第8話 嘘とほんとの狭間
放課後の廊下は、夕陽に染まってやわらかな光が満ちていた。
窓際を通り過ぎるたびに、俺――山城泰介は、隣を歩く未玲をちらりと見た。
「……本当に、うちの母さんに頼まれたのか?」
小さな疑問を口にすると、未玲は少しだけ足を止めた。
ほんの一瞬、視線を泳がせる仕草が目に留まる。
「……べ、別に嘘なんかじゃないし」
「……そうか?」
なんとなく腑に落ちない俺の返事に、未玲はぷいっと横を向いた。
その横顔は、どこか不機嫌そうで、けどほんのり赤くなっていた。
「……なによ」
「いや、なんかさ……」
「……なによ!」
強気な声。でも、その言葉に力はない。
目を逸らしたまま、未玲は小さな声でぼそっと言った。
「……あんたと一緒に帰る理由くらい、作ったっていいじゃない」
「え……?」
「な、なによ。なんでもない!」
未玲は、俺の袖をきゅっと引っ張った。
その力は弱々しくて、でもどこか必死に思えた。
(……未玲、やっぱり何か隠してる?)
けど、俺は深く追及できなかった。
未玲がそうやって強がってるのが、なぜか俺の胸をくすぐるから。
コンビニの前を通り過ぎようとしたとき、未玲がふいに立ち止まる。
俺の顔をちらりと見てから、声を落として言った。
「……ねえ、泰介。嘘って、いつまで本当になると思う?」
「……え?」
「……なんでもない。行くわよ」
そう言って、未玲はまた歩き出す。
俺はその背中を見つめながら、なんだか胸がざわついていた。
(……どういう意味だ?)
並んで歩きながら、俺はなんとなく落ち着かなくなった。
未玲は無言で歩くけど、どこかそわそわしてるように見える。
俺が視線を向けると、未玲は気づいて、顔を赤くしてそっぽを向いた。
「……なに見てんのよ、ばか」
「……別に」
未玲の唇が小さく尖る。その仕草はどこか懐かしかったが。
そして、家の前まで来たとき。未玲が、ふっと笑みを浮かべる。
「……あ、そうだ。言っとくけど」
「……ん?」
未玲が少し顎を上げて、目を細めた。
その笑顔は、どこか悪戯っぽくて――
「お醤油なんて……嘘だよ。騙されてやーんの」
「……え?」
ぽかんとして言葉を失う俺に、未玲はくすっと笑った。
それから、くるりと背を向けて、軽やかに歩き出す。
「ばいばーい」
ヒラヒラと小さな手を振る仕草だけ残して。
俺は立ち尽くして、つぶやいた。
「……なんだ、あいつ……」
夕陽に照らされた帰り道で、未玲の残した言葉が胸の中をじわじわと焦がしていった。