第八話・若頭VS鍾馗
若頭と鍾馗が対峙していた。小刀と大剣、若頭の方が不利に見える。しかしやり方次第では若頭にも勝ち目はある。少し小競り合いをし、一旦互いに退くとそれを分かったから一歩も動けないでいるのだ。
「いつまでもこうしているわけには…」
その焦りから若頭は鍾馗に突っ込んだ。鍾馗は好機とばかりに大剣を振るう。だが、焦っていたと思われた若頭の方が上手だった。大剣を冷静に見切り大振りの隙を突いて小刀を刺し込んだ。
「ぐうぅっ!」
鍾馗は悲鳴を上げ反撃に出ようとしたが、その前に若頭は鍾馗から離れた。
「人間にしてはその反応速度…、素晴らしいですね」
脇腹に刺さった小刀を抜き捨て鍾馗は悪態を吐いた。優秀な武人である鍾馗が傷つき流血する、ましてや人間相手になどあってはならないことだ。
「褒め言葉と受け取ろう。伊達や酔狂で若頭をしているわけではない」
「若頭…? 極道者が、島の縄張り争いと同じにしてもらっては困りますね」
若頭は微笑を浮かべた。それは鍾馗にとって自尊心を刺激する不愉快なことでしかなかった。大剣を構え若頭に振り下ろす。若頭は受け流すようにそうっと小刀で防いだ。若頭に取って鍾馗のようなタイプは御し易い。普段の鍾馗ならこのような力任せはしないが、若頭によって完全に感情のコントロールを奪われていた。
「くそぉ! その余裕の笑み、腹が立ちますね!」
キーンッ! キーンッ!
鋭い金属音が響く最中若頭は微笑を崩さない。
「生前島の縄張り争いなんぞしてはいない。毒を持って毒を制す…、ただそれだけだ」
「何を仰る! 所詮は地獄に堕ちた罪人だろう、この偽善者が!」
鍾馗が縦に大剣を振り下ろすと若頭は受け流すことはせず避けた。その一撃は勢い余って地面に突き刺さった。若頭はその隙に鍾馗と距離を取る。
「偽善者か。そうだな、所詮我らは罪人だ。この地獄にも我らを恨む輩もいるだろう。だが、必要なことだ。我らの世界にも、この地獄にも」
鍾馗は大剣を地面から抜こうと試みるが、焦っているせいか中々抜けない。若頭は小刀を構え鍾馗に高速で突撃した。鍾馗は急いで避けようと大剣から手を離すが、その時には小刀が腹に刺さっていた。
「く…、貴様本当に人間ですか…?」
鍾馗は刺さった小刀を抜き捨てたが、片膝をついてしまった。
「仏に支えた者の落とし子が我が一族の祖と云われるが、眉唾物だ。」
若頭は地面に刺さった大剣を抜き取り、その刀身を鍾馗の首筋に沿わした。
「仏に支えた者が、極道に堕ち地獄の役人に牙を向くか…。天国で御先祖が泣いてますよ」
ドサッ…
鍾馗の首が落ちた音だった。鍾馗の最後の言葉は若頭の逆鱗に触れるにたる言葉だったのだ。人あらざる者でも血が通うようで、大剣は血糊がつき若頭は多少返り血を浴びた。
「天国の祖先を泣かすのは貴様らであろう、下衆が!」
鍾馗の屍から大剣の鞘を奪い、それに大剣を納めた。
「武器不足が否めなくてな…。」
若頭が先を急ごうと歩みを進めるが、足首を掴まれるのを感じた。
「な!?」
「この私が刑天のように生き長らえるとは…、だがいいでしょう。これも高尚なる持国天様のため。必ずや倒して御覧にいれる!」
若頭はたじろんだ。鍾馗は首無しで言葉を発し足首を掴んでいるのだ。そのまま鍾馗は立ち上がり若頭を投げ飛ばした。
「さて、いささか気だけで位置を把握するのはちとつらいですね。目も使うとしますか。口も言葉がこもってしまいますからね」
鍾馗は服を上半身だけ脱いだ。すると両胸に両目が、へその辺りに口があった。
「その姿…、まさしく刑天! 戦いの舞を踊るか!」
若頭は大剣を構えた。刑天とは主君の仇討ちのため単身天帝に挑むも返り討ちにあい首を切り落とされてしまうが、戦うことを諦めず首無しで戦い続けた妖怪である。
