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彼の世  作者: ハスキー
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第六話・フェアリー

 太一は火の手が上る方へ近付いて行った。するとどんどん自分の方へ人が走ってくる。やがてそれは太一をそこらに生えてる木か転がる石を見るような目で走り去っていく。悲鳴や必死で地面を蹴る音を伴いながら。太一は途中、「逃げろ」、「殺されるぞ」、などと叫ぶ声が聞こえたが、人と逆向きに行きたがる足を止めることはできなかった。それは正義感からなのか、単なる好奇心からなのか、自分でも分からない。

 暫く進み空を見ると、天使さえ血相変えて逃げている。天使は天国で主に死人の世話をしていて、真面目な種族だ。それが自分の役割を投げ出して逃げている。太一は天国そのものに危険性を感じた。だが逆向きを進む足が踵を返すことはない。

上げていた顔を元に戻すと、何か小さな物体が太一の額にぶつかってきて、そのまま尻餅をついた。

「ごめん! でもさっさと逃げた方がいいよ!」

 太一は驚きでぶつかった怒りを無くした。目の前で羽の生えた小さな人間喋っているのだ。パッチリした目、白磁の肌、華奢な体と可愛いらしい少女のような姿だ。

「妖精か!?」

 よほど気になったのか太一がまず発した言葉がこれだった。

「えっとフェアリー族っていう一応天使で…、じゃない! 早く逃げるの!」

 その小さな天使は、太一の耳を体いっぱいに使って太一を逃げさせようとする。

「耳がっ…! やめろ!」

 太一が声を荒らげると、それを上回る声で鬼の雄叫びが聞こえた。二人の背筋は凍りつき、足が竦む。そしてどこかからジャンプして来たのか、鬼が上空から着地した。

「これは珍しい! フェアリー族か!」

 何が楽しいのか鬼の声は意気揚々としている。だがその表情はおびただしい他なかった。

「くそ、喧嘩はアイツのが得意なのに」

 太一は脳裏に自分の弟の顔が浮かんだ。別段運動神経が鈍い訳ではないが、喧嘩というものはメタボと違いしたことがない。だが太一は後に退こうとはしなかった。

「何考えてんの!? さっさと逃げて!」

「君みたいな小さい子、放って逃げれないよ」

「そういう種族なの! 魔法だって使えるしあんたの十倍は強いわよ!」

 鬼は律儀に会話が終わるまで待とうとしたが、我慢の限界が来た。

「ごちゃごちゃうるさい! まとめて殺してやる!」

 鬼は金棒を振り回しそのまま投げた。太一は尻餅をつき偶然避けることが出来た。

「ちい、このへっぴり腰が!」

 金棒は遠くで木に突き刺さってしまい、戻ってこない。鬼は肉弾戦を挑もうと突っ込んできた。が、光一線がそれを遮る。

「チャム! 大丈夫か!」

 太一は空を仰ぐと一人のヴァルキリーが佇んでいた。ゆっくり翼をはためかせながら下りてくる。「シャロン副隊長! 来てくれたんですね!」

 チャムと呼ばれた小さな天使は、シャロンの登場がよほど嬉しいのかチョロチョロとシャロンの周りを飛び回る。

「ああ、これ以上鬼の勝手にはさせん!」

 シャロンはランスを鬼に向け口上を叩きつけた。鬼はこの状況に顔を歪ませるどころか、憎たらしく笑ってみせる。

「面白い! やってみせろよ鳥人間!」

 鬼はまたも肉弾戦を挑もうとシャロンに突っ込んでいった。シャロンは二人に下がれと言うと、牽制にビームを二、三発撃つとランスを構え鬼に向かっていった。

 暫く両者一歩も退かないつばぜり合いが続く。太一はこんな状況で何も出来ない

自分に苛立ちを覚えた。

「クソっ!」

 思わず漏れた太一の言葉で、チャムは太一の苛立ちを感じ取った。

「力、あげよっか?」

「え?」

 太一の疑問はもっともだ。こんな小さな天使に何が出来るのであろうか。いや、容姿は妖精そのもので彼女自身も魔法が使えると言っていた。

「ぐっ…!」

 鬼のパンチがシャロンのみぞおちに決まり、シャロンは片膝をついてしまう。

「好機!」

鬼はランスを蹴り上げ、それは太一の側に突き刺さった。その後シャロンは一方

的に鬼に痛めつけられる。太一は見ていられなかった。

「チャムって言ったな…。力をくれるのは本当か!」

「本当よ。…シャロン副隊長を助けて!」

「もちろんだ!」

「じゃあ…」

 チャムは歌を歌い出した。太一はそんなことしてる場合じゃないと怒鳴ろうとしたが、自分の身体の異変を感じた。なぜだか感じる高揚感、何でもできそうな気がする自信、太一は自分に強大な力が備わったのを感じたのだ。

