第三十五話・再会
清姫伝説という昔話がある。それはある僧に恋い焦がれた少女の物語だ。彼女の家はいわゆる庄屋であり、顔立ちのよい僧が宿を求めて立ち寄ってきた。この時清姫はこの僧に一目惚れし、僧は自分が仏に仕える身であることを理由に彼女の好意を断り続けた。
僧は彼女の家から逃げ出し、そのことで彼女は怒り彼を追った。僧は道成寺の鐘の中に身を隠すが、清姫は怒りに燃える情念から蛇の妖怪と化し、口から火を吐き僧を鐘ごと焼いてしまった。
細部に違いはあるかもしれないが、これが清姫伝説のあらすじだ。
今太一の眼前にいるのがこの清姫とは限らないが、同等の力を持っているだろう。太一は大学で民族学を専攻していたので、たまたまこの伝説を知っていた。
髪が伸びる能力や精気吸収能力など他の妖怪の能力が備わっているが、清姫という名前といい、しつこさといい、伝説と合致する部分はある。
「さあて、どうぶち殺してあげようかしら」
清姫の瞳が妖しく光る。もちろん実際に光ったわけじゃないが、そんな鋭さを持っていた。
「悪いけど抵抗はさせてもらうよ!」
太一は片方のチャクラムを投げ距離を詰め始めた。この武器ならではの常套手段といえる。しかしいくら増長天を倒した太一といっても、相性の悪さがあった。
「バカね」
清姫の髪がチャクラムを叩き落とす。
「くっ!」
事前にかけてもらったソルジャーソングで身体能力は大幅に上がっている。よって清姫から伸びる髪を器用な避け、片方のチャクラムを太一は回収した。
「これで貴方の武器が通用しないって分かったかしら?」
清姫の言う通り、状況は最悪だった。後々のことを考えると、チャムに歌わせるわけにはいかない。切り札を使えるのはあと三回。出来ればチャムの力を借りず清姫を倒したい。
「くそっ!」
太一は走り出した。清姫はすかさず髪を四方八方に伸ばし太一を襲う。それを太一は全てチャクラムで斬っていく。
「なっ、ちょっとあり得ないでしょ!」
清姫が驚愕するのは無理はない。ほぼ全方位のオールレンジ攻撃を、太一は僅かなタイムラグを見定め、斬っていったのだ。ソルジャーソングの恩恵か、はたまた太一自身の能力が上がったのか、定かではない。
「調子に乗らない!」
「っ!?」
清姫は火を吐き、太一はバックステップで一気に距離をあけ、炎を避けた。今まで伝説の特徴を出していなかったが、やはり清姫伝説の妖怪と類するものなのだろう。
残念ながらこの伝説に清姫撃退法は載っていない。太一は伝説以上のことをやることを求められた。
迫りくる力を奪う髪の毛、それをくぐり抜けても紅蓮の炎が待っている。
こちらの武器はチャクラムのみ。首を落とすのが手っ取り早いが、それを出来れば苦労はない。いかにしてチャクラムを清姫の首まで届けるかが勝利の条件となる。
いや、太一は一つ大き過ぎるカードに隠れた存在を忘れていた。彼は自分の最高のパートナーに目配せする。
「さあて、これで分かったでしょう。いくら貴方が飛び抜けた身体能力を持っていたとしても、無駄だってことが」
清姫は余裕の表情で太一を見下す。彼を挑発するように、髪の毛がぐねぐねと動く。しかし太一はそんなもので惑わされはしない。
「ははは…、確かに近づくことも、遠くからこいつを当てることも叶いはしない。それでも、僕は諦めない!」
太一は清姫を回り込むように駆け出した。火炎の範囲外から切り刻むのだろうと清姫は考えた。
「甘いのよ!」
清姫は髪の毛を向かわせる。火炎に範囲の制限はあっても、髪に制限はないのだ。
「ふんっ!」
太一はチャクラムを投げ髪の毛を落とす。だがそれは太一の手元に帰ってこない。
「残念だったわね! もっと武器は大切にしなきゃね!」
