第九話・ヤマタノオロチ
地獄組は劣勢だった。持国天との戦いでもはや立っている者は鬼の軍勢しかなく、若頭と鍾馗との戦いは辛くも若頭が勝利を収めるも、激戦のため鍾馗の大刀斬馬刀を奪えたが意識を失ってしまった。今戦っているのはお嬢と忍者とヤマタノオロチだけだった。
お嬢と忍者はヤマタノオロチの攻撃を避けていた。ヤマタノオロチは八つの首を巧みに使って連続で頭突きをしてきる。しかし二人はそれを全て飛んだり跳ねたりして避けているので地面は穴だらけになり渓谷の側面はボコボコなっていた。
「あんなに頭ぶつけといてまだ動けんのか!?」
お嬢が驚くのも無理はない。すでに全ての頭は血で染まっており、大きな血痕さえある。それにも関わらずヤマタノオロチは最初とスピードを落とさず攻撃し続けているのだ。
「ち、タフな奴じゃな」
「避けているだけではもたない…」
「分かっとる!せやけど攻撃の機会が…」
確かにヤマタノオロチはでかい図体の割りに攻撃は素早く、こちらの攻撃の隙が無い。捨て身覚悟で攻撃してもやはりあの図体ではあまり効果は無いだろう。
「こうなったら…、忍者!合わせろ!」
忍者はお嬢の考えを瞬時に理解し、巧くヤマタノオロチの頭を誘導し二人が合流しようとしたその時、お嬢は忍者を蹴り上へ、忍者は蹴られ下へといった。ヤマタノオロチの頭は見事にぶつかり合った。
忍者は落ちてくるヤマタノオロチの頭を体をひねって避けた。お嬢は落ちているヤマタノオロチの頭に乗った。
大きな音をたて落下した後二つのヤマタノオロチの頭は動かなかった。
「よっしゃ、これで後六つじゃ」
だが他の頭は攻撃を緩めない。まるで何ともないように攻撃を続けてきた。
「喜ぶ暇も無いんか!忍者!」
「御意…」
お嬢と忍者は同じ方法でヤマタノオロチの頭を潰していき、残りはうとう二つになった。
「よし、これで終わりじゃ!」
残りの二つの頭は急に動きを止めた。
「なんじゃ?」
ヤマタノオロチは息を一気に吸い、そして吐き出した。なんとその吐き出された息は毒の息だった。忍者は瞬時にお嬢を担ぎ、飛び上がりなんとかその息を吸わずにすんだ。
「す、すまん忍者」
忍者は毒の息がかかっていないヤマタノオロチの背中に着地した。
「でかした、これで斬り刻める!」
お嬢は抜刀しヤマタノオロチの背中をめったやたらに斬りまくった。忍者もクナイで斬り刻んだ。
「くぎゃあぁぁぁ!!!」
ヤマタノオロチは悲鳴を上げ頭は項垂れるように倒れた。
「よっしゃ!」
だが急にヤマタノオロチは体を揺らし出し、お嬢と忍者は振り落とされた。さらにヤマタノオロチの巨体がお嬢と忍者にのしかかろうとする。その時、忍者はヤマタノオロチの口に何かを投げ込んだ。そして口内で爆発し、ヤマタノオロチの頭は吹き飛んだ。
「な、どういうこっちゃ!」
「符術大爆符…」
忍者は小さく答えた。ヤマタノオロチは爆風でのしかかろうとした反対側に仰向けになって倒れた。そしてもう動くことはなかった。幸い忍者が吹き飛ばした頭が主となるものだったようだ。
「なんでもっと早く使わんかったん?」
お嬢が少し憤慨気味に聞いた。忍者は淡々と答えた。
「あの威力を出す力を込めるのに時間がかかる…すまない」
忍者は口下手なので淡々と聞こえてしまうのはお嬢は分かっていた。
「そうか…、なら仕方なかったわけやな。ほな行こか」
忍者は渋い顔を一瞬したが、一度は許してしまったのでお嬢を抱え走り出した。
地獄の中で八大地獄の黒縄地獄にあるギロチン広場。ここは亡者達にギロチンにより無限に斬首の恐怖を与える場所。そのためここが使われると受刑者達の断末魔が聞こえる。だが今は受刑者の数はあれど、断末魔が聞こえることはない。受刑者である地獄組の面々を四天王持国天が皆殺しにしたからだ。ここでの殺し、つまり死は魂の消滅を意味する。
「おい、こっちは何人残っている?」
持国天が近くにいた鬼に訪ねた。
「はっ! 約三十です。そのほとんどが重傷ですが…」
そう答えた鬼にもたくさんの切り傷や打撲の痕がみられた。
「どの傷が堪える?」
「恥ずかしながら童にやられた傷が…」
「そうか…」
持国天は静かに頷き倒れた童…、メタボの方を見る。彼によって持国天が引き連れた鬼達は大打撃を受けたのだ。持国天は今さらながらメタボに興味を持ったが後の祭りである。
「お前ら先に戻れ。ヤマタノオロチ無しじゃちと辛いだろうが…」
「分かりました」
「まあどっかで目玉野郎が見てるだろうから、運がよけりゃヤタガラスが拾ってくれるだろう」
そう持国天が言うとヤタガラスの群れが近付いてくるのが見えた。
「言った通りですね。流石は千里眼を持つお方だ。」
「この貸しは高くつくだろうがな」
ヤタガラスは次々と負傷した鬼達を掴んで行き運んでいく。うち一羽が紙を持国天に落とした。それは目玉野郎、もとい四天王の広目天からのメッセージだった。
貸しにしておきます。あなたの働き次第ではチャラにもしますがね。
メッセージを読み終え持国天はため息をついた。
「何やらされるか分からんが、仕方ない。ヤタガラスで帰れ。俺はここでヤマタノオロチと鍾馗を待つ」
「はっ!」
こうして持国天を残し鬼達は帰っていった。独り佇む彼は何とも言えない虚無感を感じていた。任務とはいえ魂を消滅させるのは彼にとって気持ちのいいことではないのだ。四天王の一人として情けないと自嘲するが、どうにも仕方がない。
持国天は再度広目天のメッセージを読み、意味を考えた。考えたくはないが鍾馗もヤマタノオロチも殺られてしまったのだろうか。だとすると広目天の言う働きとは彼らを倒した手練れを倒すことなのだろうか。それとも…、持国天は放置されるメタボを見た。
途中別人と思える力を開花しつつあった、あの人間。本当に人間なんだろうか。酒呑童子や茨木童子を倒した源頼光、地上に降りたヤマタノオロチを倒したスサノオなど鬼や妖怪を倒す人間がいないわけではない。こいつもそれらのような特別な人間なのだろうか。
「なに!?」
持国天が目をやっていた者が起き上がった。ますます人間離れしている。特別な人間だという考えが真実味を帯びてきだした。
「なっ!? ヤッシー! 亜依奈さん! みんな!」
メタボの呼ぶ声に応える者はいない。それを解せると唯一立ち上がっている者に
眼光を向けた。
「お前がみんなを…」
メタボは溢れる怒りを抑えながら言った。
「そうだ。地獄への反逆は重罪だ。当然の報いだろう」
「うるせえ! てめえが魂を消した奴らはな! お前なんかよりよっぽどあの世こと考えてたよ!」
メタボは叫びながら持国天に突っ込んでいった。