第四話・戦闘開始
お嬢はメタボとヤッシーの成功と無事を祈り、亡者の列の歩みを進めていた。 鬼は最後にさっさと来いと檄を飛ばしながらどこかの地獄に向かって進む。
「持国天様に目をつけられるなんざ、気の毒なやつらだ・・・」
お嬢は鬼の微かな呟きを聞き逃さなかった。その中で持国天という言葉がひっかかった。天を冠する名を持つ鬼はかなり上位な鬼と噂される。お嬢は地獄に歯向かおうとしているのが露呈しているのではないかと冷や汗をかいた。暫く進むと黒縄地獄にあるギロチン処刑広場に到着した。広場というより荒野と言った方がしっくりくる場所で、ポツポツと断頭台が置かれているだけである。
「今回はギロチンで無限に斬られるってかい?」
地獄組組員の一人が聞いた。
「それは、直接持国天様に聞け」
鬼がそう言うと地面がひび割れ、強烈な爆音がなり砂煙が舞い上がる。地獄組の面々は無意識に顔を隠し砂が目に侵入するのを防いだ。微かに開いた目の先に居たのは、大蛇の頭の影である。しかもそれが八つあった。砂煙が晴れていき、巨体のシルエットが露になった。有名なヤマタノオロチである。その上に何者かが数人乗っていた。その者たちは高く飛び上がり地獄組の目の前に次々と着地した。
「引率ご苦労だったな」
「いえ、この程度なんでもございません」
地獄組の面々を連れてきた鬼は片膝をついて頭を下げた。よい、と言われ頭を上げると鬼はあることに気付く。
「おや、鍾馗様が居られないようですが」
「ああ、あいつは来る途中強者に出会ったんでな。相手をさせている。さて…」
先ほどから偉そうに話す鬼が地獄組の方を向いた。
「四天王が一人持国天だ。貴様ら何やら亜依奈と企ててるらしいな」
「亜依奈? 一体誰のことや?」
地獄組の面々は首を傾げる。当然である。亜依奈は密かに地獄組を支援していたのだから。
「亜依奈が勝手にやっていたことか。だが、地獄に反旗を翻そうとしていたことには変わりあるまい?」
お嬢はメタボたちが抜けていることもあり、まだまだ時期尚早だと考えた。
「そんなことあらへんよ。その亜依奈っちゅうんがそう仕向けただけやろ」
持国天は金棒を前に出し語り始めた。
「お前ら囚人は死ぬことはない。そりゃそうだ、もう死んでんだから。しかし存在を消すことが出来る。どういうことか解るか? 魂を消すってことだ」
お嬢たちは自分たちの得物に手をかける。それを知ってか知らずか、持国天はまだ話し続ける。
「この金棒は特別でな。魂を潰すことが出来る。ここまで話しゃもう解るだろ?」
お嬢の目の前に組員が守るように一歩、二歩と出る。
「うちが言うたこと、信じてもらえんようやな」
「そう言うことだ。だいたい、武器盗んどいて気付かれねぇと思うか?」
「それもそうやな!」
お嬢が刀を抜き出すと、組員は持国天に突撃した。しかし持国天は金棒一振りで払い除ける。その衝撃で組員たちの身体は宙に浮き、落下し背中等を打ち付けた。
そして組員たちの身体に奇妙なことが起きた。そして組員たちの身体に奇妙なことが起きた。打ち付けた背中等の痛みはいつも通り引いていったが、持国天から受けた衝撃の痛みは引かないのだ。
「ぐ…、久々の感覚じゃい…」
組員たちは立ち上がりドスを構え直す。持国天は余裕綽々といった感じに肩に金棒を乗せている。その余裕は持国天にあることを吐かせた。
「お前らが存在を消されずにいられる唯一の方法を教えてやろう。俺たち地獄の住人はこの世界の生き物だから死ぬ。死んだら肉体を持たない魂にされるんだ。つまり唯一の方法ってやつはお前らが俺を殺すってことだな」
持国天は肩に乗せた金棒を構え直す。
「出来るかどうかは別だがな」
先ほどの一振りを見て持国天の脅威的な強さが分からない地獄組ではない。故にこの状況は絶望的だった。持国天の他にもヤマタノオロチや、大剣を構えた鬼、普通の鬼も数人はいる。お嬢は覚悟を決め、刀を構え踏み込もうとした時、忍者はお嬢を抱えその場を去っていった。これは地獄組の総意である。頭のためなら魂をもかけられる。それが地獄組の極道、極みの道なのだ。
「ちい、お前! ヤマタノオロチを貸すから逃げたの追え!」
持国天は地獄組をここまで連れてきた鬼にそう命令する。その鬼はヤマタノオロチに飛び乗り、地面に潜っていった。
「ち、忍者を信用するしかないのう。若頭もおらんことじゃし、お前ら歯ぁくいしばれぇ!」
組員はドスを構えまたも突っ込んでいった。持国天はバカの一つ覚えのように突っ込んでくる組員に呆れながらまた金棒を一振り。悲鳴と共に組員たちのダメージは蓄積されていく。
「く…、若頭もおらんし、どうすりゃええんじゃ!」
お嬢を抱えた忍者は俊足を誇り、持国天らから逃げた場所からぐんぐん離れていっていた。
「…ここまでくれば」
忍者はお嬢をおろす。組員は自分が守らねばと考えるお嬢は当然忍者の行動に怒りを覚えた。
「どういうつもりじゃ!」
忍者は目線を反らし黙ったままだった。この男は普段から相当無口であるから、いつものお嬢なら堪えられた。だが、怒りに身を委ねるお嬢は思わず忍者をぶった。忍者は避けようともせず、無抵抗にぶたれた。ぶたれて動いた頭を直ぐ元に戻しゆっくり口を開く。
「…地獄組はお嬢がいなくなったら終いだ。大将を守るのは当然」
「お前の戦法なんか聞いてへん! うちにはこの戦いに皆を巻き込んだ責任がある! こんなとこで油売ってええわけない!」
忍者はまた黙りこくった。お嬢は今度はぶとうとはせず泣き崩れる。忍者にはお嬢を放っておくことしか出来ない。
だが、ある気配に気付き放っておくわけにもいかなくなった。
「…どうやら追っ手が来たらしい」
お嬢は泣いて真っ赤になった目を忍者に向けた。
「…来る」
地面が割れ、砂煙が巻き起こる。ヤマタノオロチの登場である。
ギロチン処刑広場から少し離れた荒野に長髪黒髪の男と、大きな剣と長いどじょう髭が印象的な鬼が立っていた。
「そんな小刀でここまで戦うとは、やりますね」
卑しい敬語で話すのは鬼の方で、名を鍾馗という。
「大剣を器用に用い私の小刀を避ける貴様もたいしたものだ」
そしてこのお方が地獄組若頭の柏木誠である。実力は地獄組内でトップクラスであり、抜刀術を得意としている。お嬢の次に皆から信頼されている地獄組になくてはならない存在だ。
若頭は亡者の列を出て偵察に行き偶然持国天一行に出会ってしまった。一行の恐ろしい力を目の当たりにした若頭は一刻も早く地獄組に戻らねばならない。だがそのプレッシャーからか抜刀での一撃離脱を得意とするはずが、長期戦になってしまっていた。
こうして、地獄組と鬼たちの戦いが表面化した。