「チャム、この歌は?」

「ソルジャーソングって言って歌を聞いた者は一定時間パワーアップするの。ついでに特殊能力がなんか付くらしいよ」

 話を聞いて曖昧なものだと太一は思ったが、自分の身体に起きた事態を否定することはなかった。

太一はまず側に突き刺さったランスをシャロンに届けようと思った。いくらパワーアップしたと言えど鬼に敵うかは分からない。自信に溢れているとは思えないほど太一は冷静だった。

 だがランスを持った瞬間、自信が上回った。ランスの握り、ビームの出し方、そして戦闘術が太一の頭の中に刻み込まれたのである。しかし自信と冷静さの葛藤のすえ太一はランスを届けることが第一だと考えた。

「出ろぉ!」

 太一はビームを出し鬼の注意をシャロンから反らせようとした。鬼は軽々ビームを避け太一に注目する。

「次は貴様が相手をするか!」

 太一は舌打ちした。鬼は必要以上に自分に興味を持ってしまったようだ。これではランスをシャロンに届けることが困難になる。

「あんたが戦えばいいのよ!」

チャムは太一を見透かしたように叫んだ。その声をきっかけに太一は奮い立った。

「やってやる…!」

 太一はランスを鬼に向ける。そしてがむしゃらに突撃した。しかし鬼はそれを真正面から受け止めた。太一はビームを出そうとした時、鬼は飛んで避け距離を開けた。

「ビームを二回も…、まぐれじゃねぇみたいだな。面白い」

 鬼はニヤリと笑う。太一はビームを出すことがそんなにも珍しいことか分からなかった。いや、そんなことを考える余裕が無いのだ。鬼がジグザグに動きながら近づいてくる。その速さに翻弄され太一は狙いを定めることが出来ない。

「こうなりゃ!」

 太一はランスの矛先にエネルギーを集中させ、ランスを空に放り投げた。

「なんだと!?」

 鬼は思わず足を止めてしまう。その隙に太一はジャンプしランスをキャッチし鬼に突撃し、ランスが鬼の胸を貫いた。引き抜くと血が吹き出し、地面を赤く染める。幸い太一にはさほどかからず、鬼は地面へ倒れた。太一は緊張の糸が切れたのか地面に座りこんだ。チャムとシャロンが駆け寄ってくる。

「シャロンさん、ケガはもういいんですか?」

「ああ、チャムのおかけでな」

「チャムの?」

 太一は目線をチャムに送ると、チャムはウインクで返した。

「気になるなら後でチャムに聞け。まだまだここは危険だ」

 シャロンはランスを拾い上げて言った。太一が座りこむ時に落としたらしい。

「しかしあそこまでランスを使いこなすとはな、君がヴァルキリーならと思うよ

「だったら俺が…」

 シャロンは太一の口を塞いだ。

「君は守る対象だ。頼む、逃げてくれ」

 そう言い残しシャロンは飛び去った。シャロンの誇りや信念が分からない太一ではない。名残惜しそうに口を開く。

「分かりました。ご無事で」

 太一は走り出した。自分はどうしようか戸惑っているチャムにシャロンは指で背中を押した。

「ついてやってくれ…」

 チャムはコクンと頷くと太一のところに飛んで行った。

 シャロンは見えなくなるまで二人を見つめた。そして煙の登る天国宮殿の方を向く。フェアリー族の能力は相手との相性で大きく変わる。先程の戦いを見て太一とチャムの相性はかなりいいと思った。自分が手こずった相手を簡単に倒してしまったのだから。太一の協力を得ればあるいは…

「最早考えまい」

 太一は守るべき死者の一人。そう思い送り出したではないか。シャロンは自分に言いきかせ、戦場へ飛びたった。



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