過書
「今までの自分へ。よく頑張ったね。ありがと。
あとは、この手紙を読んでる人へ。
眠ったら、明日が来る。それならば、眠らなければいいと思った。
人と話すから、苦しむ。だから誰とも話さなければいいと思った。
私が生きてしまうから上手くいかない。だから死ねばいいはずだった。
友達に相談しようにも頼れる友達がいない。先生に相談してもまともに取り合わない。あなたの考えすぎよ、って。家族は_気づいてもいないし、気づきたくもないから目をそらしている。
この世界に別れを告げようとしたときになって、「本当は心配してた」なんて馬鹿みたいだよね。」
少し癖のある、丸みを帯びた文字。ところどころ黒ずんでいて、何度か書き直した跡が残っている。
手紙を持つ手がじっとりと汗ばみ、小さく震える。
ポケットからハンカチを取り出そうとして、指がひんやりとした金属に触れ、手をポケットから抜く。
彼女は、書きながら、何を、思ったのだろう。
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私の、クラスメイト。
入学してから、ほとんど学校に来ていなくて。
最近_死んで。
学級委員だから、家に、来たの。
そしたら、あの子のお母様にこれを渡されて_
お母様にお菓子をもらって、お香を上げて?
あれ、どっちが、先だっけ。分からない、けど、とにかく、私は、これを読み始めて、冒頭から彼女の思惑が綴られていて。
__あの子は、どんな子だったかな。
入学式の日は、来ていた。
多くの新入生がぴんとのび型のついた真新しい制服に身を包んでいる中、彼女は、おそらく家族の誰かのお下がり、だと、思われる、少し古いタイプの制服を着ていて、やや猫背で。
顔、は。
いつもどこか不安げで、話しかけても、めったに目が合わなくて。
瞬きの回数が多くて。
スカートが長くて、地味で、大きな丸眼鏡をかけていて。
中学の時に流行った「りんきゅる」のシャンプーの匂いをまとっていて。
それで、それで__
彼女は___
あれ。
わたし、あの子のこと、なんにも、しらないんだな。
同じクラスなのに、なんでこんな距離があったんだろう。
学級委員として、しっかりしないと、なのに。
それなのに_
過ぎたこと、考えても、仕方ないかな。
もう一度、手紙に視線を落とす。
「この手紙を読んでる人に聞きたいです。
あなたは、お母さんですか?それとも、お父さん?一周回ってお兄ちゃんかな。それとも、案外クラスメイトだったりして。」
あの子の、弾んだ声が聞こえてくる。
あの子、好きなことの話をするときには、いつも少し声のトーンが上がっていたんだよね。
「いっつも、ずれた心配をありがとね。私が学校に行かないこと、いわゆる不登校生であることだけを気にして声をかけてくれてありがとう。でも結局、私は死んだんだよね、多分。死ねてなかったら残念だなぁ。
私は、ずーっと、苦しかったよ。1人で。誰も、寄り添うふりしかしないんだもん。まさに、孤独って感じで。えっと、何を書きたいんだっけ?
私は、別にみんなのことを責めようとしてるつもりは、なくて。いや、ちょっとあるかも。クラスメイト、先生、そしてこの社会が、悪いんだって、今でもちょっと、けっこう思ってる。」
私の目にうっすらとなみだが浮かび、部屋に満ちたイグサの匂いが鼻をつく。
どうして、寄り添って、あげられなかったんだろう。
あの子は、ずっと、苦しんでたのに。
私は、気づかずに、楽しく学校生活を送って。
いや、本当は、気づいていたのかもしれない。
あの子の、SOS。
本当は、分かってた。
でも、学級委員って、中立の立場だし、私、あんまりみんなに好かれてないみたいで、私が入ったら余計にこじれるかもしれなかったし、それに_
こんなになってまで言い訳を並べる自分が腹立たしい。
惨めで、醜い。
あの子に、なにもしてあげられなかった癖に。
あの子の机に落書きがされていた時。
あの子が、登校してきて、靴箱に靴がないことに気づいて、純粋な悲しみが浮かんだ瞳を見て。
あの子の悪口がクラスラインを飛び交っていた時。
私は_何もしていなかった。
私にできることを探そうともしないで。
「でも、全員が悪いって思ってるわけじゃないよ。
まずは、お兄ちゃん。ほんとに、感謝してる。気づいてたのか、そうじゃないのか、今でもよくわからないけど、励ましてくれて、一緒に登校しようって言ってくれて。ケンカばかりだったけど、やっぱりちょっと、好きだったよ。(もちろん家族愛だよっ!変なほう想像したでしょ!)
