第三十三話・蘇った強敵
持国天は地獄組をほぼ壊滅状態に追い詰め、増長天は天国のほとんどを占領し、広目天は亜依奈を庇ったためとはいえ忍者を倒している。そんな強敵がお嬢、エレン、サレナの前に立ち塞がっていた。特にお嬢とエレンには因縁がある。お嬢は地獄組の仇を取るため、エレンは二度の雪辱を晴らすため。
「亜依奈がいないようですね…」
広目天はこの重大な場面で亜依奈がいないのを訝しんだ。
「この場にいねぇ奴なんざどーでもいいだろ。俺たちゃ目の前の敵潰すだけ何だからよぉ」
「増長天の言う通りだな。エンマ様のご命令通りにしていればいい」
「それもそうですね」
彼らは武器を構えそれぞれの敵を見据えた。増長天にとっては二度も勝った相手、広目天は明らかな格下。この二人は負ける気がしないのか余裕綽々といった表情だった。しかし持国天はお嬢を警戒していた。ヤマタノオロチを二人がかりとはいえ倒し、広目天をも倒した相手だ。それに何か神々しいものを感じる。だが持国天は懸念を振り払いお嬢へと駆ける。それを皮切りに広目天、増長天も襲いかかりにいった。
「来るで! 気ぃ抜くなや!」
「当然よん! 今度こそ…!」
「行きます!」
サレナは広目天の戟がリーチに届く前にジャベリンを投げ牽制した。足下の防ぎにくいところを狙ったつもりだったが、彼は器用にジャベリンを払った。だが足を止めることと、戟の矛先を変えることには成功し、一気に間合いを詰めジャベリンを右膝に突き刺す。
「ち、やってくれるじゃないですか!」
広目天は戟を振り回す。普通の槍なら峰打ちのような効果しかないが、戟の鋒は十字になっているので殺傷力がある。サレナは距離を取るしかなかった。広目天はジャベリンを引き抜き距離を詰める。
一振り、二振りと十字の槍がサレナを襲う。何とか避けてはいるが、どれもがギリギリでいくつかがサレナの頬を掠めた。そこから一筋の血が流れる。
サレナは何としてでも攻撃に転じたいと思い、振り上げて戟の切っ先が上を向いた瞬間を狙いジャベリンを突き刺そうとした。
「読めますね」
広目天はバックステップで距離を取るとジャベリンを避けた。ジャベリンは投げ槍なので普通の槍より小さく出来ている。少し距離を取るだけで簡単に避けられるのだ。そうは言っても、死角を突いて攻撃したはずだったのでサレナは納得が出来なかった。
「そいつには目が三つあるんや! 死角突こうなんか考えたあかん!」
お嬢が叫ぶとサレナは頷いてジャベリンを二本両手で持つ。死角を突けないなら手数を増やして攻めようと考えたのだ。
「それでもジャベリンは突くものでしょう」
「そうかしら?」
突きの一辺倒だったジャベリンの動きが変わる。広目天第三の目、千里眼はそれを見逃さなかったが、身体が付いてこれなかった。
「つっ!?」
ジャベリンが広目天の頬を掠め、同じような傷をつくる。
「棒術の心得もありましたか…。中々芸達者な方ですね」
「けっ! そんな雑魚に情けねえなぁ!」
増長天は不甲斐ない広目天を尻目に鎖付き金棒を振り回す。
「あら、私の大事な仲間を雑魚呼ばわりしないでくれないかしら!」
エレンは鎖の先に付いた金棒を避けるとランスからビームを出す。増長天は舌打ちをし回避行動に出た。
だが、
「そうは問屋が卸さないってね」
エレンは鎖を掴み増長天を引っ張った。
「ぐわっ!」
そしてビームが彼の左肩を貫いた。痛がる増長天を見てエレンは確信した。太一との戦いのあと、彼が痛みを知ったことを。
「ざけたマネしやがってぇ!!」
傷作られたことがよっぽど気に入らないのか、増長天は激昂し乱暴に金棒を振るう。
「ふん!」
ビームで金棒を撃ち落とし、一気に間合いを詰めランスを突き刺そうと突進する。
「させっかよぉっ!」
増長天は金棒の柄を放棄しランスを受け止めにかかった。
「ぐうっ!!」
ランスの鋒は増長天の胸寸前で止まり、彼を貫くことはなかった。
「足震えてるけど?」
「黙れよぉ…」
