第9話 衝突?
放課後の教室。窓際のカーテンが風に揺れ、夕陽が射し込む中、俺はぼんやりとノートをめくっていた。
ここ数日、図書室に行くのをやめていた。園宮さんに気を遣わせるかもしれないと思ったのと、何より――
(俺、余計なことばかり考えてる気がする)
ふと、前の席の未玲がノートに視線を落としたまま、ちらりとこちらを盗み見ているのに気づく。でも、俺はそれを見なかったふりをして視線を逸らす。
(未玲にも……なんか距離置いた方がいいんじゃないかって……)
そう思うと、教室にいてもなんだか居心地が悪い。未玲はあの日以来、どこか近づきにくい雰囲気を出していて、俺自身もどう接していいか分からなかった。
「……山城、またぼーっとしてんの?」
横から久我涼子が覗き込む。茶色の髪が夕陽に照らされて、柔らかい色に見えた。
「いや……別に」
「ふぅん。……未玲、今日もずっとアンタのこと気にしてるよ。わかってないだろうけど」
涼子の言葉に、胸が少しだけざわつく。けど俺は、曖昧に笑ってごまかすしかなかった。
そのときだった。スタスタと足音が聞こえ向くと、未玲が、まっすぐに俺の方を見て立っていた。
「……泰介、ちょっといい?」
声はいつもの調子だけど、どこか切羽詰まったような表情をしていた。けど俺はその意味がわからなくて、戸惑いを隠すように席を立とうとした。
その瞬間――
ガラガラ――、教室の引き戸が開いた。
廊下の向こうに、見覚えのある金髪のショートヘアがふわりと揺れた。園宮栞が、教室の前に立っていたのだ。
未玲と栞の視線がぴたりと合う。未玲の目が鋭く光り、栞は一瞬戸惑ったように立ち止まった。
教室の空気が一瞬にして張り詰める。
「……あの、山城先輩、いますか?」
栞が小さな声で言おうとした瞬間、未玲は無言で栞の手を引き、廊下へと連れ出していった。
「ちょ、ちょっと月島先輩……?」
小さく抵抗する栞の声が聞こえたが、未玲は振り向きもしない。廊下の向こうに姿が消えた二人を見て、俺はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
涼子が小声で言う。
「……やっぱり、気づいてないんだね、山城」
「……何が?」
聞き返すと、涼子は困ったように肩をすくめるだけだった。
俺は席に戻って、窓の外をぼんやりと見つめた。未玲と栞がどんな会話をしているのか――俺には全然想像がつかない。ただ、二人の間に何かがあることだけは、感じ取っていた。
(なんなんだよ…)
***
一方、廊下に連れ出された栞は、未玲に手首を掴まれたまま戸惑いを隠せなかった。
「……な、なんですか? 急に……」
未玲は栞をじっと見据えると、ゆっくりと口を開いた。
「アンタさ、何で泰介のこと探してんの?」
「えっ……い、いえ、ちょっと……ノートを返したかっただけで……」
栞の言葉はどこか曖昧で、視線を泳がせている。未玲はそんな栞を見て、ふっと鼻で笑った。
「ふーん……そうなんだ」
口調はいつも通りの未玲なのに、どこかトゲがあった。栞は困惑しながらも、小さくうなずく。
「はい……ごめんなさい。ちょっと驚いて……」
「……別に謝ることないし」
未玲はそれ以上何も言わず、ぱっと栞の手を放すとくるりと背を向ける。
「じゃあね。……アンタも、あんまり泰介にかまわない方がいいかもよ」
「……え?」
栞の戸惑いの声を背中に受けながら、未玲は足早に教室に戻った。
***
再び教室に戻ると、泰介は席に座ったまま窓の外を見ていた。
「……あ、戻ったの?」
俺が声をかけると、未玲は一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らす。けど、俺の机の横に立ち止まったまま動かない。
「……さっき、呼んだのは特に意味ないから」
「え?」
突然の告白に、俺は目を見張った。未玲はいつものように唇をきゅっと結ぶ。
ツンとした声で言い放つと、くるりと背を向けて去っていく。
「……なんだよ、あいつ……」
小さく呟いた言葉は、誰にも届かず、夕陽に溶けていった。
そんな疑問が胸の奥に残ったまま、俺は未玲の背中を見送っていた。