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『AGISS -対神機関-』  作者: 羽吹南瓜
覚醒編
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第二話 『AGISS《アギス》』

 冷たい。


 久城透真が最初に感じたのは、それだった。


 金属の椅子に座らされている。薄暗い部屋。壁はコンクリートむき出しで、窓はない。天井の蛍光灯だけが、白く無機質な光を落としていた。


 どれくらい時間が経ったのか分からない。


 学校で起きたことを思い返そうとするたび、頭の奥が軋む。


 黒い影。


 意味不明な声。


 崩れていった教室。


 そして、自分の右腕を覆っていた黒い装甲。


「……夢じゃ、ないんだよな」


 小さく呟く。


 返事はない。


 代わりに、自分の右腕を見る。


 もう装甲は消えている。いつもの腕だ。けれど感覚だけは残っていた。


 身体の内側に、何かがいる。


 そんな気味の悪い感覚。


 コン、コン。


 ノックの音。


 扉が開き、一人の少女が入ってくる。


 神代八重だった。


 学校で見た時と同じ黒髪。静かな目。だが今は、制服ではなく黒い装束を着ている。巫女服を現代風にしたようなデザインだった。


「気分はどうですか」


「……最悪」


「それは良かったです」


「いや良くないだろ」


 思わず返すと、八重は少しだけ目を細めた。


 笑った、ように見えた。


「精神汚染は軽度です。会話も正常。まずは安心しました」


 精神汚染。


 普通なら聞き慣れない言葉だ。けれど今の透真には、その単語が妙に現実味を持って聞こえた。


「……ここ、どこなんだ」


AGISS(アギス)日本支部です」


「AGISS」


「対神機関。正式名称はAnti God Invocation Security Service」


 八重は淡々と言う。


 その口調は静かだが、冗談を言っている雰囲気は一切なかった。


「世界各国に存在する、邪神災害対策組織です」


「邪神って……」


 透真は言葉に詰まる。


 今までなら笑い飛ばしていた単語だ。


 だが、自分は見てしまった。


 あれを。


「学校にいたアレが……?」


「はい。正式には“Outer《外なるもの》”。私たちは便宜上、邪神と呼んでいます」


 八重は机の上に一枚の写真を置いた。


 透真は息を呑む。


 写真には、見覚えのある教室が映っていた。


 だが中央部分が、まるで巨大な獣に喰い千切られたみたいに消えている。


「一般にはガス爆発として処理されます」


「……は?」


「既に情報操作は始まっています。生徒たちの記憶にも認識誘導を施しました」


 透真は言葉を失った。


 そこまで現実離れした話なのに、不思議と疑う気にはなれなかった。


 八重の声には妙な説得力がある。


「なんなんだよ、それ……」


「世界は昔から、ずっとこうです」


 八重は静かに言った。


「ただ、大半の人間は知らないだけです」


 透真は俯いた。


 頭の整理が追いつかない。


 昨日まで普通の高校生だった。


 授業を受けて、友達と話して、家に帰って、小説を読むだけの毎日。


 なのに一日で全部変わった。


 いや。


 本当に“普通”だったのか?


