異世界ハーレム転生、せず
読み終わった後、日常のいつもの夕飯が愛おしいと思って頂けると嬉しいです。
社畜サラリーマン・鈴木太郎、44歳。
毎日、満員電車に揺られ、家族のために働き詰めの毎日だった。
にもかかわらず——
妻・なつ美には、肩が触れただけで「触らないで」
中学生の娘・えりには、洗面所で「邪魔。どいて」と一蹴される。
(……お父さん、毎日頑張ってるのにな)
その朝も、変わらなかった。
軽く動悸を感じながら、太郎は会社の休憩室のソファに身を沈めた。
「ちょっとだけ……横になるか……」
目を閉じた、その瞬間——
───
「おいっ、起きろ! 鈴木太郎さん!」
「……は?」
視界一面に広がる、真っ白な空間。
上下も奥行きもあいまいな世界に、スーツを着た銀髪の青年が立っていた。
「え……ここ、どこ?」
「ここは《生前徳積み評価室》。
ご案内を担当します、案内人の佐藤です。どうぞよろしく」
「え、え、ちょっと待って……評価室?」
「はい。寝ている間に、あなた、お亡くなりになりました」
「はあああああっ!?!?」
「そろそろ反応あると思ってました。じゃ、現実、見せますね。ポチッと」
ピコンという音とともに、空中にスクリーンが現れる。
病院のベッド。葬儀場。
泣き崩れるなつ美。呆然と立ち尽くすえり。
太郎は膝から崩れ落ちた。
「……ほんとうに、俺……死んだのか……」
佐藤は一歩、彼に近づく。
「はい。おつかれさまでした。
でも、ここからが新しいステップです」
「さて、ここでは“どれだけ徳を積んだか”が次の行き先を決めます」
「……いやいや……ちょっと待って、情報が多すぎるんだけど」
「“徳は生前に積め”って、聞いたことあるでしょ?」
「ああ……まぁ……」
(これ……最近よくある“転生モノ”ってやつ?)
佐藤は笑顔のまま、タブレットをスクロールする。
「あなたの最終スコアは……527点です!」
「え、ええ? それって高いの?」
「超高得点ですよ!平均28点ですから。比べものにならないです!」
「……え、なんでそんな高いの俺……?」
「これは“亡くなった瞬間に誰に一番感謝していますか?”という質問に、あなたを選んだ数の合計なんです」
「527人が、俺に?」
「いえ、正確には527“存在”ですね」
「……ん?どうゆう事?」
「内訳、いきますね!」
- ダンゴムシ:420匹
- フグ:60尾
- エイ:15尾
- おたまじゃくし:15匹
- カブトムシ:10尾
- すずめ:2羽
- イモムシ:2匹
- ザリガニ:2匹
- 人間:1人
「人間1人!?」
「いやいや、見てくださいよこのダンゴムシ率!
“土に埋めてくれてありがとう”って、みんな感動してましたよ」
太郎は天を仰いだ。いや、真っ白なので仰いだのが“どこ”かもわからなかった。
「……なんか……俺の人生って……」
「というわけで、徳を積みまくった鈴木太郎さんには、豪華な選択肢をご用意!」
佐藤がビシッと紙を掲げる。
① 異世界に転生してイケメン勇者ライフ(ハーレム付き)
② 現実世界に3日間だけ戻って、家族に会う
「ちなみに、異世界では剣も魔法も使えます!」
「…………現実世界だ」
「ハーレム付きですよ?」
「……」
「一瞬揺らいだでしょ」
「違う違う違う!」
「異世界なんかどうでもいい。俺は、なつ美とえりに会いたい」
佐藤の顔から、軽い冗談がすっと消えた。静かに頷く。
「……了解しました。
ただし注意点がいくつかあります」
「まず、見た目は生前のまま。出会えるのは家族とごく一部の縁者のみ」
「それでいい」
「彼らは“あなたが死んだこと”を知っています。亡くなってから、1ヶ月後の世界に戻ります」
太郎の眉が少しだけ揺れる。
「でも……その3日間の記憶は、“ただの夢だった”としか残りません。痕跡は残せないんです」
「夢として……」
「3日後には、あなたは戻ってきます。……それでも?」
太郎は力強く頷いた。
「それでもいい。たとえ夢でも……今、会いたいんだ」
佐藤は懐中時計のような道具を手渡す。
「これが“現世滞在時間”のカウントになります。
止まったときが、さよならのときです」
太郎はそれを静かに握りしめた。
「ありがとう。……行ってきます」
「いってらっしゃい、鈴木太郎さん」
ふわりと足元が透けてゆく。
太郎は、3日間だけの奇跡の旅路へと落ちていった。
第2話 1日目の夕飯『普通の唐揚げ』
に続きます
おまけ
徳積み評価室に
出てくる第2位のフグは
休日釣りをしていた太郎が
「またフグかよ……」と海にリリースしたフグの数です。
フグが亡くなった時に案内人に
「あのとき逃がしてくれた人間に感謝。おかげで子孫を残せた」と太郎に投票したそうです。
人間1人は
太郎の父方のおばあちゃんで
「太郎ちゃん、産まれて来てくれてありがとう。私をおばあちゃんにしてくれてありがとう」
と太郎に投票したそうです。