表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の世  作者: ハスキー
40/41

第四十話・兄弟

メタボとお嬢はエンマに向かって駆け出す。だがエンマの出す炎が、これ以上近付くことを許さない。

「君たちの相手は兄さんの後にして上げるよ。面白そうだからね」

 鳳凰と麒麟が帰ったため、エンマはそれらの力の恩恵はない。それでもヤマはエンマにとって倒せる相手だと言うのだ。

「舐めた真似を…。お前らっ! 心配せんでも、わしがエンマを倒す!」

 ヤマはそう言うが、メタボとお嬢はこの手で、地獄組の手でエンマを倒したいという気持ちが強い。

二人は意地でも炎の壁を越える必要があった。

「わしは炎を制する存在…、貴様が炎の化身というなら、わしは貴様をも制してみせるっ!」

「僕は兄さんのキャパシティを超えてるよ。思い通りに出来るなんて考えない方がいい」

 ヤマの拳を、エンマは飄々と避ける。

「それに、兄さんは炎を操るしか能がないんでしょ? それじゃ僕には勝てないよ」

「く…」

 確かに炎の化身であるエンマに、炎を纏った拳ではダメージが少ない。エンマもろとも焼き尽くすほどの絶対的な炎が必要だ。

 しかしこの世界にそんな炎は存在しない。いかに天国の長といえど、そんな炎は作り出せないのだ。

「ま、兄さんに対しても生半可な炎は通用しないけどね」

 ヤマは炎を制する存在。故に大抵の炎の攻撃は打ち消しコントロールすることが出来る。だからエンマはヤマに対して攻撃することはなかった。

 だがこれはエンマがヤマを倒せないことを意味しない。骨が折れるが倒せない相手ではないのだ。

「全てを焼き尽くすほどの炎を見せて上げるよ」

 エンマ自身が発火し、炎のオーラを形成する。それが大きくなり、巨大な火柱となった。

「さようならだ、兄さんっ!!」

 これだけ強大な炎を見せつけられても、ヤマは引き下がるわけにはいかなかった。夜を制し炎を操る存在である“夜麻”。この名にかけて、エンマの火を制する。

「エンマぁっ!!!」

 ヤマの咆哮が、炎の壁を吹き飛ばす。それでもエンマの纏う火は消えない。

 ならばエンマの炎に真っ向から立ち向かうのみ。

 ヤマの炎が大きく膨れ上がる。


 そして二つの炎がぶつかりあう。

 大きな爆発が起きた。

 この爆発は容赦なく天国宮殿を瓦礫に変えた。

 メタボが、お嬢が、太一が、エレンが、若頭が、ヤッシーが、サレナが瓦礫の中に埋もれていく。


 粉塵が晴れ、瓦礫の山と化した天国宮殿の跡が見えた。

 ヤミとチャムと亜依奈は、皮肉にも鳳凰が残した牢のおかげで瓦礫から逃れていた。三人が見たのは絶望的な景色だった。

 立っているのは一人。

 エンマだった。


「あははっ! 勝ったっ! 鳳凰や麒麟の力なんかなくったって僕は兄さんに勝てたんだ! あはは、あはははははっ!!」

 エンマの笑いが谺する。

 それをかき消すように、立ち上がる二つの影があった。

 その正体は、メタボとお嬢。

 エンマは笑うのを止め、二人を見た。

「面白いね、君たち…」

 メタボとお嬢は粉を払い、エンマを見る。

「あのおっさんぶっ倒されちまったか」

「けど好都合や…。この手でエンマを倒せるんやからなっ!」

 メタボとお嬢はエンマに突っ込んだ。

 お嬢はエンマの首目掛けて刃を向ける。エンマの首は繋がったままである。

 炎を纏った手で刀を受け止めたのだ。

「僕を殺すには、火を殺す必要がある。君にそんな真似が出来るかい? 鬼退治のお嬢さん」

「こいつ…」

「敵がお嬢だけて思うなっ!」

 エンマの背後から、メタボの金棒が狙いをつける。だがフッとエンマは姿を消し、メタボはお嬢を殴りそうになった。

「危ねっ…!」

 相手は炎の化身“焔麻”。生半可な攻撃は通用しない。そもそも刺殺出来る相手かどうかすら分からない。それでも二人は武器を振るうのを止めない。

「君は確か鬼の子…、ヤミの子だったね」

「なっ…」

 メタボはヤミから話を聞いていない。当然太一と自分がヤミの子であり、半分鬼の血が流れていることなど、知る由もなかった。

 だがメタボに取って自分が何者であるかなど、些末なことだった。

「なるほどな、だから俺は変に強いのか。ありがたい話だぜ。おかげでてめえをぶっ倒せるんだからよぉっ!」

 メタボは金棒を突き刺す姿勢でエンマに突進する。だがエンマはそれを受け止めてみせた。

「君といい、その兄貴といい、ヤミの子にしては好戦的だね」

