第二十八話・メタボと亜衣奈
メタボには弱点がある。亜依奈との修行で自らに眠る潜在能力を引き出すことが出来るようになったが、それに時間がかかることだ。味方がいればカバーしてもらえるが、一対一だと不利にならざるえない。
景気良く亜依奈とゴングを鳴らしたはいいが、二撃目の金棒が交わることはなく、メタボは亜依奈に蹴り飛ばされてしまった。
上手く受身を取り倒れることはなかったものの、メタボの不利に変わりはない。それにこの亜依奈は情けをかけてくれない。応龍が産み出した幻影か何かの類いだろうから、魂を消される心配は無いだろう。その点を除けば容赦なく攻撃してくるということだ。
「情け容赦ねぇ、敵と戦ってる時の亜依奈さんか。手強いんだろうな。けど…!」
初めて会った時、持国天と戦っている時、修行をつけてもらっている時、確かに亜依奈は強いと思った。
だがあっさり大百足に拐われて次に目にした光景はボロボロだったり、持国天にやられたり、メタボには亜依奈の強さを疑っている自分がいた。
しかも亜依奈を戦闘不能まで追い込んだ持国天をメタボは倒している。力を引き出すことが出来れば亜依奈を倒せるはずだ。あくまで出来ればの話だが。
「うわっ!」
亜依奈の金棒はメタボの頭があった空間に軌道を描く。間一髪しゃがんだからよかったものの、少し遅れていたらメタボの頭は潰れていただろう。
「できそうにないから俺の中の最強ってわけだ…」
そう呟いてメタボは亜依奈から距離を取る。
亜依奈は玄武の間で自分を付きっきりで修行をしてくれた、いわば師匠のような存在。メタボの知る亜依奈を完全コピーしたのが目の前の彼女なら、時間稼ぎだってままならないだろう。なぜなら亜依奈はメタボの戦闘パターンや癖を重々分かっているからだ。
「それでもやるしかねぇ!」
メタボは決心して亜依奈に突っ込んでいく。二十メートルはある距離を一気に詰め、最後に踏み出した右足に体重を移動させるのを意識して金棒を振り下ろす。が、亜依奈を捉えることはなく、金棒は虚空を殴った。
その大振りで生まれた隙を見逃す亜依奈ではなかった。空いた脇腹に金棒が叩き込まれる。亜依奈が力を抑えたのかメタボは衝撃で飛ばされることはなかった。
だが強烈な痛みが襲ってくることには変わりなく、跪いてしまった。歯をくいしばり痛みに耐え、半目で亜依奈を捉える。だがふと、その先に映るお嬢と忍者との戦いに焦点を移す。我が目を疑う光景があった。忍者がお嬢を斬り裂いたのだ。血が吹き出しお嬢は倒れて動かない。
「お嬢っ!」
メタボは直ぐにお嬢へと駆け出そうとするが、当然亜依奈がそうはさせまいと妨げてきた。
「退けよ、お嬢がやられてんだぞ!」
メタボは亜依奈に金棒を振り下ろす。しかし怒りに身を委ね、冷静さが欠如した攻撃が亜依奈に当たるはずがなかった。勢い余ったメタボに足を引っかけると無様に転けた。
「痛っ…」
起き上がろうと四つん這いになるメタボの背中に衝撃が走った。金棒が身体を貫通し石畳に縫いつけた。亜依奈は一気にそれを抜きとり、血の水芸が披露される。あまりの衝撃でメタボの意識は飛んでしまった。
「あんたの力は戦いの中で目覚めていく。血が煮えるような熱いものを感じたら、それをエネルギーにして理性をもって束ねな。そうすればあんたの力はあんたの良きパートナーとなってくれるよ」
そう言ってくれた人は誰だっただろうか。紛れなく、亜依奈だった。この人に俺は路地裏の喧嘩レベルの戦いをまともなものにしてもらった。覚醒した得体の知らない力の使い方を示してくれた。
そんな恩人の仮面を被った敵が、立ち塞がる。胸クソ悪い話だ。お嬢だけでなく自分の身すら守れやしない。揺らぐ意識の中、目を覚ました瞬間また意識を失うことになるのは分かっいた。だがメタボは立ち上がらないでいるわけにはいかなかった。自分を鍛えてくれた亜依奈に申し訳が立たないし、弱点を克服しなければこれからの戦いに差し支える。そして何より、仲間を助けられずにくたばる自分が許せないのだ。
