第三十四話・潜入
太一、チャム、ヤッシー、亜依奈の四人は玄武の力により天国宮殿の一室にいた。亜依奈はヤミの側近なので土地勘に明るい。しかしいきなり鉄格子の前に出ることはなかった。
立派な洋館の通路で、小部屋が沢山並んでいた。
「どうして牢の前に出ないんだ?」
「天国宮殿に牢屋なんてないさ。それに転移した瞬間串刺しにされたくないだろ?」
「玄武があるのを知っているなら当然手は打ってあるってことですよね」
ようは天国奪還時と同じ理由である。太一もこれを経験していなければ同じ疑問を抱いただろう。
「ですけど、あまり距離があると…」
「ああ、分かってるよ。ソルジャーソングには時間制限があるんだろ? 大丈夫、そんなに距離はないさ」
亜依奈は不安を払拭するように笑った。彼女はもう仮面を付けていない。それはヤミの側近だったことを話したことで自分を偽る必要がなくなったという、彼女なりの表れだった。
「サレナに言っちゃおっかな~」
「な、何を!?」
「見とれちゃってたじゃん?」
「な、バカ!」
太一は自分の顔を触る。顔が赤くなっていないか、体温の上昇で判断しようとしたのだ。
「どうかしたのかい?」
「何でもありません! 早く行きましょう」
太一は歩く速さを上げ先に進む。亜依奈は小首を傾げ、ヤッシーはメンバーが入れ替わるだけでこうも雰囲気が変わるものかと、感慨深げに見つめていた。
(地獄組じゃ絶対こんな甘酸っぱいイベントないからなぁ)
「いいかい、この通路の向こうの区画から、鍵の付いた個室が並んでる。牢屋代わりに使うなら、たぶんそこだ」
「たぶんってことは何処に幽閉されてるか分からないのか?」
「そうだよ。期待してるよ、ヤッシー」
にこやかに肩に手をおく亜依奈とは裏腹に、ヤッシーは脱力していた。今歩いている区画だけでも、部屋は一定間隔でずっとある。鍵のある部屋の区画も同じ作りだとしたら、ヤッシーの作業量は大変な数になる。だが泣き言は言ってはいられない。
「俺が陽の目を見る珍しい機会だ。頑張らしてもらいますよ」
「その意気だよ」
暫く道なりに進んでいくと、区画を区切る大きな扉の前に出た。
「ここから先が鍵付き部屋だよ。太一、チャム、ヤッシーの邪魔させんじゃないよ」
「分かってますよ」
「頑張ってね、ヤッシー」
「おう」
亜依奈が扉に手をかける。
「開けるよ。太一、武器を構えときな」
「はい…!」
太一の固唾を飲む音が聞こえる。扉を開けた瞬間、鬼の集団が待ち構えていてもおかしくない。
ギィ…
扉が開かれた。が、そこに鬼が待ち構えているわけではなく、静寂していた。
「バカな…、まさか本当に気付いてないなんてことは…」
「何にせよ、作業に取りかかるしかないか」
「そうだね…。私らで警戒する」
「頼むよ」
ヤッシーは手近な扉に近付き、ごそごそと針金を突っ込んだ。五秒と待たずに錠が外れる音が聞こえる。
「相変わらずいい手際だね」
「おかげで地獄に落ちたようなもんだけどな」
ドアノブを回しヤッシーはドスを構え警戒しながら部屋に入る。
「どうやら、誰もいないだな」
ベッドに引き出しにテーブルと、ただの個室のような作りだった。そこに生活感はなく、長らく使われていないようだった。
「な~んかさっきから拍子抜けだね」
「こら、チャム! ちゃんと警戒しなきゃ!」
だが確かにチャムの言う通り、あっさりと進み過ぎている。何処かの部屋に罠が仕掛けられているのは明白だろう。
「あまり時間かけてらんないし、次行くよ」
ヤッシーは次々とピッキングしていき、太一達はずっと周りを警戒し続けた。しかし一向にヤミとヤマが捕らえられている牢や、監守の一人も出会いはしなかった。
「亜依奈さん、場所間違えたなんてことは?」
「んー、私の知る限りじゃここくらいしか牢屋に使えそうな場所ないんだけどね」