「母親の顔はちょっとしか見てねえっ! てめえ倒して挨拶くらいしねぇとなっ!」

 メタボはさらに力を込める。だがエンマはビクともしない。二人の力が拮抗し動かない隙をついて、お嬢はエンマに飛びかかった。

「甘いねっ!」

 エンマは片手でメタボの金棒を抑え、空いた手でお嬢の刀を取った。

「二人は普通の人間じゃない…、でもそれだけだね。それじゃ僕には勝てないよ」

 メタボとお嬢は一旦距離を取った。

「俺達がそれだけの存在か…」

「よう見てから言いやっ!」

 メタボとお嬢はとにかく攻めることにした。エンマはヤマを倒すため強大なエネルギーを使ったのだ。攻めていけば、隙が生まれると考えたのだ。

「…つまらないな。そうだ、天国ごと燃やし尽くしてしまおう」

 エンマは突いてきたお嬢の刀を避け、彼女の後頭部を蹴り飛ばした。お嬢は瓦礫の山へ埋もれていく。

「てめえっ!」

 メタボは横薙ぎに金棒を構えエンマに向ける。エンマは屈んで金棒を避け、ビュッと空を切る音がなった。

「大振りだねっ!」

 エンマは立ち上がる勢いを利用して、メタボにタックルした。

「がっ!」

 メタボは瓦礫の山に飛ばされ埋もれてしまった。

「天国の全部が灰になる…、ワクワクするね…」

 エンマはまた強大な炎を纏い火柱を形成する。

「どうしてだよ…。てめえは天国を支配したいんじゃなかったのか!?」

 メタボは瓦礫の山から這い出て、叫んでいた。持国天も、多聞天も、エンマが天国を支配することを、天国を地獄にすることを望んでいた。

「そのためにこの地を灰にする必要があるのさ! この世界を、兄さんでなく僕の世界にするために!」

 いや違う。多聞天は言っていた。天使を見返したいと。そしてヤマを見返したいと…。

「てめえ…、兄貴が嫌いなんだろ?」

「そうさ! 目の上のたんこぶ…、うっとおしくて仕方なかったよ! 君だって分かるだろう? 兄を持つ君なら!」

「そうだな…」

 メタボは金棒を杖代わりに立ち上がった。チラと瓦礫の山を見る。だが直ぐにエンマを睨み付けた。

「確かにうざってえし、ムカつくし、インテリぶった嫌な奴だ。けどよ、ぶっ倒して、兄貴の物ぶっ壊して満足しようなんざ、思ったことねえよ」

「何…?」

 エンマは奇異の目でメタボを見る。

「俺はそこまで兄貴のこと嫌いじゃねえからな。てめえだってそうだろ?」

「黙れ…」

「そこまで兄貴に執着するくらいだ。本当は相手してほしくて仕方がなかったんじゃねえのか?」

「黙れよ!」

 エンマはメタボに向かって火球を放つ。しかしそれはメタボでなくチャクラムを燃やした。

「いつ僕がインテリぶったんだよ」

 チャクラムを投げた主、太一がメタボに微笑みかける。目を覚ましメタボの窮地を救ったのだ。

「雰囲気がインテリぶってんだよ」

 メタボも太一に微笑み返した。

 エンマには兄弟が和気藹々としていることが理解できなかった。

 エンマにとってそれは幻想でしかないのだから。

「なら兄弟仲良く消してあげるよ!」

 エンマの炎が太一とメタボに襲いかかる。

「へ、俺達がただの兄弟だなんて思わねえことだなっ!」

 メタボは飛び上がり、太一は迂回して炎を避ける。そして目指す先は一つ。

「くたばれエンマっ!」

 金棒を構え落ちてくるメタボ。エンマは炎で迎撃しようとするが、それは憚られた。

 チャクラムがエンマに迫ったからである。それに気をとられ炎を出すタイミングが遅れた。そして初めてエンマに攻撃が当たる。

「ぐぼっ!」

 横薙ぎに出された金棒がエンマの頬を捉えた。倒れることなく踏み止まったが、それはニ撃目を作る隙を与えた。

「ぐばっ…」

 突き出された金棒はエンマの身体を貫いた。

「なぜだ…、僕は焔の化身であるはずなのに…」

 エンマは瓦礫が崩れ砕ける音を伴い倒れた。

「てめえだって人間だったってことだろ? 焔の化身とか、地獄のてっぺんとか以前によ」

「僕が人間…?」

「兄貴に嫉妬して無茶苦茶やって、んでスッキリして…。そういうのをやるのは人間なんだよ」

 メタボの側までやってきた太一が続きを引き受けた。

「それを止めるのは人間だから、僕達が止めた。それだけだよ」

 エンマが人間であるはずがない。だが彼の心は間違いなく人間だった。

「…ちっ」

 エンマは両手を上げ、炎を生んだ。

「こいつまだ…!」

 メタボと太一が身構える。だがエンマが生んだ炎は、どういうわけかエンマを包み、彼の身体を燃やし始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