第三話・初任務
お嬢が言うには、地獄はエンマの怠惰によりその仕組みが簡略化しており、輪廻転生の期間が曖昧になってしまっている。また罪により地獄の場所と受ける責め苦は定められているはずだが、それも曖昧になってしまっている状態なのだそうだ。ちなみにここでの輪廻転生は責め苦等で魂を洗練し清くして現世の肉体へいくことをいう。
責め苦は個人別できちんと設定し実行しないと魂の洗練の効果は薄い。それゆえいつ輪廻転生できるか分からないのだ。
「話しは分かった。けどなんでそんなこと分かったんだ?」
メタボの疑問は最もでお嬢はすぐに忍者を指差すことで答えを用意した。
「うちには優秀な諜報員がおるからな。それに鬼たちのぼやきからも仄めかすよ
うなこと言っとったし」
加えてヤッシーが言うには重罪人と軽犯罪者が同じ牢獄に入れられるなど、明らかに不振な点も見られたらしい。
「下手すると延々こんな地獄におることになる。それでもええんか?」
メタボは唸って考えた。確かにこんな地獄で延々過ごすのは嫌だ。だが、死者が地獄に逆らうとどうなるかなんて想像出来ない。しかし…
「勝算は?」
「それを上げるために人手を集めとる。せやけど、ヤッシーが面白いもん盗んできよったから…」
お嬢が不敵に笑う。その面白いものが何か分からないが、メタボは何となく賭けてもいい気がしてきた。
「その面白いもんってのに賭けてみるぜ。なんだか分からないが、その方がいい気がする」
「そうか、おおきにな」
お嬢がメタボの手を握って微笑みながら言った。メタボはそこにお嬢の少女らしさを垣間見た気がした。
メタボが地獄組の牢屋に放り込まれておそらく数日が経った。おそらくというのは地獄に時計があるわけないので、メタボの体感だからである。
地獄で過ごして、お嬢らに土地勘を叩き込まれた。来るべき日に備えてどうしても必要なことである。その知識を一部披露するとしよう。
メタボらが収容されている牢獄から近いという理由でよく利用されているのが、八大地獄の一つ、黒縄地獄である。それは高熱の黒い縄で亡者の身体に火傷の痕をつけ、それにそって身体を切り刻む罰を受ける故にそう呼ばれる。
「黒縄地獄の周辺をよう覚えとけ。ヤッシーと働いてもらうことがある」
メタボはこうお嬢に言い含められ、黒縄地獄の周辺を頭に叩き込んだ。ヤッシーは元盗賊である。盗みに入った際に仲間を逃がす途中銃弾に倒れた経歴を持つ。そんなヤッシーと組まされるとなれば、やらされることは一つである。盗みだ。黒縄地獄には切り刻む為の刀類を保管する武器庫がある。そこで武器を調達するのだ。メタボが来る前にも何回か盗みに入り、武器調達に成功している。ヤッシーを始め盗みに入った者が言うにはたくさんありすぎるそうで、おそらく管理が行き届いてないのだろう。未だ鬼達獄卒に露見したことはない。
「メタボ、ええ加減黒縄地獄は覚えたか?」
「まあ、なんとか」
「お嬢、俺がついてるし大丈夫ですよ」
メタボの曖昧な返答に眼光を鋭くするお嬢をヤッシーがなだめた。
「戦力的には不安やが…」
「そんな…」
「しょうみメタボの武器の為やし、お前が頑張るんが道理やろ。まあ鬼に気付かせんようこっちも頑張る。しっかり頑張りや!」
そうお嬢に檄を飛ばされ、メタボとヤッシーの二人はなんとか鬼の獄卒に見つからないよう亡者の列から外れ、武器庫が目と鼻の先の位置の岩場に身を隠していた。
「いつもなら見張りの鬼は忍者さんがなんとかしてくれるんだが…」
ヤッシーはチラとメタボを見る。メタボは悪かったなと舌打ちをした。
「まあいい、女の鬼みたいだし、楽勝だろ」
