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第6話 すれ違う気配


放課後のチャイムが鳴ったと同時に、教室の窓から夕焼けのオレンジ色が差し込んでくる。授業が終わった安堵と、なんとなく一日の疲れが押し寄せてきて、俺は机に頬杖をついてぼんやりとしていた。


 周りではクラスメイトたちが「お疲れー!」なんて言いながら帰り支度をしていて、教室はいつも通りのにぎやかさ。けれど俺は、その喧騒から一歩引いたところにいるみたいに、ちょっとした倦怠感に包まれていた。


「……あー、疲れたな」


 小さくつぶやいて伸びをしていたら、机の横にサッカー部の支倉日向がやってきた。相変わらずいたずらっぽい笑みを浮かべていて、何か面白いことでも見つけたのか、わざとらしく俺の肩を叩いてきた。


「おい、泰介。ちょっと来いよ」


「ん? どうしたんだよ」


 日向の顔を見上げると、ニヤッと笑いながら廊下のほうを顎で指し示してくる。

 なんだか悪戯を仕掛ける前の顔に見えて、少しだけ嫌な予感がした。


「いいから。お前、絶対見たほうがいいぞ」


 仕方なく立ち上がり、日向に促されるまま廊下に出る。すると――


「ほら、見ろよ。あそこにいるギャルの子」


 日向の指先の先に、小柄な一年生の姿があった。

 金髪のショートカット、制服の袖をぎゅっと握りしめて、目線を落としたまま立ち尽くしている。園宮栞。いつもは静かに本を読んでいる姿しか見たことがなかったけれど、今日はなぜか教室の前で挙動不審にしていた。


「……あれ、園宮さん?」


「お前さあ……ほんとに鈍いよなあ」


 日向が笑いながら呆れたように肩をすくめる。

 でも俺には、栞がどうしてこんなところにいるのか、まるでわからなかった。


「どうしたんだろ。体調でも悪いのかな……?」


「はぁ? お前マジで言ってんの? あの子、お前に会いに来てるんだろうが、……にしてもなんでギャルっ子がお前に?」


「え……そうなのか?」


 俺はいろいろな意味で首をかしげた。

 だって、園宮さんとは図書室でちょっと話すくらいだし、わざわざ教室の前まで来る理由なんて……。


「お前さ、昨日もあの子と話してただろ。……ま、行ってやれよ」


 日向に軽く背中を押されるようにして、俺は園宮さんのほうへゆっくり歩み寄った。

 教室の出入り口の影に隠れるように立っている栞の表情は、どこか不安そうで、声をかけるのが少しだけためらわれる。


「園宮さん? ……どうかした?」


「……あっ」


 左耳のピアスを揺らし小さく顔を上げた園宮さんは、一瞬だけ俺を見つめてからまた伏し目がちになる。

 その仕草が、いつもよりずっと女の子らしく見えて、なんだかドキリとした。


「……いえ……あの、これ……返しに来ました」


 彼女がそっと差し出してきたのは、前に貸した文庫本だった。

 手のひらより少し大きいくらいの本を、両手で大事そうに抱えていて、指先がかすかに震えているのがわかる。


「わざわざ持ってきてくれたんだ? ありがとう」


「はい……。それと……えっと……」


 言葉を探すように、栞は唇をかすかに開いて閉じる。

 制服の袖をきゅっと握り直す仕草は、まるで心を落ち着けようとしているみたいだった。


「……少しだけ、お礼を言いたくて……」


「お礼?」


「……前に……私の話、ちゃんと聞いてくれたから……それが、嬉しかったから……」


 彼女の声はとても小さくて、廊下のざわめきにかき消されそうなくらいだった。

 けれど、その声の震えは確かに俺の耳に届いていた。


「そんなの……別に気にしなくていいのに」


 俺はつい、いつもの調子で笑ってごまかしてしまう。

 でも、彼女の顔は恥ずかしそうに赤くなっていて、それを見た瞬間に(……やっぱり体調悪いのかな)なんて思ってしまう俺がいた。


 日向が廊下の向こうから「ったく……」って呆れた顔をしているのが見えて、俺はちょっとだけ居心地が悪くなる。

 それでも、どうしても“好き”とか“特別”とか、そういう風には考えられなくて。


「ごめんね、わざわざ……今日はもう帰るの?」


「……はい。じゃあ……また、図書室で……」


「うん。じゃあまた今度図書室行くよ」


 栞は小さく会釈をすると、ほっとしたように笑って、それから廊下を小走りに駆けていった。

 その背中を見送りながら、なんとなく胸の奥がじんわり温かくなるのを感じる。


(……なんだろうな、この感じ)


 けれど、それがなんの気持ちなのかなんて、俺はまだ全然わかっていなかった。


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