08.潜入①
前作:『ジョーカー・ザ・ネクロマンス ―死者の蠢く街と、双翼の機士―』は
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メディエットは、仄暗い日差しが差し込む倉庫街の路地を、音もなく進んでいた。
昼間にもかかわらず、ここにはまるで時間が止まったかのような静寂が漂っている。
先ほどまで視界の中に捉えていた三人組の姿が消え、湿った石畳に残された三つの足跡だけが彼女の手がかりだ。
やがて彼女の前に、古びた廃墟が姿を現した。
過去の栄華をかすかに残す石造りの建物は、ひび割れと苔に覆われているが、重厚な鉄扉だけは異様なほど鈍く輝いていた。
扉の向こうに足跡が続いているのを確認すると、メディエットは一瞬、立ち止まる。
冷たく張り詰めた空気を深く吸い込み、アレックスとリリーの無事を祈るように吐き出した。
「……待っていろ、二人とも」
そう呟くと、メディエットは迷いなく一歩前に進み、重厚な鉄扉を思い切り蹴り飛ばした。
鉄扉はその衝撃で大きく歪み、本来とは逆の方向へと開かれた。
鈍い金属音が廃墟全体に響き渡り、静寂を打ち破る。
メディエットはそのまま一切の躊躇も見せず、力強く内部へと足を踏み入れた。
薄暗い内部は外の明るさとは対照的に、冷たく重苦しい空気が漂っている。
メディエットの足音が固い床に響き、静寂の中に緊張感を刻み込む。
メディエットにとって、この隠れ家に潜む者たちが気づこうが、もはや問題ではなかった。
魔鉱機士としての自負と、圧倒的な力への自信が、彼女を前へと突き動かしていたのだ。
「私は魔鉱機士だ。この建物の責任者はすぐに顔を出すこと。不穏なことを考えれば即座に死を招く。それだけは忘れるなよ」
メディエットが冷徹な声で虚勢を吐くと、鋭い眼差しを仄暗い部屋の奥へと向けた。
その視線の先、ランプの淡い明かりに照らされ、大きな影がゆっくりと浮かび上がる。
不穏な気配を察知したのだろう、巨漢の大男は険しい表情を浮かべながら、メディエットを睨み返していた。
逞しい体格と特徴的な顔立ち――。
メディエットは大男に見覚えがあった。
先ほど屋根の上から目撃した三人組の一人、麻袋を担ぎ倉庫街へと消えた男に違いない。
彼女の中で確信が静かに芽生え始める。
「魔鉱機士だと。キサマのような華奢な小娘がバカバカしい。オレは知っているぞ。アームレスリングで俺の顔に初めて泥を付けた男。轟雷のトール。この街の魔鉱機士はたしか奴だ」
大男は獣のような威圧感を放ちながら低い声で問いかける。
「そいつは先日死んだ。勤務中の事故でな。私は奴の後任だ」
「へっ、奴の代わりがこんな小娘とはな。機士協会の人材不足も甚だしいってわけだ」
「あまり見た目で人を判断しない方がいい。こう見えても私はトールに勝ったことがある」
「トールに勝っただと? おまえがか? だったら、お前を倒せば俺がこの街最強ということになるな――ッ!!」
大男はその言葉を放つや否や、巨体にもかかわらず驚くべき速度で間合いを詰めてきた。
そして放たれる拳。
その拳は岩をも砕く勢いで、一直線にメディエットの顔面を狙って繰り出される。
「……やれ、やれだ」
内心わずかな後悔を抱きつつも、メディエットは冷静さを失わない。
彼女は一瞬の判断で身体を反らし、大男の拳を紙一重でかわしたのだ。
拳風が頬をかすめ、背後の壁に激突する。
――ドゴンッ!!
壁は大きくひび割れ、粉塵が舞い上がる。
しかし、男はそれに気を留めることなく、連続して拳を繰り出してきた。
力任せの攻撃だが、その一撃一撃が致命的な破壊力を持っている。
「どうした、小娘! 逃げ回るだけかッ!!」
嘲笑を浮かべる男。
しかし、メディエットは無駄な動きを一切みせず、最小限の動作で男の攻撃をいなしていく。
その姿はまるで風のように軽やかで、相手の力を完全に制御していた。
「なるほど、力だけは一流か、だが当てられないのなら無意味だ」
メディエットの嫌味にも似た言葉、その言葉に大男の表情が怒りで歪んだ。
「黙れ! 小娘、逃げてばかりのキサマも同じだろうがッ!!」
再び全力の拳が振り下ろされる。
その瞬間、メディエットは鋭い眼差しで男の動きを見極め、一気に懐へと飛び込んだ。
「がら空きだッ――!!」
――ドンッ!!
鈍い音を立てて、メディエットの拳が男の腹部に深々と突き刺さる。
その衝撃音は凄まじく、大男の身体が若干宙に浮きあがり激しく「く」の字に折れ曲がった。
「ぐはっ……!」
息が詰まったように呻き声を漏らし、男の表情は苦悶に歪む。
呼吸すらできず、膝が震え、足元が不安定になる男。
その巨体が崩れ落ちそうになるその刹那、メディエットは一切の躊躇も見せずに追撃を開始する。
メディエットの体が一瞬で男の背後へと滑り込む。
そして素早い動きで腕を伸ばし、鋼のようなしなやかさで無慈悲に男の首元に絡みついた。
全身の筋肉を硬直させ、メディエットの細い腕が次第に男の首を締め上げていく。
それはまるで鋼鉄の蛇が首に巻きつき、逃れられない罠にかけたような冷徹な締め技だった。
巨体を持つ男が徐々に力を失っていく。
男の目は次第に恐怖に染まり、必死に腕を振り回し、どうにかメディエットの締め付けを解こうとするが、メディエットの腕は微動だにしない。
メディエットの腕に込められた力は、男の怪力すらも完全に封じ込めるほどの強さだったのだ。
「くそっ……こ、こんな、こむ……、に……。」
男は絞り出すように声を漏らしたが、黒い瞳は次第にその輝きを失い、白く濁っていく。
そしてついに、男の抵抗の力は完全に失われ、重力に従うようにゆっくりと床へ沈んでいった。
メディエットは倒れ込んだ男を静かに横たえ、そのまま首元に手を当て、脈を確かめる。
まだ微かに脈が打っていることを確認すると、短く息を吐き出した。
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