「エンマが改築したとか?」
「いくら何でもそこまでやる時間なんか…」
太一や亜依奈が首を捻る中、ヤッシーは鍵の異変に気が付いた。
「…ここ、他と作りが違う」
「ホントかい?」
「ああ、待ってな。すぐに…」
ガチャっと鍵が開く音がした。ヤッシーはドスを構えゆっくり扉を開く。
そのはずだったが急に扉が強く開かれた。
「うわっ!」
ヤッシーが部屋の中に引き摺り込まれていく。亜依奈達も直ぐ部屋の中に入った。他の部屋と比べると大きく作られた部屋だった。その先に女の髪に絡まれ宙吊りにされているヤッシーがいた。
「ヤッシーっ!」
視線を下ろしヤッシーを捕らえている女を見る。清楚な着物姿に地面につくくらい長い髪の女だった。この異様な場面に出会わなければ、妖艶さに当てられ、綺麗だと思っていたかもしれない。
だがその妖艶さは危険な雰囲気を纏いこちらに牙を向いていた。
「行け! チャクラムっ!」
太一はチャクラムを投げヤッシーを女の髪ごと切り落とした。
「痛っ! ありがたいが、乱暴だな…」
ヤッシーは髪の毛を振り払い亜依奈達の方へ下がった。
「いきなり女の髪を切るなんて…、随分ぶしつけな人ね」
「襲ってきたのはそっちだろうがっ!」
ヤッシーは女にツッコムが足が震えていた。おまけに倦怠感のような感覚まである。
「う~ん、髪に巻かれる時間が短かったかしら。まだ立っていられるなんて」
「ち、この倦怠感…。お前の仕業かよ…」
ヤッシーの言葉の威勢はいいが、身体を蝕む倦怠感をどうすることもできず、声が弱くなる。
「この男がいなければ、ヤミとヤマを助けることが出来ないのでしょう?」
「けどこの部屋の先に捕まっているのが分かっただけでもいいさ。そうだろ、清姫?」
亜依奈は清姫と呼ばれたその女の後ろの扉を指差した。彼女は思わず表情を強張らす。
「貴方達、知ってて来たんじゃ…?」
「いや、しらみ潰し」
両者の空間を沈黙が包む。清姫は堪えきれなくなって、大笑いしだした。
「全く、いい道化だわ。でも、貴方達倒したら帳消しよね」
清姫の目付きが変わる。そして髪の毛が伸び始め、わらわらと動き出した。
「太一、チャム」
「分かってます。こういう時のための僕達ですからね」
太一はチャクラムを構え、清姫を睨み付ける。だが彼女は太一だけでなくこの場にいる全てを相手にするつもりだ。
「誰も通しはしないわ。ここで存在ごと消してあげる」
清姫の髪が亜依奈達を襲う。
しかし
ズバッ!
四方へと伸びた髪が全て切断された。太一がチャクラムを投げたのである。それが彼の手元に戻ってくる。
「あらあら…、こう何回も髪切られちゃ、女としては黙っておけないわね」
「じゃあどうする?」
「けど、あなたの思惑に乗る私じゃない!」
数十の束に分かれた髪がまた亜依奈や太一を襲う。これには亜依奈とヤッシーも武器を構えた。
「仕方ない、チャム!」
「はいは~い! 歌います。ソルジャー・ララバイ!」
髪が皆に絡まる寸前、チャムの歌が流れた。これによって髪は項垂れていき、清姫は片膝をつき脱力していった。
「ち、フェアリー族ねぇ…。でもこの痺れ具合…」
なぜか恍惚を浮かべながら清姫は倒れ込んだ。
「今のうちに!」
亜依奈が叫びヤッシーの手を引く。自分たちがいる反対側の扉へと駆け抜けた。
「そいつ始末したら直ぐ来るんだよ!」
「ええ! 直ぐ追い付きます!」
亜依奈とヤッシーは扉の奥へ消えていった。
「直ぐ追いかけなきゃならないのは私の方よ…。ソッコーでお仕置きして行かなきゃね…」
「嘘…、もう効果がなくなってる!?」
チャムが驚くのも無理はない。普通なら三時間は痺れているはずだが、清姫はものの数分で回復したのだから。
「さて、楽しい楽しいお仕置きタ―イムよ」
清姫は楽しそうに、しかし射るような眼差しを太一に向けた。