03.誘拐①
前作:『ジョーカー・ザ・ネクロマンス ―死者の蠢く街と、双翼の機士―』は
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アレックスは、ぼんやりとする意識の中で、徐々に現実を取り戻し始めた。
暗闇に覆われた感覚は、頭に巻かれた目隠しのせいだと気づく。
視界は完全に遮られ、体はどうやら硬い椅子に縛り付けられているようだった。
手足は痺れ、力を入れてもかすかに震えるだけ。
状況を把握しようと、深い呼吸を繰り返し、冷静さを保とうと努めた。
――何が起こったんだ?
断片的な記憶が、まるで鋭い破片となって脳裏に刺さり、意識がひとつの出来事へと引き戻される。
――そうだ、あの時……。
リリーと雑貨店を出た直後、三人の男たちが無言で道を塞いできたのだ。
彼らの異様な態度に、アレックスはすぐさま危険を察知し、反射的にリリーを庇うように前に出た。
そして、ジャケットの内ポケットに手を滑り込ませ、一枚のカードを指先で探り当てた。
アレックスの持つマジェスフィア、『ジョーカー・ザ・ワイルド』、幽霊を呼ぶ超常の力の結晶。
鎌を持つ道化師の絵が描かれたそのカードは、アレックスにとっての切り札だった。
普通のトランプと異なり、鉱石を削り出して作られた厚みを帯びたカードは、手に取るとひやりとした冷たさを伝えてくる。
その表面に埋め込まれた黒いオパールは、わずかな光を吸収し、まるで力へと転換するかのように七色の輝きを放っていた。
だが、その日、何かがおかしかった。
カードを握りしめるたび、いつもなら感じるはずの死者たちのざわめきが、どこにも聞こえなかったのだ。
まるで、この街から幽霊という存在そのものが消え失せてしまったかのような、異様な静寂にアレックスは困惑していた。
「旦那さま、それを使うつもりですか?」
リリーの緊張した声が、沈黙の中に小さく響く。
アレックスは黙ったまま、カードを握り締め、冷静さを保とうとする表情に、次第に険しい皺が刻まれていく。
「リリー、見えないんだろ? いつもなら幽霊たちがそこら辺を彷徨ってるはずなのに、今日はやけに静かだ。まるで、みんな何か特別な見せ物でも見に行ってるみたいに……」
『ジョーカー・ザ・ワイルド』の力を共有するリリーもまた、アレックスの言葉に頷きながら、異変を肌で感じ取っていた。
幽霊たちの気配が、どこにも感じられなかったのだ。
その静けさが、胸に不気味な焦燥感を募らせる中、アレックスはふと思い出したようにリリーへ尋ねる。
「そういえば……。メディエットはどうしたんだ? あいつは……」
「メディエットさんは、オズワルドさんと話していました。ほらオズワルドさん。魔鉱機士だった時はえらく位の高い人だったじゃないですか。だから話が弾んでいたみたいです。それで……。先に帰ろうって言ったのは旦那さまですよ」
リリーの声がどこかよそよそしく響く。
アレックスはその言葉に、ほんのわずかだが後悔の念がよぎった。
もし、あの時、自分がリリーと共にオズワルドの雑貨店に残っていれば……。
だが、今となっては何もかもが手遅れだった。
――目の前の三人組をどうにかするしかない。
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