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『AGISS -対神機関-』  作者: 羽吹南瓜
黒瀬特区編
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第六話 『海鳴り』

 黒瀬特区へ向かう輸送機の中は、妙に静かだった。


 エンジン音だけが低く響いている。


 久城透真は窓際の席へ座りながら、ぼんやり海を眺めていた。


 暗い。


 まだ夕方のはずなのに、海だけが異様に黒かった。


「……気のせいだよな」


 そう呟いても、不安は消えない。


 テレビ越しに聞こえた“声”が頭から離れなかった。


 あれを思い出すだけで、身体の奥が冷える。


 向かい側ではレオンが端末を操作していた。


 八重は静かに目を閉じている。


 祈っているようにも見えた。


「なぁ」


 透真が声をかける。


「黒瀬特区って、どんな場所なんだ」


 答えたのはレオンだった。


「元々は海洋資源開発のために作られた人工島だ」


 画面を操作しながら続ける。


「十年前までは、かなり栄えていたらしい」


「十年前?」


「大規模事故が起きた」


 レオンの声が少し低くなる。


海上研究施設ネレイスの消失事件だ」


 透真は眉をひそめる。


「消失?」


「文字通りだ。施設にいた研究員三百四十二名が、一夜で消えた」


「は……?」


「遺体も残っていない」


 透真は思わず黙り込む。


 それはもう事故じゃない。


 怪談だ。


「以降、黒瀬特区では失踪事件が断続的に発生している」


 八重が静かに口を開く。


「海鳴り現象も、その頃から確認されています」


「海鳴り……」


「夜になると聞こえるんです。海の底から、声が」


 透真は無意識に右腕を押さえた。


 嫌な予感しかしない。


 すると。


 ゴォン――。


 輸送機が揺れた。


「っ!?」


 赤い警告灯が点滅する。


『機体バランス異常!』


『海上に高濃度認識汚染反応!』


 パイロットの声が響く。


 透真の背筋が凍る。


 窓の外。


 海面に、何か巨大な影が見えた。


 いや。


 見えてしまった。


 黒い。


 長い。


 海の下を、何かが移動している。


「おい……」


 透真の喉が乾く。


 影が大きすぎる。


 輸送機より遥かに。


『■■■■■』


 声が聞こえた。


 頭の中へ直接。


 その瞬間。


 海面から無数の“手”が伸びた。


「敵襲!」


 レオンが即座に立ち上がる。


 次の瞬間、輸送機へ黒い手が叩きつけられた。


 轟音。


 機体が激しく揺れる。


「きゃあああっ!?」


 後方の職員たちが悲鳴を上げる。


 透真は座席へしがみついた。


「なんだよこれ!?」


「眷属だ!」


 レオンが拳銃を抜く。


 銀色の弾丸。


 窓越しに放たれたそれが、黒い手を吹き飛ばした。


 だが次々と海面から新しい手が伸びてくる。


 八重が立ち上がった。


「このままでは墜落します!」


「分かってる!」


 レオンが舌打ちする。


「透真!」


「え!?」


「準備しろ!」


「何の!?」


「戦闘だ!」


 その瞬間。


 輸送機の側面が引き裂かれた。


 猛烈な風。


 警報。


 海水の臭い。


 そして、黒い腕。


 それが透真へ向かってくる。


 身体が勝手に動いた。


 右腕が熱を帯びる。


《HX01-C》


《部分召喚承認》


 赤黒い粒子が弾ける。


 黒い装甲。


 透真は叫びながら腕を振り抜いた。


「うおおおおっ!!」


 轟音。


 黒い腕が吹き飛ぶ。


 だが直後。


 透真は凍りついた。


 海の中。


 そこに、“顔”があった。


 巨大な女の顔。


 目がない。


 口だけが裂けている。


『ミツケタ』


 透真の頭へ激痛が走る。