少し髪の毛を斬り落としたといっても、清姫の攻撃は緩まない。むしろチャクラムが一つになったことを良いことに、一気に仕止めてしまおうという腹積もりだろう。
ソルジャーソングの恩恵があるといっても、チャクラム一つという状況では厳しい。奮闘虚しく太一は髪に捕まってしまった。
「所詮坊やの浅知恵だったみたいねえ…。このままじわじわ体力を奪っていくか、炎で焼き殺されたいかどっちがいい?」
「忘れたのか? 僕は死人なんだぞ。焼き殺されるわけないじゃないか」
そう、当然だが死人は死んでいる。よって死ぬわけがない。故に清姫の勝利条件は魂を消すことである。
「あら、そうだったわね…。なら、久々に私の髪にご馳走しようかしら。魂を食べるなんてホント久々だわ」
「なっ!?」
確かに対死人用の武器を清姫が持っていないのは、よくよく考えれば不自然なことだった。しかし最初からそこに疑問を持っていたとしても、太一は清姫の髪の特性に気がつかなかっただろう。
太一の精力が奪われていく。
「う…、けど大変なことを忘れているよ」
「何ですって?」
それが清姫最後の言葉となった。彼女の首が、冷たい石造りの床に落ちた。太一を捕らえていた髪がほどかれる。
清姫の傷痕には刃物で斬った鋭い切り口がある。その傷をつけたのはチャムだ。
太一は自棄を起こして一つのチャクラムを投げたわけではない。チャムを信頼してこその行動なのだ。彼女はチャクラムの輪の中に入り、猛スピードで刃を清姫首筋にかっ斬らせた。
(本当はチャクラムで助けてもらって、隙をついて倒すつもりだったけど、倒せたならそれに越したことないか)
「チャム、よくやった」
「あはは…、ちょっと怖かったかも。それよりヤッシー達に追いつかなきゃ」
「そうだな、急ごう」
清姫の亡骸と髪が乱れる部屋を後にし、太一とチャムはヤッシーと亜依奈を追った。
「亜依奈さん、開けるぜ…」
「ああ、早いとこやっとくれ」
他の部屋の扉より重く、ギイ、と嫌な音を立ててそれは開かれた。二人の目線の先には鉄格子の向こうにいるヤミに集中した。
「遅くなって申し訳ありません。亜依奈、ただ今戻って参りました」
「ああ、亜依奈…」
主と部下が再会した瞬間だった。しかし懐かしんでいる場合ではない。こうしている間にも皆は戦っているのだ。
「ヤミさん、でしたね。今開けます」
遠慮がちにヤッシーは鉄格子に近づき鍵を開けた。
「ありがとう。あの、出来れば…」
「分かってます。もう一人でしょ?」
「ええ、頼みます」
ヤマはヤミの隣の部屋に囚われていた。
「ヤミ! 亜依奈か、よくやってくれた!」
部屋の奥で繋がれているヤマが叫ぶ。筋骨隆々の巨漢だが、今は衰弱し叫び声も掠れていた。
「ヤマ様! 今助けます! ヤッシー殿、お願いします!」
「分かりました」
ヤッシーは鉄格子にかかる鍵を開け、扉を開いた。しかしまだヤマの手足を縛る拘束具を外さねばならない。
「待って下さい、今外します!」
「すまん…」
ヤッシーは急いで拘束具を外しにかかる。彼曰く手錠と似たような構造だったので、彼が持つ一番細い針金で開けることが出来た。
「これで最後だ」
「ありがとう、助かったわい」
久々に解放された手足を振り、ヤマは身体をならした。
「ああ、ヤマ様…」
ヤミはヤマの胸に飛び込んだ。彼は優しく彼女を抱きしめる。
「皆さん、こんなところにいたんですか」
そう言って部屋に入ってきたのは太一とチャムだった。
新たな来客の方へ向きなおるため、二人の抱擁は終わった。そして、太一を見たヤミは驚愕した。
「まさか、あなたは…」
太一を初め、亜依奈までもが首を傾げるが、ヤマは気まずそうに目を背けた。