彼女を見つめた。
「佐々木くんは、私がレン様の真似をして欲しいって言ったから、ずっと無理して付き合ってくれていたんですよね。でもカラオケも、今日のトークイベントも、佐々木くんと来たから、楽しかったんだと思います――私、佐々木くんのこと――」
「待って、その先は俺に言わせて」
俺は小鳥遊さんを抱き寄せて、耳元で囁いた。
「美琴、大好きだ。俺と付き合ってくれ」
「さ、佐々木くん、告白でレン様の真似は『ずるい』です!」
「じゃあ俺の言葉で言い直します。小鳥遊さん、いや、美琴。大好きです」
「私も――佐々木くんのことが好きです。よろしくお願いします」
小鳥遊さんはうれしそうに微笑んだ。だが次の瞬間、何かを思い出したように声を上げた。
「あっ!」
「どうしました?」
「今の告白、録音しておけばよかったなと思って」
「……え?」
「だって、あんな熱烈な告白、何度だって聞きたいじゃないですか!」
俺は忘れていた。彼女が、火力強めのオタクだということを。
「多分、その必要はないです」
「えっ?」
「俺、何度だって言いますから」
俺はもう一度、そっと耳元で囁いた。
「美琴、大好きです」
「ひゃっ! 佐々木くん、それは反則です~!」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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