最終話・それぞれの道
エンマの身体は燃え尽きた。ただ灰だけが残り、それも風に流され天国のどこかへ消えてしまった。
鳳凰の羽根が消え、ヤミ達は牢から解放される。
だが彼女らの目は二人の事態の終結の立役者に向けられたままだった。
「結局何がしたかったんだろうな…」
メタボの問いに、太一は答えなかった。
エンマとヤマ。いや、もしかしたらヤミも加わるかもしれない。ともかく彼らに何があったかは、彼らにしか分からないのだ。
「兄弟喧嘩をするのは、本人同士だけでいい。けど、それが出来なかったから、地獄と天国で戦争を起こした…?」
だとしたら、この戦争はあまりにも幼稚で、下らないものだった。尚更エンマは許しておけるものじゃない。
ガラガラ…。
瓦礫の山が崩れる音がした。メタボと太一が音がした方を見ると、ヤマが起き上がっていた。
「すまん、わしらのせいで、下らないことに巻き込ませてしまった…」
ヤマは深々と頭を下げる。この戦争がエンマとヤマの不仲で起こったのなら、彼は戦争を起こした張本人と考えられなくもない。だがメタボと太一はヤマに対して怒りは感じなかった。何も言わず、一礼だけして返した。
あれこれ考えても、この戦争をどう受け止めるべきか答えは出なかったため、反応出来なかったからかもしれない。
分かりあえないまま別れたエンマとヤマ。多くの仲間を失った地獄組、ヴァルキリー隊。戦争終結のため払った犠牲はあまりにも高い。
だがひとまず戦いは終わったのだ。
メタボ達は勝利の余韻に浸る仲間達を起こしに駆ける。
そして天国宮殿の戦いから一週間が過ぎた。
天国宮殿は建て直され、今はヤミが指揮を執っている。ヤマはエンマを失った埋め合わせのため、地獄の長として君臨したのだ。
天国はエンマや増長天が破壊した建築物などを復興していけばいいが、地獄はそうはいかない。
看守である鬼を多く失ったため、亡者を見張る数が足りないのだ。
幸い地獄での戦いの舞台が亡者の牢獄になったことはない。長期刑を中止すれば、ギロチン処刑場や、広目天の宮殿なども復興していくだろう。
それまでの間亡者を見張るのは、多聞天の部隊など戦争にあまり関わらなかった鬼達である。
だがヤマは、彼ら以外の人材も起用していた。
「地獄が大変だって時に、脱走とか下らねえこと考えんじゃねえぞ!」
牢獄に響き渡る声。その声は亡者達を震え上がらせる。
エンマを倒した最強の亡者…、メタボ。そう、今地獄の看守を引き受けているのは地獄組なのだ。
「ち、なんて俺がこんなことを…」
「そう愚痴るなって。おかげで俺達刑を受けずに済んでるんだから」
「そうだけどよ…、お嬢も面倒なこと考えてくれたぜ」
メタボの言う通り、牢獄の見回りを提案したのはお嬢だ。エンマ討伐にあまり貢献出来なかったため、ヤマ指導のもと、正しい地獄に戻す手伝いをしたいらしい。おかげでメタボ達はエンマ戦から三日で地獄中をパトロールに回っている。
「でもお嬢のが大変だろ? パトロール隊には鬼だっているんだ。そいつらに言うこと聞かせていかなきゃならないんだし」
「大変? まあ大変っちゃだな」
メタボが口を濁したことには訳がある。ヤッシーは苦笑してお嬢の苦労を思った。
「うぇっくしょんっ!」
お嬢は盛大にくしゃみをした。すると周りの鬼達がこぞって心配し始める。
「風邪ですかいお嬢?」
「拗らせちゃ大変だ。すぐ宮殿へ戻ってくだせぇ」
「あ、こちらにちり紙がごぜえます」
鬼達の対応にさすがのお嬢も苦笑した。取り敢えずちり紙を受け取り小さく鼻をかむ。そしてキリっと真面目な顔を鬼達に向ける。
「うちは死人や。風邪ひくわけないやろ。それに自分で仕事せな落ち着かへんわ」
「お嬢…」
鬼達は感動して涙ぐむ者さえいた。
「すいやせん、お嬢っ!」
「俺達が間違ってましたっ!」
「一緒に見回りしやしょうっ!」
鬼達はさらにやる気を出し、足取り軽く進んでいく。お嬢はパトロール隊が結成してから数日しか経っていないが、完璧に鬼達の心を掴んでいた。
戦争に参加していなかったやる気のない鬼達に一喝して、彼らはお嬢に心打たれた。よってお嬢は鬼達のアイドルのような存在になってしまったのだ。お嬢本人は苦笑しているが、まんざらでもない。
「亜依奈もええ奴ら紹介してくれたもんや…」
お嬢の申し出を許可したのがヤマなら、実際に働きかけてくれたのは亜依奈だった。彼女部隊編成や巡回コースなどをまとめたのだ。何故元々ヤマの側近である亜依奈が地獄にいるかというと、地獄復興には人手がいると、ヤミが彼女を遣わしたからだ。
おかげで今亜依奈は、ヤマの側近として地獄復興に向けて努力する日々を送っている。
一方天国の浄瑠璃国。ここは増長天との戦いの舞台となり、被害が特に酷かった。復興作業が急ピッチで行われているが、今は休憩時間である。
「太一くん、飲み物いかがですか?」
「ありがとう、サレナさん」
太一はサレナから水の入ったコップを受けとると、一気に飲み干した。
「そんなに喉渇いてたの~?」
「うるさいなチャム。たくさん働いたんだから仕方ないだろ」
なっさけな~い、チャムはそう言って太一の頭上を飛び回る。
「でも良かったんですか? お母様の近くに居なくて…。」
太一の母というのは、ヤミのことである。ヤミはエンマとの戦いの後、メタボにも自分が母親だと明かした。メタボはエンマ戦の時に気付いていたため、あっさりその事を受け入れた。
それでもメタボは、地獄へ行ったのだ。
「弟が地獄で頑張ってるのに、僕だけ母さんと一緒ってわけにはいかないよ」
太一はそう言ってサレナにコップを返した。
「天国の復興が終わって、地獄の復興も終わったら母さんに会おうと思う。雅人と一緒に。だから…」
太一はサレナの真正面に向き直った。
「天国の復興が終わったら、地獄の復興を手伝おうと思う。…ついてきてくれますか?」
「太一くん…」
サレナは頬を紅潮させ、ゆっくりコクりと頷いた。
「ありがとう…」
どちらからともなく、二人は抱き合った。
「あの~、私が上にいること忘れてない?」
「「っ!?」」
太一とサレナは慌てて離れた。二人は胸の高鳴りが収まらず、互いを見れないでいた。
「全くも~、エレン隊長に言い付けちゃおっかな~?」
「なっ!? チャム、それだけは止めてくれっ!」
エレンに「太一とサレナが抱き合っていた」など言えば、間違いなく仕事を放り出してからかいに来る。エレンはそういう性格なのだ。
天国復興はヴァルキリー隊が行っている。エレンはその総指揮を務めているのだ。それゆえ太一達は数日エレンに会えていない。
だが面白いこと、特に太一とサレナ絡みのことなら文字通り飛んでくるだろう。
「ったく…。もう休憩は終わりだ。作業に戻る」
太一は立ち上がり作業場へと歩みを進めていく。
「あ、待ってよ~」
チャムは急いで太一を追いかけていった。
地獄、天国共にとてつもないダメージを負ったが、メタボやお嬢、太一のような人間がいれば、本来の姿を取り戻していくだろう。