「このままあなたを生かしておけば必ず持国天様に仇なすでしょう…。その憂いを断つことができるなら、戦いの衝動に身を委ねるもよいでしょう!」
鍾馗は雄叫びを上げると若頭に突進してきた。
「徹底的に叩き潰すしかないようだな!」
若頭は大剣で迎え撃つが受け止められてしまった。刃でないところを両手で挟まれたのだ。
「く…。」
明らかに力が上がっているのを若頭は感じた。それに飲まれてしまう前に後ろに下がった。
「持国天とやらへの忠誠心が成せる業とでもいうのか…」
「気安く持国天様の名を口にするな!」
また鍾馗が攻撃を加えてくる。若頭は牽制に小刀を投げた。鍾馗はそれを掴む。
「苦し紛れの攻撃が…、何っ!?」
鍾馗が気付いた頃、若頭は自分を切りかかる直前だった。胸に小刀を投げることは今の鍾馗にとって目に投げられると同義。小刀を掴んだ腕により鍾馗の視界は狭まり若頭に気がつかなかったのだ。
鍾馗は真っ二つに裂け、二度と立ち上がることはなかった。
「刑天は巨人故に脅威だったのだ…」
そう呟き若頭は二つに裂けた鍾馗の屍から立ち去った。
地獄のどの辺りだろうか。ともかく渓谷まで忍者はお嬢担ぎ逃げてきたはずだった。ところが意外な追跡者に狙われた。ヤマタノオロチである。渓谷を崩し砂ぼこり、いや砂嵐を起こしながらそれは現れた。忍者はお嬢を担いだまま落石を避け渓谷の天辺まで登る。
「見つけたぞ!」
ヤマタノオロチに乗っていた鬼が叫ぶ。
「まさかこないなもんが追ってくるなんて」
「………」
単身ヤマタノオロチに挑もうとする忍者をお嬢は腕を掴んで止めた。
「うち腹くくる。地獄組の長として、皆の魂消されるん見過ごすわけにはいかん。守られるより守りたいんや!」
頬を伝う涙が一つ二つと数を増やす。忍者は何か言おうと口を動かそうとするが、ヤマタノオロチに阻まれた。急ぎお嬢を担ぎ上げ飛び上がる。次の着地地点を探しながら忍者はぼそぼそと言葉を綴る。
「…共にこの場を脱しよう」
着地しお嬢を下ろし言葉を続ける。
「指示を、お嬢…。」
「忍者…」
お嬢は涙を拭い勝ち気な表情を見せた。
「ほんなら、ヤマタノオロチを撹乱し引き付けて。うちはあの鬼を」
忍者は頷きクナイを構えてヤマタノオロチに突っ込んだ。お嬢も別の頭に突っ込んでいく。崩されたといえど渓谷は広く二人は跳びはねながら上に登り、ヤマタノオロチの頭、そして鬼に近づく。そして忍者はクナイを投げ注意を引き、ヤマタノオロチの頭が突っ込んできたのを見計らってギリギリで避け渓谷の壁面に突っ込ませる戦法をとった。たが生身で地下を掘り進むほど頑丈な頭で、ヤマタノオロチはほとんどダメージを受けていなかった。
お嬢は軽々と鬼のいるヤマタノオロチの頭までたどり着き、鬼が面食らっている間に抜刀した。
「な!?」
「猛ろ!烈獄丸!」
お嬢の叫びと共に鬼は斬殺された。これでヤマタノオロチに指示を与えるものはいなくなった。だがヤマタノオロチの勢いは衰えることはない。
「やっぱあかんか…」
だがお嬢は諦めてはいない。飛び道具が無いため直接攻撃を試みようとお嬢は今乗っているヤマタノオロチの頭に刀を突き刺した。
「はぁ!」
「ギギャァアアア!!!」
ヤマタノオロチは悲鳴をあげ必死にお嬢を振り落とそうと頭を振る。お嬢は暫くは耐えられたが、次第に握力の限界を迎える。
「くっ!」
仕方なくお嬢は歯をくいしばり刀を抜いた。当然ぶっ飛ばされてしまう。渓谷の壁面に衝突かと思われたが、間一髪忍者が受け止めた。
「すまん、助かった。」
忍者はお嬢を地に下ろすと指示を仰いだ。
どないしょうかな…
お嬢は一つの頭だけのたうちまわるヤマタノオロチを見て独白した。