04 誘拐②
前作:『ジョーカー・ザ・ネクロマンス ―死者の蠢く街と、双翼の機士―』は
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彼らの鋭い視線、攻撃的な態度……。
明らかに良からぬことを企んでいるのが伝わってくる。
すると、中央に立っていた一人の男が一歩前へ進み、アレックスの手に持たれた黒いカードを見つめる。
そして、薄笑いを浮かべながら挑発的な声を響かせたのだ。
「おい小僧。俺と運命を賭けたギャンブルをやりたいっていうのか? 悪いが、ジョーカーをベットした時点でお前の負けは確定しているぜ」
アレックスは冷静に相手を見据えた。
そして、男の顔をその瞳に強く焼き付けた時、電流が走るように脳裏にその名前が浮かび上がる。
「……おまえ、ケニー・ゴールドバーグか?」
アレックスは男のことを知っていたのだ。
メディエットが乱暴に執務室へ入り込んでくる前に読んでいた新聞に白黒の写真と共に掲載されていた。
記事には、最近街で暗躍している小規模ギャングのボスとして名を馳せる危険人物だと書かれていたのだ。
「へぇ、俺の名前を知ってるとはな。やっぱり俺はツイてるみたいだ。狙いはバッチリだったってわけだからな。どうせ小僧、お前、新聞か何かで俺のことを知ったんだろ? そんな情報に頼るのは、お坊ちゃんくらいのもんだ。俺たち裏社会では、紙切れ一枚でどうにかなる世界なんてありゃしねぇよ。必要なのは、勘と度胸、それに一歩を踏み出す行動力だ」
ケニーが笑みを浮かべながら言葉を続けると、それを合図にしたかのように、隣の巨漢が腹の底から豪快な笑い声を響かせた。
「ッハッハッハッ! 坊主、運がなかったな。ボスに目をつけられたんじゃ、お前はもう終わりだぜ!」
「バンプ、笑ってやるな――」
「誘拐か。そんなものに付き合う気はない」
アレックスは、内心の焦りを押し殺し、あくまで冷静を装って声を放った。
しかし、ケニーはその虚勢を見透かすように鼻で笑い、アレックスを見下ろしながら揶揄するように言葉を返す。
「強がるなよ、お坊ちゃん。そんな態度じゃ痛い目を見るだけだぜ」
「ボスは相変わらず優しいな。さっさとぶん殴って黙らせちまえばいいんだ」
横から差し込まれたバンプの軽口に、小柄な男がすかさずツッコミを入れる。
「バンプ、馬鹿なこと言ってんなよ。お前の怪力じゃ一撃で仕留めちまうじゃないか。商品を傷つけたら商売にならねえじゃないかッ!!」
ふざけた調子のやり取りが続く中、ケニーは余裕たっぷりにそれを聞き流し、ポケットから光輝く金貨を取り出すと、親指ではじいて宙に放った。
金貨が回転しながら軽やかな音を立てて宙を舞い、ケニーの掌へと帰ってくる。
「スニークの言う通りだ、バンプ。お前の加減は信用ならないからな。大事な商品を壊されちまったら、全部ご破算だ」
ケニーが金貨をキャッチして冷静な笑みを浮かべると、二人の部下は口々に笑いながら賛同の言葉を飛ばす。
軽口の応酬が続く中、アレックスはひそかにリリーへと目を向け、そっと耳元で囁いた。
「――リリー。今すぐ雑貨店に戻って、メディエットかオズワルドさんに知らせるんだ。急いで、早くッ!!」
「――ッ、はいッ!!」
リリーは一瞬戸惑いを見せたが、アレックスの決意を受け取り、息を呑んで小さく頷くと身を翻して走り出そうとした。
だが、その瞬間、ケニーの目が鋭く光を帯びる。
まるで鋭利な刃物のように、その視線がリリーの動きを捉え、即座に傍にいた部下へ命令を飛ばす。
「おいスニーク、小僧の後ろにいるレディーが逃げようとしてるぞ、捕まえろッ!!」
「悪いが逃がさないぜ、お嬢ちゃん。」
スニークの影が一瞬にして揺らぎ、アレックスの横をすり抜けると、リリーに向かって一直線に迫った。
「やめろッ!!」
アレックスは反射的に声を張り上げ、握り締めた拳を勢いよく振りかざした。
だが、その拳は虚しく空を切る。
スニークは素早く身を翻して背後に回り込むと、まるで蛇が獲物に絡みつくかのように、両腕をアレックスの体に巻きつけて締め上げた。
「面倒かけさせやがって……!」
「くそっ……。放せッ……」
「旦那さまッ!!」
リリーの悲鳴じみた声が響く。
彼女はアレックスに駆け寄ろうとしたが、その瞬間、目の前に巨大な影が立ちはだかった。
バンプだ。
巨漢は闇の中に埋もれるように立ちふさがり、腕を伸ばすと、リリーの華奢な体を軽々と掴み上げてしまった。
「残念だったな、お嬢ちゃん」
「やめて! 離してッ!!」
リリーは必死に叫び、全身の力を振り絞って抵抗する。
しかし、バンプの力は圧倒的で、リリーの小さな腕をがっしりと掴むと、まるで人形遊びをしているかのように、軽々と引き寄せた。
「もう大人しくしているんだな」
バンプは笑みを浮かべ、リリーの苦悶する表情を見下ろした。
冷たい手の感触がリリーの腕に食い込み、彼女は息を詰めたまま、かろうじて震える声を絞り出す。
「……お願い、離して……!」
だが、その願いが届くことはなかった。バンプの無骨な手は、リリーの腕をまるで万力のように抑え込み、彼女の小さな抵抗など全く意に介していないかのように、力強く捕らえ続けていた。
ケニーは、アレックスの様子を余裕たっぷりに眺めると、満足げに笑い声を漏らした。
「ハッハッ!! やっぱり俺は、この街で一番の幸運を持ってるらしい。すべてが思い通りだ、なあそうだろ?」
彼の言葉には満足感と絶対的な確信が滲み出ていた。
その自信に満ちた様子を見つめながら、アレックスは冷ややかな目を向け、軽蔑と哀れみを込めた声を低く漏らす。
「幸運だって? バカバカしい。お前たちが誰を相手にしているかも知らずに……。すぐに後悔することになるよ。お前たちは、この街そのものを敵に回したんだ。不吉な死神を捕まえてしまったんだよ」
「ハッハッハッ!! 自己紹介ご苦労さん。俺はそんな運命に挑むのがたまらなく好きなんだよ。獲物はでかければでかいほど、狩りが楽しいってもんじゃないか。 俺の目指すのはこの街で一番でかいギャングのボスになることだ。俺の運が、そう導いてくれている」
「運頼みの男か…。バカバカしい――」
アレックスが嘲るように言葉を紡ごうとした瞬間、ケニーの拳が勢いよく振り上げられた。
「いいかげん鬱陶しいぜ!!、小僧――」
反応する間もなく、激しい衝撃が頭を打ち、アレックスの視界は瞬く間に暗転した。
深い闇が彼の意識を包み込み、底なしの奈落へと引きずり込まれていく。
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