何とか自分がどういう状態でいるか理解できるくらいに意識を回復させた。俯せになっていたので、腕立て伏せのように力を入れ起き上がろうとする。
それに気付いた亜依奈がまたも金棒でメタボの背中を貫こうとした。しかしそれは出来なかった。彼の背中は鉄板が入ってるかのように硬く、金棒を物ともしなかったのだ。
「っ!?」
亜依奈はハッと息をのみ後退る。メタボは現状を理解しきれてないが、とりあえず立ち上がった。側に落ちてある金棒を拾い構える。
「…これは弱点の克服なのか、単に時間経って力が出てきたのか分からねぇけど、あんた終わりだぜ?」
メタボは金棒を固く握りしめ亜依奈を睨んだ。無表情の仮面を着けた亜依奈から表情を読み取ることは出来ないが、先程までのように速攻することはない。ふと亜依奈は仮面に手をかけた。
「素顔見せて混乱させようって腹か? そんなんで止められるほど今の俺は…。っ!?」
メタボは驚愕した。無理もない、仮面を取った瞬間亜依奈はメタボになってしまったのだから。
「なるほど、条件をクリアしちまえば最強は俺なのか。我ながら自意識過剰だぜ」
まるで鏡の中から出てきたかのようにそっくりな自分の形をした敵を見据え、メタボは薄く笑った。やがてその笑いは大きくなっていった。
「面白ぇっ! 偽物が本物に勝てるかよ!」
メタボは一気に間合いを詰め偽物目掛けて思い切り金棒を振り下ろす。が、偽物は金棒でメタボの一撃を受け止め、力比べとなった。しかし力量に差などなく、
膠着状態が続いた。四霊はここまで忠実に再現できるものなのかと、メタボは感心した。力、速さ、技量が同じとなると後は戦術で差をつけるしかない。しかしこの偽物が同じ思考をし、同じ戦術を立てるなら、メタボは自分自身の思考を越えなければならない。そんなことが可能なのか分からないが、勝つにはやるしかなかった。
一度力を緩め拮抗を解き距離を取る。
こういった場合どうするか。これを先読みし踏まえて行動すれば偽物を出し抜くことができる。しかし、こういった場合どうするかの答えは偽物が先に出していた。
偽物は直ぐ様距離を詰め直し攻撃を畳み掛けてきた。例え同一人物だとしても、一々考えて行動している者と、本能的にやってのけてしまう者では当然後者の方が速く動ける。
咄嗟に金棒で攻撃を防ぐことが出来たが、それは先手を奪われたことを意味していた。
「考えんのはヤメだ! こっちも本能的かつ野性的に行くぜ!」
メタボは一気に後ろへ下がり一旦偽物の金棒を外す。相手がよろめいたところで一気に間合いを詰め金棒を顔面に叩きこんだ。偽物は背中を擦りながら数メートル吹き飛んだ。
「…勝ったか?」
偽物は霧散し消えた。メタボはお嬢を探そうと辺りを見渡す。どうやら彼女も忍者を倒した後のようで、座り込んでいた。
「よかった、お嬢も勝ったみたいだ…、うっ!」
突如メタボの全身に痛みが駆け巡った。思わず片膝をつく。
「メタボ!」
お嬢はメタボに駆け寄ろうとする。
「ならん!」
空に亀裂が入りそこから霊亀と応龍が登場した。メタボとお嬢の間に割り込む。
「忌々しい鬼の血が暴走しつつある…、力を束ねることをせなんだか」
「そんなんどうでもええ! メタボはどうなるんや!」
「わしらで抑えこむ。行くぞ!」
応龍がメタボの中に入っていった。メタボはさらに苦しそうに悶える。滝のような汗を流し両腕を抱え地面をもがき足掻く。
「大丈夫なんか!」
「応龍がダメならわしが行くまで…」
やがて足掻く力を失ったのかぐったりと動きを止めた。お嬢が息をのみ様子を見守る。
「…どうやら成功のようじゃな」
お嬢は安堵しメタボに駆け寄った。