それと、クラスの、
クラスメイトのNちゃん。」
「クラスの」の後には、不自然な黒ずみがあって、何か書いていたんだと思うけど、消されているから、読めない。
「Nちゃんは、結構いい子だったな。私の事、気にかけてくれてたと思う。立場的に仕方なくかも、だけど。友達に、私の悪口を言われてた時。私が見てることに気づいて、困ったように苦笑いして、ごまかしてた。
保健室にもよく来てくれてた。
電車の便が一緒だったよね。少し離れたところに立ってちらちらこっちの様子をうかがってた。でも、Nちゃんでも助けには来てくれなかったよね。って、何かごめん。悪口書くつもりはなかったんだけど。N
ちゃんも、あんまりみんなに好かれてる方ではなかったみたいだから、かな?ほんとに、ありがとう。」
Nちゃん、って、私の事かな。なんて、少しうぬぼれてしまう。
Nから始まる女の子なんて、同じクラスだけでも3人はいるし、男の子の事でもちゃん付けする可能性はある、し。
でも、私の事みたいってちょっと思っちゃうな。
すこしほおが緩む。
「最後に。Nちゃん、お兄ちゃん以外のすべての人類へ。私一人も救えてくれなかった世界へ、神様へ。
私のことを忘れて幸せになったり、しないでね。ずっと、恨んでるから。あ、そうだ。クラスメイトのみんなと、先生、あとお父さん、お母さんには、最期に私から、ちょっとしたサプライズがあるんだ。サプライズの反応を私が実際に見られないのがとっても残念でなりません。あ、お墓にそなえる花はワスレナグサ以外許さないよ!」
ワスレナグサか。花の好きなあの子らしいな。
花言葉は、「私を忘れないで」。
そういえば、あの子の名前も花の名前だった。
花言葉は確か_「再び幸せが訪れる」
おもわずふっと笑みがこぼれる。
あの子に幸せは訪れたのかな。
なんて、答えは分かってる。
きっとNOだ。
いつだって私は傍観者で。それ以上にも、それ以下にもなれない。
あの子を、救えない。
待っててね。
次こそは、ぜったいに助けるから。
頬を伝う涙を拭って、ポケットから古びた時計を取り出す。
時計の裏をそっとなでて、高層マンションの窓から、外を見下ろす。
風が冷たくて、まるでときが止まったみたい。
視界に映る街の明かりがゆらゆらと手を振っているようで、少し足がすくむ。
怖い。
それでも、あの子の孤独よりは、ずっとましだ。
ぎゅっと時計を握り、助走をつけて勢いよく飛び降りる。
後方からあの子のお母様の声が、悲鳴が聞こえる。
ごめんなさい、こんども救えなくて。
今度こそは、ぜったい、大丈夫だから。
ぐしゃっ_
肉が重力でひしゃげる。血が、視界一面に広がる。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。熱い。
先ほどまで降っていた雨の匂い、ゴミ捨て場のゴミの匂いが。
ゴミに群がるカラスの恐ろしく黒い瞳が。
世界が。
頭に響くあの子の笑い声が。
私を_責めているようだった。
どうして?
私が死ねば、そしたらもう一回、やり直せるはずなのに。納得のいくまでって、言ってたじゃない。
あの時計を売りつけてきた、おじいさんが。
それなのに、どうして_
思い返すと、あの薄い微笑みを浮かべた口元が、不気味に思えてくる。
嫌だ、死にたくない…でも、救わないと。
あの子を救えないと、いけないんだ。
でも、わたしがしなくても_
私が死ぬ必要は、なかったんじゃ、
いや、だめか。私が、責任を取らないと。
どうしても。
それなのに、それなのに_
救わないと、いけないのに…