「貴方は太一君に負けて分かったんでしょ?」
「黙れぇ…」
「痛みを、負けた屈辱を…」
「黙れってんだよぉぉぉ!!!」
増長天は掴んだままだったランスをねじ曲げた。
「えっ!?」
エレンは思わずたじろぐ。こんなことあるはずがない。これにより心理的な優劣が逆転した。
「確かに俺は負けた…。だがよぉ、俺は、四天王なんだよ!」
増長天は固く右拳を握りしめエレンに殴りかかった。仕方なくエレンはランスを放棄し宙を舞い逃げる。増長天はランスを踏みつけ使えないようにした。
「これで肉弾戦のみだなぁ。こんなもん、やるまでもなく俺が勝つだろ!」
増長天は跳び上がりエレンを叩き落とそうとする。
エレンもこのままでは埒があかないと思い、拳を握りしめ増長天と対峙することを決意した。
「増長天や広目天を互角で戦えるとは…」
「余所見する間ぁ、あらへんよ!」
お嬢の刀が持国天の金棒を捉える。
「分かっているさ。そんなに甘くない相手だってことくらいな!」
持国天の金棒を握る手に力が入る。この二十にもならない女子を強敵と認めねばならない。屈辱だった。しかし持国天にはそれを認め立ち向かう器量がある。
「であぁっ!!!」
金棒と刀がいくらぶつかり合っても、刀が刃こぼれすることがない。持国天はそれが刀の能力だとすぐに気がついたが、その速さが異常だった。
「その刀をそこまで使いこなすとは…」
いつまでも鋭利なその刀は、日本刀としては間違いなく最高の一品だった。よく斬れるが、代わりに打たれ弱いという弱点を見事に克服している。
(だが、刀の強度以上の力をぶつけてやれば!)
いくら回復するといっても、刀身を一気に折る程の力をもってすれば破壊することはできるはずである。
そう思い金棒を振るい、激しい打ち合いを演じるが刀が折れる気配はない。
(こいつ…、全部受け流して負荷を最小限に止めている?)
持国天は信じ難いと思ったが、それしか考えられなかった。
「やっぱ、スゴいなお前。ここまでやるとは思わなかった」
「ウチに言わせれば幻滅やな」
広目天はサレナと互角、増長天は武器を失い肉弾戦、持国天は圧され気味と散々な戦積である。
(四天王が聞いて呆れるな、だがこれでいい…)
「はあっ!」
「ぐっ…!」
サレナのジャベリンが広目天の腹部に突き刺さる。血が流れ投げ槍を伝ってサレナの手が赤く染まる。
「見事です…!」
広目天は仰向けに倒れていった。
「うおおぉぉぉ!!!」
「はああぁぁぁ!!!」
増長天とエレンの拳が交わろうとする。その直前エレンは身体をずらし増長天の拳を外させ、タックルに近いかたちで彼女は増長天の鼻っ柱に拳を叩きつけた。
「がっ!?」
彼は頭から落ちるように倒れた。
「もう終いにして、メタボ助けにいかなな」
「舐めるなよ…」
持国天がお嬢に金棒を振り卸す。彼女はサイドステップでそれを避け、彼の両腕を斬り落とした。
さらに胸から腰にかけてもう一太刀入れ、持国天を倒した。
「…なんや呆気なかったな」
忍者との修行を経て自分が強くなったと思っているし自負もある。エレンもサレナも強いと思う。だがあまりにもあっさりし過ぎている気がしてならない。
「痛たた…、いい切れ味だな」
「っ!?」
持国天は斬られた傷を擦りながら立ち上がった。お嬢が驚愕の色を隠せない様子を見ると、持国天は一笑して答えた。
「何をそんなに驚いてるんだ? 俺達も同じ死人なんだ。だから死なないのも当たり前だろ?」
「まさかそれを思い知らせるために…!」
広目天、それに増長天も立ち上がった。
「その通りです」
「俺達がそう簡単にやられるかってんだ」
広目天は戟を構え、増長天は拳を握り身構える。
「つまり俺達に負けはない」
持国天の言葉がお嬢ら三人に突き刺さる。普通に戦っていても苦戦する相手が死なない。相手のようにこちらは魂を潰す武器はない。それは彼らが諦めるまで先に進めないことを意味していた。
今、エンマを倒すチャンスがあるのは、メタボと救出組に絞られてしまった。