「ぐぁっ……!」


「透真君!」


 八重が支える。


 だが透真は海から目を離せない。


 呼ばれている。


 沈め、と。


 海の底へ来い、と。


 その時。


 透真の脳裏へ、誰かの声が響いた。


『脚部ユニット、使用可能』


 ヴァルグレイブ。


 透真は歯を食いしばる。


「っ……!」


 怖い。


 使えば侵食が進む。


 でも。


 このままじゃ全員落ちる。


「透真!」


 レオンが叫ぶ。


「やれるか!」


 透真は海を見る。


 黒い眷属。


 巨大な影。


 そして怯えている職員たち。


 昨日の自分なら逃げていた。


 でも今は違う。


「……やるしかないだろ!」


 右腕の装甲が拡張する。


 両脚へ黒い粒子が走った。


 推進機構展開。


 轟音。


 透真の身体が、一瞬で輸送機の外へ飛び出した。


「はぁぁぁぁっ!!」


 空中加速。


 海面すれすれを駆ける。


 視界がブレる。


 速い。


 前回より制御できている。


 黒い手が襲いかかる。


 透真は空中で回転しながら刃を振るった。


 赤黒い斬撃。


 海が裂ける。


 眷属が消し飛んだ。


 だが。


 海面が膨らむ。


 巨大な何かが浮上してくる。


「おい……マジかよ……」


 それは、人型だった。


 女。


 だが全長は十メートル以上。


 身体中から海藻のような黒髪が伸びている。


 裂けた口。


 空洞の眼窩。


 そして。


 全身に、人間の腕が無数に生えていた。


『カエシテ』


 声が響く。


 同時に。


 透真の脳へ、大量の映像が流れ込んだ。


 海。


 研究所。


 悲鳴。


 沈んでいく人々。


「っ……!」


 頭が割れそうになる。


 その時だった。


「目を閉じてください!!」


 八重の声。


 鈴の音が響く。


 透真の意識が引き戻された。


「精神干渉です!」


 八重が輸送機の扉から御札を放つ。


 白い光。


 怪物が苦しげに叫んだ。


 レオンも援護射撃を行う。


「透真! 本体を叩け!」


「分かってる!」


 透真は推進機構を最大出力へ上げた。


 海面が爆ぜる。


 怪物へ一直線に突撃。


 だがその瞬間。


 怪物の口が、大きく開いた。


 中に。


 “人間”がいた。


「っ!?」


 少女だった。


 海水に沈みながら、虚ろな目で透真を見ている。


 生きている。


「待っ……!」


 透真の動きが止まる。


 その隙を、怪物は見逃さなかった。


 無数の腕が透真へ襲いかかる。


「しま――」


 直後。


 銀色の閃光。


 レオンの対神弾が腕を撃ち抜いた。


「迷うな!!」


 レオンが叫ぶ。


「そいつはもう人間じゃない!」


「でも……!」


「死ぬぞ!」


 透真は歯を食いしばる。


 分からない。


 何が正しいのか。


 その時。


 怪物の中の少女が、口を動かした。


『……たすけて』


 透真の呼吸が止まる。


 次の瞬間。


 右腕のヴァルグレイブが、激しく脈動した。


《高反応検出》


《深海系統情報接触》


《侵食率8%》


「っ……ぐぁぁぁぁっ!!」


 黒いラインが、透真の首元まで伸びていた。

【次回予告】


 黒瀬特区上空戦、激化。


 怪物の中に囚われていた少女。


 その存在を知った透真は、“救う”ために戦おうとする。


「全員を助けるなんて、綺麗事だ」


 レオンの現実。


「それでも、諦めたくないんですか?」


 八重の問い。


 そしてヴァルグレイブは、新たな変化を始める。


 一方その頃、羽吹南瓜は黒瀬特区の海を見下ろしながら笑っていた。


「いやぁ、“海戦”って盛り上がるよねぇ」


 次回――


『深海の娘』


 海はまだ、飢えている。

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