第二十七話・お嬢と忍者
「速っ!」
お嬢は思わず尻餅をついた。もう何時間も対峙しており、お嬢は汗だくだった。それに対し忍者は汗どころか呼吸すら乱れた様子はない。
「…ビビるからそうなるんだ」
「なっ!? そんなことあるかい!」
お嬢は直ぐ様立ち上がり刀を構える。しかしその切っ先は震えていた。忍者は太刀と小太刀の中間くらいの大きさの刀を鞘にしまった。
「どうゆうつもりや!」
「…目を瞑るようでは」
そう言い残し忍者は去っていった。お嬢はしばらく切っ先を揺らし無念を叫んだ。それからお嬢は忍者に認めてもらえるよう無茶苦茶に修行した。
だが…。
「たあっ!」
「……」
甲高い金属と金属がぶつかり合う音が響く。お嬢はつばぜり合いをしているつもりでいた。
「ええ加減忍者の速さにも慣れたわ」
「……」
また金属音が鳴り響いたと思ったら忍者は直ぐ後ろに退いた。刀は剣と違い刀身が細いため打ち合いには向かない。きっと忍者の刀はダメージが大きいのだろう。そう思いお嬢は駆け出し間合いを詰める。
「もらった!」
刀を振り抜いたつもりだったが何の手応えもお嬢は感じられなかった。気がついたときには忍者は背後に回っており、峰打ちをした。
いつもそうだった。僅かな示唆を残し希望見せ、それを摘み取る。しかし確実に昔の自分よりかは強くなっていた。
「っ!?」
今のはなんだったのだろう。昔のことには違いないが、どのくらい昔なのか定かではない。だが今はそんなことを懸念している場合ではないことに気がついた。お嬢は地面に伏しており、石造りの床は体温を奪い生温かくなっていた。
そうだった。忍者に斬られて意識を失ったのだ。死ぬことも魂が消されることもなければ、意識を失うしかなかったのだろうか。死んでどれくらい経ったか分からないが、未だに彼の世の身体には解せない部分が多い。
仰向けになり目に入ったのはお嬢を見下す忍者が向ける切っ先だった。きっと何十回とこのタイミングで斬られたのだろう。
またお嬢は意識を失った。
こうして意識を失っていくなかで、何故か夢を見てから目覚めていた。死んでから見ることがなかった夢を。そこで出てくるのは決まってお嬢と忍者。いつも通り僅かに勝てるという示唆を残し希望を与え摘み取っていく。だが今回は示唆も希望も見せてはくれない。彼との修行でそれを奪われてはただの苦痛、まさしく地獄でしかない。
地獄…?
そうだ、地獄だ。自分たちは地獄をぶっ潰すために戦ってきたのではなかったか? お嬢は自分にそう問いかけ奮い立たせる。
だから、まずこの地獄をぶっ潰そう。それは忍者を乗り越えることに繋がるはずだ。目を覚ましたらそうしよう。
お嬢は目を覚ました。そうはっきり意識すると直ぐに立ち上がった。忍者は突然のことで斬りかかることが出来なかった。
「残念やったな」
「……」
忍者は無言で武器を飛び道具に切り替え手裏剣を投げてくる。お嬢は器用に身を翻しつつ忍者に近づく。
「はぁっ!」
お嬢は一気に刀を振り下ろした。忍者はそれを刀で受け止める。忍者はお嬢の刀を振り払おうとするが、お嬢はぴったり忍者の力の入れ具合に合わせるので振り払えない。
「……!」
「へっ、てりゃ!」
お嬢は忍者を蹴飛ばした。よたよたと後ろへ下がっていったが尻餅をつくことはなかった。
「たぁっ!」
すかさずお嬢は踏み込み間合いをつめ刀を振り下ろす。その速さは忍者が対応できないものとなりつつあるのか、避けることはなく、刀で受け止める。
「どうした? 避けへんのか?」
「……」
忍者は無言だがお嬢の急激な変化に戸惑っているとお嬢は思った。だが戦術において忍者の柔軟性は計り知れないものがある。それに忍者の武器は刀だけではない。懐から札をちらつかせるとお嬢は退かざる得なかった。
忍者は刀をしまい、札やクナイを構える。符術や飛び道具主体に切り替えるようだ。
「ち、こちらに合わせてくれへんか…」
お嬢は刀を低く構え飛び道具を警戒しながら距離を詰めることにした。忍者は燃えた札とクナイを前方四方に一斉に投げる。これでは迂濶に近寄れない。クナイを刀で弾き返そうとして折れてしまう可能性があるし、炎で溶解したものを刃こぼれと同じように烈獄丸の能力で修復出来るか分からない。
「はぁっ!」
お嬢は燃える札を斬り血路を開いた。そして直ぐ様烈獄丸の能力で修復を図る。一か八かの賭けだったがお嬢はその賭けに勝った。少し溶解した刀は何事もなかったかのように修復された。
修復能力を使いながら斬っていくのでスムーズに燃える札を処理しながら忍者に近付いていく。だが忍者はそのまま簡単に斬られる者ではない。後ろに退きつつクナイを投げた。
「つっ!」
お嬢は足を止めた。クナイはお嬢の目の前に突き刺さる。
「しま…」
これは逃げるためだけではなく足を止め隙を作るためのものだとお嬢は気が付いた。顔を上に向けると刀を構え飛び上がっている忍者が見えた。
また斬られるのか。
やはり忍者は越えられないのか。
この地獄は終わらないのか。
いやだ。目を覚ます前心の中で宣言したじゃないか。この地獄をぶっ潰し忍者を越えると。
そう自分を奮い立たせると不思議なことに周りの現象がひどくゆっくり見えた。忍者の飛び上がり落ちてくる軌道、そこから放たれる刀の軌道の予測が見えた。
それを信じ刀を構えた。二人が衝突する。金属音ではなく、微かな肉を裂く音がした。
お嬢は片膝をついた。肩から血が吹き出る。忍者は倒れた。肩から腰にかけて斜めの斬撃の痕があった。そして霧散し消えていった。
お嬢は勝ったのだ。傷を負ってしまったが間違いなく忍者を斬ったのだ。
「これで忍者を越えられたんかな…」
お嬢は仰向けに倒れ、呟いた。その頬には涙が伝っていた。涙の理由は彼女自身にも分からなかった。忍者を越えられた喜びからなのか、二度と会えない仲間を想ってのものなのか。
涙にどんな意味が込められていたとしても、越えなければいけないものだ。お嬢は涙を拭い立ち上がった。
まだ彼女には大役が残っている。エンマの地獄をぶっ潰す大役が。




