06.追跡
前作:『ジョーカー・ザ・ネクロマンス ―死者の蠢く街と、双翼の機士―』は
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雑貨店の扉が静かに閉まると、その音は冷たい空気に溶け込み、微かな金属の響きが静寂を切り裂いた。
冷たい風がメディエットの頬を撫で、彼女は一度深く息を吐き、冷気を肺いっぱいに吸い込む。
冷たさが胸の奥深くまで染み渡り、その感触が微かな緊張を呼び覚ます。
アレックスとリリーが店を出てから、オーナーのオズワルドとの話を切り上げるのに思いのほか時間がかかってしまった。
小さな二人を先に行かせてしまったことが、胸の中で小さな棘のように刺さり、不安を募らせる。
護衛としての任務を負っているにもかかわらず、あまりにも気を抜きすぎた自分を責める気持ちが込み上げてくる。
気まずさと焦燥感を抱えながら、メディエットは細い路地を駆け抜け、大通りへと続く道を急いだ。
アレックスとリリーの姿が見えなくなってから、まだ数分しか経っていないはずだ。
しかし、胸の奥に不穏なざわつきが広がり、メディエットの心をかき乱す。
なぜだろう。二人がすぐに視界から消えたことが、どうにも腑に落ちない。
最近、この街の治安が悪化しているという噂を耳にしていた。
まるで、自分の背後で何か悪意のある力が静かに蠢いているかのような感覚に襲われる。
護衛である自分が彼らを先に行かせてしまったことへの後悔が、メディエットの足をさらに速めた。
「……嫌な予感がする」
ふと、メディエットの足が自然と止まった。
路地裏の薄暗い石畳に、微かに浮かび上がる赤い痕跡。
ほんの僅かな赤色が、仄暗い太陽の光に照らされている。
彼女の胸が強くざわめき、不安が確信へと変わっていく。
メディエットは反射的にしゃがみ込み、目を凝らす。
石畳に散らばるのは、数滴の血。
薄いが、はっきりと目に見えるその血痕は、まだ新しい。
「……これは、誰かの血なのか? この場所で何かおきた……」
彼女は指先でそっと血に触れる。
冷たく湿った感触が指に伝わり、それがまだ乾いていないことを示していた。
メディエットの心臓が一気に早鐘のように打ち始め、全身を警戒心が包み込んでいく。
彼女はすぐに立ち上がり、路地から大通りへと顔を出した。
そこには、普段と変わらない喧騒が広がり、人々が忙しなく行き交っている。
だが、アレックスとリリーの姿はどこにも見当たらなかった。
不安が胸を締め付け、微かな焦りが彼女の心を支配していく。
メディエットは即座に行動を決意した。
焦りが彼女の思考を駆り立て、再び狭い路地へと戻ると、壁に体を隠しながら上空を見上げた。
躊躇はない。
――街全体を見渡せる場所へ行くべきだ。
その考えが閃いた瞬間、メディエットは足に力を込め、壁を蹴って家屋の三角屋根へと跳躍した。
瞬時に体を引き上げ、軽やかに屋根の上へと着地する。
すると、腰に収めた革製ホルスターの中で重厚な金属が微かに揺れて鈍い音を立てた。
しかし、彼女の足は確実にその場に根を下ろし、すぐさま片手を伸ばして屋根の天辺に刺さる風見鶏を掴み、体勢を整えた。
――頼む、思い過しであってくれ。
メディエットは心の中で祈りながら、街の全景を見渡した。
行き交う人々の華やかな装いは宝石のように輝き、遠くから喧騒が聞こえてくる。
そんな中をメディエットは、風を切るような鋭い目で隅々まで確認していく。
まるで鷹が獲物を狙うかのような視線が街全体を捉え、その目は一切の異変も見逃さなかった。
そして――。
視界の片隅に、異質な動きが映り込んだ。
遠く、数百メートル先にいる三人組の男たち。
男たちは重そうな麻袋を担ぎながら、周囲に警戒するような素振りをみせつつ足早に街道を進んでいた。
麻袋二つ。
一見すれば何の変哲もない日常の一場面。
しかし、メディエットの目は卓越した知識と、勘がそれを異質と捉えたのだ。
「……妙だ。昼過ぎに荷物の移動か? 鉄道の荷下ろしが終わってからの運搬にしては、時間が遅すぎる。それにあいつらはなんだ? 周囲を気にしているようで、動きが妙に慌ただしい。まるで何かに追われているみたいだ……」
その言葉を発した直後、メディエットの中で渦巻いていた疑念が確信へと変わった。
麻袋を担ぐ男たち、消息を絶った二人、そして路地に残された血痕。
すべてが一本の線で結ばれていく。
メディエットの胸に、冷たい予感が広がった。
男たちはそのまま倉庫街の方へと向かい、闇に紛れようとしている。
メディエットの視線は、一瞬たりとも彼らを逃さない。
今この場で見逃せば、アレックスとリリーに取り返しのつかない危険が迫るかもしれない。
――時間はない。
メディエットは瞬時に屋根を蹴り、風が彼女の髪を激しくなびかせる。
家屋の屋根を次々と疾風のごとく飛び移りながら、男たちを追跡する。
鼓動が耳元で響き、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。
「待っていろ。アレックス、リリー、すぐに助け出してやる……」
メディエットの囁きは風に乗って消え、降り注ぐ日差しの下、メディエットの影が街を切り裂くように駆け抜けていった。
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