第三十二話・がしゃどくろ
恨みを残し野垂れ死んだ人々の骸骨が集まった妖怪。それががしゃどくろである。大きさは若頭の七倍はあり、正面に立つと後ろの天国宮殿が見えなくなるほどであった。そんな巨体な怪物に若頭は大太刀一本で立ち向かうことを余儀なくされていた。だがそれは彼自身が望んだ展開であった。
この大き過ぎる太刀は、背丈が約二メートルある鬼でも立ち回りに難儀する代物で、特に四天王クラスの強者になると不利にすらなるものだった。しかしがしゃどくろや、前に戦った大百足相手では話は違う。このような大きな妖怪を相手にする時こそこの太刀は竜の雲を得るが如し活躍をしてくれる。
「私向きの相手だ…」
若頭は大太刀を強く握りがしゃどくろの足元へ駆ける。近づくと多くの骸骨が集まって形作られていることがよく分かって気色が悪い。それでも若頭は果敢に大太刀を振り回す。
骨を切る味わったことのない感覚が若頭に伝わる。流石に硬く、手が痺れる。それでも斬ることは出来た。だがそれにしてはがしゃどくろの様子に変化はない。
怪しく思った若頭は一度距離を取ることにした。
「なっ…」
切断されたはずのがしゃどくろの足が繋がっていった。がしゃどくろは骸骨と悔恨の集合体。ゆえに一部を斬ったところで直ぐに接合しダメージを与えられないのだ。エレンならばビームをぶつけて一撃で始末出来るが生憎若頭にそんな能力はない。
「どうしたものか…」
若頭は思わず呟いた。何とか打開策を出したいところだが、思考する時間を消すようにがしゃどくろは大きな手を若頭に伸ばしてきた。咄嗟に横に飛び若頭は捕まるのを回避した。捕まったが最後取り込まれてしまうかもしれない。
またもがしゃどくろが腕を伸ばしてくる。若頭は今度は避けようとはせず距離を少し詰め、がしゃどくろの手首を斬った。若頭の後ろにがしゃどくろの右手が落ちる。あと左手を落とせば捕まることはないはずだ。しかし、若頭の考えは甘かった。
がしゃどくろの右手が崩れ細かい骨となり、若頭を背後から襲う。
「ぐっ…」
次々と骨がぶつかっていき、若頭は片膝をつく。骨はぶつかった後、がしゃどくろの右手を形成していった。完全に切断したはずだったが、それでもがしゃどくろの接合能力の前では無力だった。
つまり若頭が勝つには接合能力の源を断たねばならない。どこかに核となる部分があればそれを断ち切ればいい。しかし核がなかったとしたら、彼に勝ち目はない。
(そうだとしても…)
若頭は立ち上がり大太刀を構えた。
(私はお嬢の障害は全て断ち切らねばならんのだ!)
がしゃどくろは組み上げた右手で若頭に掴みかかってくる。避けようとはせず若頭は手の甲に飛び乗り腕をかけ登った。
「うおおっ!!!」
そして頭蓋骨目掛けて大太刀を振り下ろす。しかし頭蓋骨は特別硬く少し削るのが精一杯だった。
「くそ…」
がしゃどくろの左手が若頭を襲う。直ぐ様頭蓋骨から飛び降り若頭は難を逃れた。
「頭に狙いを定めたのは良かったのですがね」
「っ!?」
若頭は聞き覚えのある声に驚き回りを見渡す。しかし自分以外にがしゃどくろしかいない。だががしゃどくろという妖怪の特性を思い出せば、この事態は不自然なものではなかった。恨みを抱き野垂れ死んだ者共の集まり。それが今若頭が相手をしているものである。
顔を上げがしゃどくろの額を見る。そこにはかつて若頭が倒した鍾馗がいた。いや、正確にはがしゃどくろの額に鍾馗の頭が埋まって出てきていた。
「その怨念、利用されたか」
「忠義と言ってもらいたいですねえ。がしゃどくろに取り込まれて自我を保って
いられるなんて、そうあることじゃないんですよ」
「知るか」
悪態をつくが前回の戦いと違い若頭にとって条件が悪すぎる。だが鍾馗の言葉から弱点が頭だと分かった。あとはいかにして頭蓋骨を攻撃するかである。
「おっと、精神論で攻略出来るほどがしゃどくろは容易ではありませんよ。私の刀でも傷つかないようですからね」
若頭は握る大太刀を見る。これは元々鍾馗のものである。ゆえにこの刀の切れ味、威力は熟知しているだろう。
それでも若頭は諦めるわけにはいかない。
「何ですかその目は? まるでまだ戦意があるように見えますが?」
若頭は不敵に笑った。この程度の脅威は何でもないかのように。この笑みは鍾馗にとってあの敗戦を彷彿させるものだった。
「相変わらずムカつくやつですね…。しかし今回はそれも虚しいですよ?」
「そうか…。しかし俺はお嬢のため斬るだけだ。例外なくな」
「お嬢…? ああ、見逃したお嬢さん方の一人ですかな?」
若頭は黙って頷く。
「これはこれは。では魂の保証はできませんよ? 何せあの扉の向こうには我が主がおられるのですからね」
鍾馗の言う主とは持国天のことだろう。若頭に詳しいことは分からないが、亜依奈の話を聞く限りエンマが有する麒麟と鳳凰なら造作もないことなのだろう。
だが、お嬢はそんなものに負けはしない。
「残念だが、貴様の主とやらは返り討ちだろうな」
「何?」
「お嬢はエンマを倒す。たかが四天王にやられはしない」
鍾馗は改めて自分の目の前にいる人物を認識した。こいつと自分は、ただ陣営が違うだけで同じ立場の戦士だと。だからこそぶつかり合う宿命にある。
「私の主は、そしてエンマ様はたかが人間風情に負けはしませんよ」
「…これ以上は水掛け論だな」
「そうですね」
二人はこれ以上語らず、片方は拳を固く握り、片方は大太刀を強く握った。現状では万に一つも若頭が勝つ見込みがない。それでも若頭は勝つことだけを信じて駆けていく。
大太刀が拳を斬り裂き、若頭は腕をかけ登った。
「また同じ手を! 無駄だと分からないんですか!?」
鍾馗はまた頭蓋骨を狙うと思い、左手で若頭を払うことをしなかった。無駄なことだと悟らせようとしたのだ。その甘さが命取りとなった。
「はあっ!!!」
若頭が狙ったのは頭ではなく、首だった。頭蓋骨ほどの強度もなく、簡単に頭と身体は切り離された。ニ撃目で頭蓋骨を攻撃し、大太刀を食い込ませる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
若頭は咆哮と共に鎖骨を蹴り、自分の全体量を大太刀に託した。頭蓋骨は地獄の重力に捕まり落ちていく。地面に衝突すると、頭蓋骨はひび割れていき粉々に砕け散った。
「全ての亡者は力によって制御されねばなりません…。それが出来るのは持国天様や、エンマ様のみです…。人間風情がしゃしゃり出る場ではないのです…」
やはり頭蓋骨が核だったのか、鍾馗の言葉は弱々しく若頭に届いた。
「悪いが、亡者はそんなものに付き合う時間はない。早く輪廻転生せねばならんからな」
若頭の言葉を聞く者はおらず、がしゃどくろの消滅を確認すると若頭は扉の方へ歩いて行った。