第七話・持国天
組員の方々は再び立ち上がった。そしてドスを握り直す。持国天はいい加減面倒臭そうに構えていた金棒を杖代わりに言った。
「興醒めだな…。てめえら、俺の代わりにこいつらやっちまいな!」
持国天の後ろで待機していた鬼は金棒を挙げ歓喜し、ドタドタと組員の方々に駆け出した。組員も覚悟を決め駆け出そうとしたとき、強い光がし、そこから巨大な亀が現れた。
「これは…、玄武!」
持国天は口角が上がる。しかし鬼を含め皆何が起こったか分からない様子だった。
巨大な亀の上から三人飛び上がり着地してきた。メタボ、ヤッシー、そして亜依奈である。
「ご苦労だったね、玄武」
亜依奈がそう言うと玄武は光に包まれ静かに消えていった。組員も鬼たちも口をポカンと開けたまま呆然としている。
「ヤッシーにメタボ…?」
「心配ない。この姐さんは味方だ。…正直俺も状況を整理しきれてない」
そういうヤッシーの表情は少しひきつって見えた。無理もないことである。一緒に玄武に乗ってやってきたとはいえ、なされるがままといった風だったのだから。
「とにかく今は目の前の鬼たちだ!」
メタボは武器庫で奪った金棒を構えた。
「どうやらエモノは手に入ったようじゃな」
「この姉ちゃんのおかげでね。これで俺も戦える。」
メタボの言葉で鬼たちへと移った。
「お前、意外に場が分かってるじゃねぇか。だが俺はそこの女しか興味がねぇ。鬼頭亜依奈! よくも武器をこんなやつらに提供しやがったな!」
持国天の叫び声が谺する。
「やっぱバレたてたか。ま、あんたはここで倒されるんだ。何でもいいじゃないか」
亜依奈は持国天に金棒を向けて応えた。
持国天は嬉しそうに金棒を構えた。
「嬉しいねぇ! 野郎共! 亜依奈は俺がやる! さっき言った通りザコ共を片付け
ろ!」
亜依奈達の登場で足を止めていた鬼達は再び雄叫びを上げ地獄組に突貫して行った。組員達は気持ちを切り替え鬼達を迎え撃とうと構える。
「本当に鬼とやり合うのかよ…」
メタボが吐露したことをヤッシーは聞き逃さなかった。
「嫌なら隠れててもいい。けど自分の身は自分で守れよ」
小声で自分は戦闘向きじゃないと耳打ちすると、既に突貫している先輩組員の後に続いていった。二つの勢力はぶつかり戦闘が始まる。亜依奈は持国天と激しい攻防戦を繰り広げ、組員達も奮闘している。当然ヤッシーも。メタボは金棒を握りしめた。
「ヤッシーに出来て、俺に出来ないわけねぇ!!!」
メタボは戦場を駆けた。目についた鬼をひたすら殴りにかかった。
「ぐぎゃあ!」
鬼が痛がっている。メタボの攻撃が効いているのだ。だが簡単にやられてくれる鬼ではない。鬼はメタボを殴り飛ばした。メタボの身体は宙を舞い、そして地面に叩きつけられる。
「ぐ…」
「メタボ!」
先輩組員はメタボの身体を半身起こした。そしてメタボに鬼の攻撃は魂を消す程の力があることを教えた。だが、先程の鬼の様子から分かるように、こちらの攻撃で十分鬼を倒せることも教えた。
「これじゃ本当の殺し合いじゃねぇか…」
メタボは立ち上がり金棒を構えた。言葉とは裏腹に戦意は衰えてないようだ。
「鬼退治と行くぜ!」
メタボは叫びながら鬼の群れに飛び込んでいった。金棒を振り回し鬼をどんどん薙ぎ倒していく。その姿は宛ら鬼神のようだった。もう鬼に臆していたメタボはいなかった。
「スゲぇ…、火事場のバカ力ってヤツか?」
ヤッシーはメタボの著しい変化に驚愕した。メタボの意外な頑張りにより地獄組は鬼を追い込んでいく。
「ち、あのガキやるな…」
「何ぶつくさ言ってんだい!」
亜依奈は思い切り持国天のみぞおちを金棒で突いた。持国天はうずくまり膝を地に着ける。それが持国天の怒りに火を付けることになった。
「亜依奈ァ!!!」
持国天は亜依奈の足を掴んだ。
「しまった!」
そのまま持国天は立ち上がり亜依奈を掴んだままジャイアントスイングのようにぐるぐる回り、そして投げ飛ばした。
「くっ!」
亜依奈は悲鳴を噛み締め衝撃に備えようとしたが、ダメージは大きい。地面をえぐり、二三跳ねとび、動かなくなってしまった。
「亜依奈さん!」
メタボは叫んだ。しかしその声に亜依奈は応えない。
「く、互角じゃなかったんか!?」
組員の一人が地団駄を踏む。確かにこの場で戦っていた者の目にはそう映っていた。それがいきなり倒されてしまった。持国天が力を抑えて戦っていたとしたら、恐るべきことである。
「俺は四天王だぜ? 夜叉ごときに遅れを取るかよ!」
メタボ達は持国天を取り囲むが、ここまで実力差を見せつけられると手を出せない。
「くそぉ!」
意を決してメタボが突っ込んだ。金棒と金棒がぶつかり合う金属音が虚空に響き渡る。それは一撃で止まらず、二撃三撃とどんどん響く。
「こいつ…、人間にしては…」
軽々とメタボの攻撃を受け流し捌く持国天だが顔をしかめて呟いた。
「はあっ!」
持国天は初めて自ら力を入れメタボの攻撃を弾き返した。その衝撃でメタボはよろめき尻餅をついてしまった。
持国天はメタボの首を掴み持ち上げた。
「人間にしてはあの連打は見事だ…。俺の部下を薙ぎ倒したのも頷ける。」
メタボは持国天を蹴ったり手を引き離そうと抵抗するが、締め付けは強くなるばかりだ。
「だが、四天王の降すには及ばんっ!」
持国天は力をさらに入れ、とうとうメタボの抵抗は止まってしまった。糸の切れたマリオネットのように手足が力無く垂れていた。ヤッシーや他の組員は憤慨することもできずただ恐怖に震えるしかなかった。
「くそ!」
ヤッシーはナイフを構えた。
「やめろ!」
組員の制止の声も聞かずヤッシーは突っ込み、持国天のメタボを掴む腕にナイフを刺した。血が流れるが持国天に痛がる様子は無く不気味に笑うだけだった。
「そんなにこいつが大事か?」
ヤッシーの中で恐怖が打ち勝ち足をすくませた。その刹那持国天はヤッシーを蹴り上げメタボを放り投げた。地面に叩きつけられた衝撃でヤッシーは気を失った。
「残るはつまらぬ雑魚ばかりか。まあ俺の部下の礼でもさしてもらおうか」
持国天が腕に刺さったヤッシーのナイフを抜き捨て組員たちに近付いていく。彼が組員たちを屠る(ほふ)のにそう時間はかからなかった。