第二十三話 『沈降区画』
資料保管庫最深部。
暗闇の奥で、赤い光が点灯していた。
低い駆動音。
ゴゴゴ……という嫌な振動。
壁そのものが脈打っている。
「……なんだアレ」
俺は刀を握り直した。
羽吹が持ってきた対位相兵装。
黒い刀身。
赤いライン。
見た目は日本刀に近いのに、妙に重い。
しかも握ってるだけで右目が熱い。
でも。
今はHXを使いたくなかった。
さっきから頭痛が酷い。
神経が焼けるみたいに熱い。
視界の端にノイズまで見え始めてる。
使いすぎだ。
「透真君、大丈夫?」
八重が心配そうに見る。
「……平気」
嘘だった。
でもここで弱音吐いてる余裕なんてない。
レオンが前へ出る。
「来るぞ」
その瞬間。
暗闇の奥で、“それ”が動いた。
グチャ……。
肉が擦れる音。
そして。
壁が裂けた。
「っ!?」
資料棚が揺れる。
床まで震える。
赤い光が近づいてくる。
一つじゃない。
大量。
「目……?」
八重が息を呑む。
壁の中。
そこには無数の“人”が埋まっていた。
腕。
顔。
肉。
全部が壁と融合している。
『還ろう』
『還ろう』
『ここが出口だ』
声が重なる。
ノイズ混じり。
頭痛が酷くなる。
「気持ち悪……」
鳴海がショットガンを構える。
その時。
肉塊の中心が割れた。
ズルリ、と。
現れたのは、AGISS北海道支部の制服を着た男。
支部長バッジ。
だが下半身は完全に壁と一体化していた。
「……支部長」
レオンが低く呟く。
支部長は笑っていた。
「帰還者か」
普通の声だった。
それが逆に怖い。
「君たちもこちらへ来るといい」
「断る」
レオンが即座に発砲。
パンッ!!
銀弾。
しかし。
顔面が吹き飛んだ直後、壁から肉が伸びて再生する。
「うわぁ……」
俺は普通に引いた。
「ここは素晴らしい」
支部長は続ける。
「苦痛も死もない」
「永遠だ」
「完全にイカれてるな」
その瞬間。
壁中の腕が一斉に動いた。
『還ろう』
『還ろう』
『還ろう』
「来るぞ!!」
腕が伸びる。
大量。
俺は刀を抜いた。
キィン――。
赤い粒子が刃から漏れる。
速い。
でも。
HXを使わなくても見える。
「ッ!!」
踏み込み。
横薙ぎ。
閃光。
伸びてきた腕をまとめて切断する。
異様な切れ味だった。
ほとんど抵抗がない。
黒い液体が飛び散る。
だが。
再生が速い。
「キリねぇな!!」
後ろ。
別の腕。
俺は拳銃を抜いた。
重い。
大型。
でも妙に手へ馴染む。
トリガーを引く。
轟音。
赤黒い弾丸。
腕ごと壁を抉り飛ばした。
「威力バグってんだろコレ!?」
「透真君!上!!」
八重の声。
天井。
そこから顔が落ちてくる。
笑ってる。
『みつけた』
「っ!!」
反射的に発砲。
顔面が吹き飛ぶ。
だが。
次の瞬間。
床が崩れた。
「なっ!?」
落ちる。
資料棚ごと。
「透真君!!」
八重が手を伸ばす。
俺も掴もうとした。
その瞬間。
右目が熱を持つ。
視界ノイズ。
嫌な感覚。
反射的に。
脚部だけ、HXを起動した。
ゴォッ!!
スラスター噴射。
落下を強引に止める。
だが。
「っぐ……!!」
脳が焼けるみたいに痛い。
視界が赤く点滅する。
長く使えない。
俺は無理やり床へ着地した。
膝をつく。
「透真君!?」
「……平気」
全然平気じゃない。
右目から熱が引かない。
呼吸も荒い。
レオンが険しい顔をする。
「使用を控えろ」
「分かってる……」
でも。
使わないと死ぬ。
その時だった。
『――警告』
館内放送。
『位相侵食率、限界突破』
『中央区画の崩壊を確認』
『全職員は直ちに――』
ノイズ。
照明が消える。
暗闇。
そして。
基地全体が大きく傾いた。
「うおっ!?」
崩れてる。
北海道支部そのものが。
沈むみたいに。
もっと深い“どこか”へ。
【次回予告】
崩壊を始めたAGISS北海道支部。
増殖する通路。
変化する構造。
そして現れる、“偽物”。
「……それ、本当に本人か?」
一方、レオンは中央管制区画で、
北海道支部が隠していた“最後の実験”を知る。
《Level固定化実験》
《成功例:一名》
そして。
再び姿を現す、オレンジ色の帽子の男。
「お、まだ死んでない」
「お前どこ行ってたんだよ!!」
次回――
『沈みゆく基地』
出口は、まだ見つからない。




