第3話 知らないフリ
昼休みのチャイムが鳴ると、未玲はいつものように女子たちの輪の中にいた。
「ねえねえ、未玲〜。また今日も図書室? なんかさ、最近あの子と一緒のとこ見たよ?」
「……え?」
飲みかけの紙パックを手にしたまま、未玲の動きが止まった。
「てかさ、未玲知らないの? あの金髪の子と──」
「あいつが……?」
無意識に、口から「泰介」とは呼ばずに「あいつ」と言っていた。
「昨日も図書館で一緒だったらしいよー? まさか、付き合ってるとか?」
「は? ないでしょ。ありえないし」
すぐさま否定の言葉が口を突いて出た。少し、強く言いすぎたかもしれない。
周囲の視線がふっと揺れるのを感じて、未玲は慌てて笑顔を作る。
「まー、あいつ本とか読まなそうだし。図書室なんて意外すぎてウケるよね?」
そんなことを言いながらも、胸の奥がざわついている。
最近、泰介の姿をあまり見かけないと思っていた。
同じ教室にいても、以前より視線が合わない。
目が合っても、あいつはすぐにそらす。
だから、どこかで気づいていたのかもしれない。
あいつが――もう、自分の方を見ていないってことに。
(……なによ)
手元の紙パックを、少し強めに握る。
(急に距離を取って、なに考えてんのよ……あいつ)
窓の外に目を向けると、ちょうど泰介の姿が見えた。
図書室に向かって歩いている。
その隣には、少し距離をおいて歩く小柄な金髪の女の子。
未玲は知らず知らずのうちに、立ち上がっていた。
⸻
廊下を歩く未玲の足取りは早かった。
なぜか自分でも止められない。
(ただ、確かめたいだけ。別に……嫉妬とか、そんなんじゃない)
思考が空転する中、図書室の前まで来た。
扉を少しだけ開けて、そっと中をのぞく。
いた。
本棚の陰に、泰介と金髪の子。
ふたりは並んで座っていた。
金髪の子が何かを話して、泰介が苦笑しながら相槌を打っている。
その表情は――未玲の知っている彼の、いちばん優しい顔だった。
(……あんな顔、私の前じゃしたことなかったくせに)
何かが胸に刺さった。痛いくらいに。
「……何、してんのよ、ほんとに」
小さくつぶやいて、その場を離れた。
⸻
放課後、未玲は教室の片隅に座っていた。
友達と帰る予定だったが、理由もなく断った。
窓の外には沈みかけの夕日。
金色に染まった校庭を見つめながら、未玲はそっとため息をついた。
(変わったのは、あいつ? それとも、私?)
かつてのように、ただ隣にいればよかった日々。
無言でも、心が通じると思っていた。
でも、現実は違った。
気づいたときには、あいつの隣に、知らない誰かが立っていた。
(……笑えるじゃん。今さら、何を)
自分の気持ちが分からない。
分からないフリをしていた。
けど、あの子の存在が、それを許してくれなかった。
「……負けるつもりなんて、ないんだから」
口の中でつぶやいた言葉は、誰にも届かないまま、夕焼けの中に消えていった。