確かに見張りをしているのは、栗色のウェーブのかかったセミロングの髪に長身の女性だった。能面を被り、頭に鬼の角を生やしていなければ人間の女性と大差しない。
「女だからって気を抜くなよ。相手は鬼だからな」
「分かってるよ。」
ヤッシー発案の作戦はこうだ。相手は一人でこちらは二人。メタボが女の鬼を引き付けている間に、ヤッシーが武器庫の鍵を開け盗む。後は各自で牢に戻る。問題はメタボがあの女の鬼を上手く巻けるかどうかである。
「じゃあ頼んだぜ、メタボ」
「ああ」
メタボはヤッシーの位置を女の鬼に悟られないよう大きく迂回して別の岩場から武器庫の前に出た。すかさず女の鬼が問う。
「お前、こんなところで何をしている!」
「え? ああ、ちょっと道に迷って…、んじゃ!」
メタボは一目散に逃げた。
「待て!」
女の鬼はメタボを追っていった。ヤッシーは武器庫の近くに誰もいないのを確認すると、早々と武器庫の錠前に移動した。
「しめしめってね…」
ヤッシーは針金を取り出し鍵穴に刺してガチャガチャし始めた。するとカチン、と鍵が開く音がした。ギギーっと古びた音を出して扉を開き、中に入って素早く閉める。灯りは無くともヤッシーは暗闇の盗みは手慣れているので簡単に得物の分別が出来た。金棒、太刀、槍などがある。
「あいつ体格いいからな、金棒でいいだろ」
ヤッシーが金棒を手に取り武器庫を出ると、顔が青ざめていくのが分かった。メタボがさっきの女の鬼に捕まっているのだ。
「おいおい…」
「ほう、そうやってこれまで武器を盗んできたのかい」
ヤッシーは金棒を地に落とし両手を上げ、そうだと言った。
「悪いヤッシー、こいつすばしっこくって…」
「あんたに口をきく権利はないよ!」
女の鬼はメタボの腹部を蹴りメタボを黙らせた。
「大人しく牢屋に帰らせてもらえる雰囲気じゃないな…」
「なに、返答次第じゃ手荒な真似はしないよ。こっちの質問に答えてくれればね」
尋問だろうか。だがお嬢たちのために口を割るわけにはいかない。当然無闇に目の前の女の鬼に逆らうわけにもいかないのだが。
「分かった…」
「話が早くて助かるよ。まず武器を盗んだ理由だ。」
ヤッシーは口ごもる。正直に地獄に反旗を翻そうとしてますなど答えられるわけがない。どう答えるべきか…。ヤッシーが迷っている間暫しの沈黙が続き、女の鬼が沈黙を破った。
「沈黙もまた答えってやつかね。まあ武器盗むのにやましい理由以外ないだろう」
ぐうの音も出ない。このことが知れ渡ればお嬢たちは地獄に反旗を翻すことは出来なくなる。最悪タルタロス行きだってありえる。
「頭が切れるな。羅刹女かい?」
「よく調べてるね。残念ながら夜叉だよ」
地獄の鬼、獄卒鬼の女の鬼を夜叉といい、その中でも上位の者を羅刹女という。男の鬼は役鬼、その中で上位の者を羅刹という。
「しかし久しぶりだよ。地獄に逆らおうなんて連中はさ。」
女の鬼はメタボを前に放り投げた。
「どういうつもりだ?」
「何を隠そう私も地獄に逆らおうってクチだからね」
「なっ…」
二人は絶句した。二の句を告げないでいると、女の鬼が話を続けた。
「私は亜依奈。あんたらに協力してやるよ」
「信用出来るか!」
「いいのかい、そんなこと言って。こうしている間にあんたらのボスは持国天に殺されてるかもしれないんだよ?」
「デタラメを…」
「まあ、それなりに誠意を見せなきゃ信じてもらえないか」
亜依奈は金棒を掲げてなにやら唱え始めた。
「出でよ、玄武! 我らを導きたまえ!」
光と共に巨大な亀、玄武が現れた。
「届けてやるよ、仲間の所へね!」
玄武はメタボとヤッシーの二人を乗せ、光と共に消えた。