 ふと、羽吹南瓜の顔が脳裏をよぎる。


 あの男。


 自分の好きだった小説の作者。


 なのに、まるで最初から全て知っていたみたいな口ぶりだった。


「……羽吹南瓜って、何者なんだ」


 その瞬間、八重の表情が僅かに変わった。


 警戒。


 あるいは困惑。


「その名前を知っているんですね」


「知ってるも何も、あの人の小説読んでたし」


「……そうですか」


 八重は少し考え込むように目を伏せた。


「AGISSでも、羽吹については情報が少ないんです」


「え?」


「存在記録が曖昧なんです。経歴も本名も不明。顔写真も一致しない」


 透真は眉をひそめる。


「なんだよそれ」


「会った人間によって証言が変わることもあります」


 ぞくり、と背筋が冷えた。


 思い返せば、あの男は妙だった。


 気配が薄い。


 いるのに、現実感がない。


 まるで最初から“そこにいた設定”みたいに現れる。


「……あの人も、邪神なのか?」


「分かりません」


 八重は即答した。


「ですが少なくとも、“普通の人間”ではありません」


 部屋に沈黙が落ちる。


 透真は自分の右手を握った。


 すると、一瞬だけ。


 赤い光が指先に走った。


「っ……!」


 反射的に手を離す。


 心臓が嫌な音を立てた。


 八重の視線が鋭くなる。


「今のは」


「分からない……勝手に……」


 怖かった。


 自分の身体なのに、自分のものじゃないみたいだ。


 あの瞬間の力を思い出す。


 黒い影を消し飛ばした時、自分は確かに高揚していた。


 怖いくらいに。


 もしまた暴走したら。


 もし人を傷つけたら。


「……俺、どうなるんだ」


 透真は小さく呟く。


 拘束されるのか。


 実験されるのか。


 処分されるのか。


 そんな考えが頭をよぎる。


 だが八重は静かに首を横へ振った。


「君には、AGISSへ所属してもらいます」


「……は?」


「適性者だからです」


「適性者?」


「邪神を認識し、精神汚染に耐えられる人間です。極めて少数ですが存在します」


 八重は透真を真っ直ぐ見た。


「そして君は、対神機装を顕現させた」


 透真の喉が鳴る。


「ヴァルグレイブ……」


「はい。HX01-Cヴァルグレイブですね。」


 その名前を聞いた瞬間、身体の奥が微かに熱を帯びた。


 まるで反応しているみたいに。


「どうして、あんなものが出たんだ……」


「それを調べるのも、私たちの仕事です」


 八重はそこで少しだけ言葉を止めた。


 そして、静かに続ける。


「ですが……」


「?」


「正直に言います。私たちも、あれを知りません」


 透真は顔を上げた。


「AGISSにも記録が存在しないんです。HX01-Cという能力も、ヴァルグレイブという名称も」


「でも羽吹は知ってた」


「はい」


 空気が重くなる。


 透真は思い出していた。


 羽吹の最後の言葉。


『物語、始まっちゃったねぇ』


 あれはどういう意味だったのか。


 本当にただの小説家なのか。


 それとも。


 コンコン。


 再びノック。


 今度は乱暴に扉が開いた。


「失礼する」


 低い声。


 部屋へ入ってきたのは、金髪の少年だった。


 透真と同年代か、少し上くらい。


 整った顔立ち。鋭い青い瞳。黒いロングコートのような制服を着ている。


 そして何より、空気が違った。


 張り詰めている。


 まるで刃物みたいに。


「欧州支部所属、レオン・クロフォードだ」


 少年は透真を見る。


 その視線には、明確な敵意があった。


「お前がHX01-C適合者か」


「……誰だよ」


「君の監視役だ」


 レオンは感情を抑えた声で言う。


「場合によっては、その場で処分する権限も与えられている」


 空気が凍った。


 透真は思わず立ち上がる。


「は?」


「レオン」


 八重が制止するように名前を呼ぶ。


 だがレオンは視線を逸らさない。


「対神機装など存在しない。そんな力が突発的に現れた時点で異常だ」


「……」


「しかも発現条件は不明。暴走リスクも未知数。危険視されるのは当然だろう」


 透真は奥歯を噛み締めた。


 分かっている。


 自分でも危険だと思っている。


 けれど、他人から真正面に言われると腹が立った。


「好きでこうなったわけじゃねぇよ」


「だが現実になった」


 レオンは冷たく言い放つ。


「力には責任が伴う」


 透真は睨み返す。


 だがその瞬間、不意に気づいた。


 レオンの右手。


 手袋の隙間から、黒い火傷痕のようなものが見えている。


 その目も、どこか異様に冷えていた。


 この男もまた、普通じゃない。


 そう理解する。


「……お前も、邪神と戦ってるのか」


 レオンは数秒黙った。


 そして小さく答える。


「あぁ」


 その声だけ、少し重かった。


 八重が空気を変えるように口を開く。


「まずは休息を。透真君も、まだ状況を受け止めきれていないはずです」


「……」


「明日からAGISSについて説明します。訓練も始まるでしょう」


 訓練。


 その言葉に、透真の胸がざわつく。


 本当に戻れないんだ。


 もう昨日までの日常には。


 学校へ行って、小説を読んで、くだらない話をしていた毎日には。


 透真はゆっくり俯いた。


 その時だった。


 部屋の隅。


 誰もいなかったはずの場所から、声がした。


「いやぁ、いい青春してるねぇ」


「っ!?」


 全員が振り返る。


 そこにいたのは。


 ソファに寝転がりながら缶コーヒーを飲んでいる、羽吹南瓜だった。


「なっ……!?」


 レオンが即座に銃を抜く。


 八重も御札を構えた。


 だが羽吹は全く気にしていない。


「いやいや怖い怖い。若者って血の気多いねぇ」


「貴様、どうやってここに入った!」


「んー? 3ページくらい前からいたけど?」


 羽吹はケラケラ笑う。


 透真の背筋に寒気が走った。


 まただ。


 この人だけ、現実のルールからズレている。


 羽吹は透真を見て、面白そうに目を細めた。


「でもまぁ、良かったじゃん。ちゃんと“主人公”してる」


「……あんた、一体何なんだ」


「小説家だって」


 羽吹は軽い調子で答える。


 だが次の瞬間、その笑みが少しだけ薄れた。


「ただし、結末を知ってる側のね」


 その一言だけが、異様に重かった。

【次回予告】


 AGISS日本支部への所属が決まった久城透真。


 対神機装《HX01-C ヴァルグレイブ》の適合者として、透真はエージェント訓練を受けることになる。


 一方、欧州支部所属のレオン・クロフォードは、なおも透真を危険視していた。


「お前を信用したわけじゃない」


 神代八重もまた、ヴァルグレイブに違和感を抱き続ける。


 それでも透真を放っておけなかった。


「……無茶はしないでください。君はまだ、力の使い方を知らないんですから」


 そんな中、AGISS日本支部内で新たな邪神反応が発生する。


 初任務。

 初戦闘。

 そして初めて握る、対神武装。


 だがその裏で、“物語を書き換える男”――羽吹南瓜が静かに笑っていた。


「いやぁ、次の話は結構好きなんだよねぇ」


 次回――


『適性者』


 その力は、救済か災厄か。

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