第十九話 『侵食』
白い空間が、軋んでいた。
ミシ、ミシ、と。
空間そのものが悲鳴を上げているみたいな音。
俺は裂け目の向こうを見上げる。
巨大。
本当に巨大だった。
暗闇の奥。
赤い光。
そこに存在しているだけで、この空間全部が圧迫されている気がする。
ヴァルグレイブ。
俺の能力のはずの存在。
なのに。
今はもう、“能力”って感じがしない。
もっと別の。
存在そのもの。
「……おい」
喉が乾く。
「なんで出てきてんだよアレ」
「透真が呼んだから」
羽吹が普通に答えた。
「呼んでねぇよ!!」
「HX使ったでしょ」
「使ってないだろ今回は!」
「使おうとはした」
「理不尽すぎんだろ!?」
ブゥン――ッ。
また空間が揺れる。
白い壁へ赤黒いノイズ。
裂け目がさらに広がった。
巨大な機械腕が、ゆっくりこちらへ侵入してくる。
指先が動くだけで空間が歪む。
デカすぎる。
意味が分からない。
「羽吹!どうすんだよこれ!」
「んー……」
羽吹は珍しく困った顔をしていた。
「Backrooms側が耐えられてないねぇ」
「だから!」
「透真が接続切るしかない」
「だから方法を――」
その瞬間。
右目が焼けるように熱くなった。
「っ……!」
視界が赤く染まる。
ノイズ。
知らない景色。
赤い宇宙。
無数の機械群。
巨大艦隊。
そして。
ヴァルグレイブ。
『――接続率上昇』
機械音声。
頭の中へ直接流れ込んでくる。
「がっ……!」
俺は膝をついた。
頭痛が酷い。
脳みそを無理やり開かれてるみたいだった。
「透真」
羽吹の声。
遠い。
「落ち着いて」
「無理……っ!」
その時。
ヴァルグレイブの掌が、ゆっくりこちらへ向いた。
赤い光。
嫌な予感しかしない。
「お、おい羽吹」
「うん、マズい」
「マズいで済ませんな!」
次の瞬間。
掌から赤黒い粒子が溢れ出した。
空間侵食。
白い床が黒く染まっていく。
「うわっ!?」
俺は飛び退く。
侵食した床が崩壊した。
空間が裂ける。
そして。
その裂け目の向こう側は、“別の階層”だった。
黄色い壁。
湿ったカーペット。
「……Level 0?」
裂け目の奥。
スマイラーの笑顔が浮かぶ。
『:)』
「うわっ!」
さらに別方向。
青白い空間。
水音。
Poolrooms。
そして。
「透真さん!?」
「八重!?」
水面越しに、八重の姿が見えた。
隣には鳴海。
鳴海は目を見開いていた。
「なんやこれ!?」
「階層が繋がっとる……!?」
さらに。
別方向の裂け目。
黄色い通路。
レオン。
「……久城」
「レオン!!」
Backroomsの階層同士が、繋がっていた。
全部。
ヴァルグレイブ中心に。
羽吹が小さく舌打ちする。
「うわぁ、最悪」
「何が起きてんだよ!」
「透真がBackroomsの壁ぶち抜いてる」
「俺そんな迷惑存在!?」
その瞬間。
ヴァルグレイブの“目”が点灯した。
ゴォッ――。
赤い光。
次の瞬間。
Backrooms全体が揺れた。
Level 0側の壁が崩れる。
Poolroomsの水面が荒れる。
白い空間へ無数のヒビ。
「っ……!」
八重がバランスを崩す。
鳴海が腕を掴んだ。
「嬢ちゃん!」
「鳴海さん!」
一方。
Level 0側。
レオンが裂け目を睨む。
「久城!!」
「レオン!」
裂け目がさらに広がる。
そして。
全部の空間が、少しずつ“白い空間”側へ引っ張られ始めていた。
「……え?」
俺は気づく。
Level 0の床。
Poolroomsの水。
全部。
白い空間へ流れ込んできてる。
階層融合。
「うわ待て待て待て!?」
「透真ー」
羽吹が軽い声で言う。
「今中心君だから頑張って」
「なんで!?」
「主人公だし」
「クソ理論!!」
その時。
Level 0側からスマイラーが侵入してきた。
『:)』
「うおっ!?」
さらに。
Poolrooms側からも何かが動く。
水中。
長い影。
鳴海が顔色を変える。
「アカン!」
「何ですか!?」
「Deep Water寄りになっとる!」
水面が盛り上がる。
巨大な黒い影。
八重が霊符を構えた。
「来ます!」
一方。
Level 0。
スマイラーがどんどん白い空間へ侵入してくる。
レオンが即座に発砲。
銀色の弾丸がスマイラーを撃ち抜く。
『:)』
それでも笑顔が消えない。
「チッ……!」
レオンが後退る。
その時。
白い空間中央。
ヴァルグレイブの腕が、さらにこちらへ出てきた。
空間が裂ける。
崩れる。
圧力。
存在感。
呼吸が苦しい。
「透真!!」
八重の声。
「なんとかしてください!!」
「無茶言うな!?」
「主人公でしょうが!!」
「その理論やめろ!?」
羽吹が笑いを堪えてる。
腹立つ。
でも。
その時。
右目がまた熱を持った。
そして俺は理解する。
“繋がってる”。
ヴァルグレイブと。
俺が恐怖を感じるほど。
空間が侵食される。
つまり。
今必要なのは。
「……落ち着け」
俺は深呼吸する。
怖い。
デカい。
意味分からない。
でも。
あれは敵じゃない。
少なくとも。
今は。
「……戻れ」
小さく呟く。
すると。
ヴァルグレイブの赤い目が、ゆっくり俺を見た。
そして。
巨大な腕が止まった。
空間の侵食も、一瞬だけ静止する。
羽吹が目を丸くする。
「おぉ」
「……っ」
俺は右目を押さえる。
痛い。
でも。
少しだけ、“感覚”が分かった。
その瞬間。
白い空間へ、大きな扉が現れた。
無機質な金属扉。
真っ白な壁の中央。
突然。
「……は?」
全員が扉を見る。
羽吹だけが、小さく笑った。
「あ、出口だ」
「軽っ!?」
「いやまぁ中継地点だし」
すると扉が、ゆっくり開いた。
暗い通路。
向こう側から、冷たい風が吹く。
そして。
見覚えのある景色。
「……北海道支部?」
AGISS北海道支部だった。
【次回予告】
ヴァルグレイブの侵食により、Backrooms全階層が崩壊寸前となる。
しかし透真は、“接続”を安定化させることで空間崩壊を一時停止させることに成功。
そして現れた出口。
その先は、壊滅したはずのAGISS北海道支部だった。
「……人の気配がない」
静まり返る基地。
点滅する非常灯。
そして壁一面に残された、“何か”から逃げる隊員たちの記録。
《オレンジを追うな》
《出口は偽物だ》
《奴はまだ基地にいる》
一方。
羽吹南瓜は、誰にも聞こえない声で呟く。
「……間に合ってるといいけど」
次回――
『北海道支部』
帰還地点とは限らない。




