05. 置かれた状況
前作:『ジョーカー・ザ・ネクロマンス ―死者の蠢く街と、双翼の機士―』は
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――そうか、僕は誘拐されたのか。
――――市長として、この体たらく……。情けない。
――――――リリーは……。無事なのか……?
リリーのことが頭に浮かんだ瞬間、アレックスは突然、手首に冷たく柔らかい感触を覚えた。
まるで誰かがそっと触れたかのようなその感覚に、アレックスは反射的に手を握り返そうとする。
だが、後ろ手に縛られた手は痺れきっており、思うように動かせなかった。
それでも、誰かの存在を感じ取ったその瞬間、彼の胸に微かな希望の灯が点る。
「リリー……、キミなのか……?」
喉の奥から絞り出すように問いかけた。
彼女が無事かどうか、それを確かめずにはいられなかったのだ。
微かだが、どこかで聞き覚えのある優しい少女の声が、風に乗って耳元へと届く。
「旦那さま……。ご無事ですか?」
リリーの声には、いつもの無邪気さとは異なる、不安と後悔が滲んでいた。
短い沈黙を挟みながら、彼女は言葉を絞り出すように続ける。
「私……。またドジをしてしまいました。三人も相手に勝てるわけがないのに、旦那さまを助けようだなんて……。無謀でした。本当に……。ごめんなさい」
「いいんだ、リリー。そんなこと気にするな。ボクたちが消えたことが分かれば、一緒に来ていたメディエットが不審におもって支部長のランディスへ伝える。そしたら、すぐに探し出してくれるさ。きっとすぐだよ」
声をかけながら、アレックスはリリーが無事だったことに心から安堵し、ふっと微笑んだ。
「それより、キミが無事でよかった」
アレックスは背中越しに、なんとか手を動かし、相手の手を確かめるように触れた。
リリーが隣にいると分かったことで、彼の心はほんの少しだが落ち着きを取り戻す。
「今、ボクにできることはキミの手を握ることくらいだ……。それで少しでも安心できればいいんだけどね」
そう言いながら指先に触れた感触を確かめた瞬間、リリーの声が一層困惑した調子で響いた。
「旦那さま……。何か触っているのですか?」
「え……? キミの手を、だよ」
「それ、たぶん私じゃないと思います……」
瞬間、アレックスの頭の中で全ての思考が止まった。
――この手は、リリーのものじゃない……? じゃあ、誰が……?
疑問が頭を巡ると同時に、胸の奥に冷たい恐怖がじわりと広がり始めた。
リリー以外の「誰か」が、この部屋に存在しているのか?
息を飲み込み、意識を集中させた時だった。
背後から別の声がゆっくりと響く。
低く、落ち着いた音色だが、どこか嘲りの色が混じっている。
「アレックス。私のことを買ってくれているのはありがたいが……。どうやらお前に謝らなきゃならないみたいだ」
その声を耳にした瞬間、アレックスの胸に冷たい驚愕が走った。
どこかで聞き覚えがある、落ち着いた声。
「メディエット……?」
驚きに満ちた声で彼女の名前を呼ぶ。
まさか、メディエットもここに……?
アレックスの戸惑いに答えるように、メディエットはゆっくりと続けた。
「本当に申し訳ない。お前たちを助けようと思ったんだ。だが、返り討ちにあって、このザマさ……」
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