第二十六話・四霊
玄武に連れてこられたのは異空間としか言い様がない場所だった。暑いわけでもないのに遠くの方が陽炎のように歪み、空は何も考えずに絵の具を混ぜたパレットのように混沌としていた。修行した玄武の間とは何もかもが違っていた。
「なんだよ、ここ…」
「うちが知るか」
キョロキョロ辺りを見渡しても石造りの床と混沌とした空が広がっているだけだった。つまり玄武さえいなかった。
「玄武もいないってか、まいったな…」
「ちっ、亜依奈は一体何をさせたいんや」
「さあ…」
亜依奈のことだから何か考えがあってのことだろう。しかし彼女のやることにしては脈絡が無さすぎる気がする。二人が思考を巡らしていると、混沌の空から光が射し亀裂が生じた。そこから光を纏った龍と巨大な亀が出てきた。
「我は応龍…。四霊の一つにして青龍を配し世界の繋がりを守るもの…」
「同じく霊亀…。玄武を配しておる…」
仰々しい登場にメタボとお嬢は唖然とするしかなかった。しかし何とか口を開こうとする。
「俺は早川雅人。通称メタボ」
「地獄組組長、月臣沙羅や」
二人が名乗ると応龍らが頷いた。
「玄武から主らのことは聞いておる。じゃが主らはわしらのことは何も知らんようじゃのう」
二人はこくりと頷く。ただただ地獄を正しく裁かれ罰されるところにしたいがために戦ってきた。そのため地獄については他の囚人よりかは知っている。しかし四霊だなんだのは亜依奈の玄武しか知らない。
「先も言った通り、わしらは世界の狭間に住み、地獄、天国、現世、タルタロス、エリュシオンの繋がりを管理しておる。それが四霊の仕事じゃ。玄武などの四獣はわしらの下につきサポートをしてくれる」
彼らがどういった存在かは理解した。だからこそ亜依奈や自分たちに協力をしているのが不自然に思えた。その疑問を察したかのように応龍の口が開く。
「だが困ったことが起きた。エンマが自らの立場を利用し、禁断の術を用いて鳳凰と麒麟を支配下においたのだ」
メタボとお嬢は驚愕した。今さらながら自分たちが相手をしようとしている者の大きさを知った。
「ちっ、無茶苦茶な野郎だな…」
「うむ。たかが地獄の長にしては、奴は天才的な能力を持っていたと言わざるえない。その事を知った亜依奈は協力を申し出た」
「ゆえにわしは玄武を授けたのじゃ。しかし鳳凰と麒麟を従えたエンマは強すぎる」
「そこで貴様らの稽古をつけてやることにした」
「早速始めようかのう」
矢継ぎ早に説明したかと思いきや、唐突に稽古が始まろうとする。さすがにメタボとお嬢は対応に困った。それに、どうして自分たちだけなのか。この疑問を口にする暇もなく、応龍、霊亀から発せられた光が人の形を作る。それは二人がよく知る人物となった。
「忍者…?」
「亜依奈さん?」
二人の言葉通り眼前に佇むのは、魂を失ったはずの忍者と、この場へと追いやった張本人の亜依奈であった。
「主らが思う最強の人物じゃ」
「そいつらを乗り越えてみろ」
また亀裂が生まれ、応龍と霊亀は消えてしまった。
「ちっ! 今のお嬢にこいつは…」
お嬢はここへ飛ばされる直前に、忍者がいなくなったことを受け入れたばかりである。微かに震えているのが見てとれた。
「…やないか」
「え?」
「面白いやないか!」
お嬢は叫ぶと直ぐ様抜刀し切っ先を忍者に向ける。
「魂が消えてしまったら、もうでけへんと思ってた。けど、今こそうちは忍者を越える!」
メタボは呆気に取られたが、金棒を亜依奈に向けやる気を示した。
「へっ、やっぱお嬢はお嬢だな!」
「どういう意味や?」
「俺たちのリーダーってことだよ!」
メタボの台詞を皮切りに戦闘が始まった。まずメタボと亜依奈の金棒がぶつかり鈍い金属音を響かせる。それがゴングとなり忍者とお嬢が動き出した。
お嬢は縦に斬りかかろうとするが忍者はものともせず避ける。しかし小振りだったため大した隙はなく直ぐ様二撃、三撃と攻撃を繋げていく。埒があかないと思ったのか忍者は飛び上がりお嬢を頭を支点にして背後を取った。
「しまっ…」
忍者はいつから持っていたのか忍者刀でお嬢の背中を斜めに斬った。
「うぐっ!」
血は吹き出し思わずお嬢は片膝をつき刀を杖代わりにする。さらに汗が大量に流れ体温の上昇を感じた。本来なら出血多量で死んでいるが、既に死んでいるのでもう死ぬことはない。しかも魂を削る武器というわけでも無さそうで存在が消されるわけでもない。
だがそれだけだった。体力の消耗を感じるし意識は朦朧としてくる。痛みに耐えお嬢は忍者の方を向き、斬りかかる。しかしそんなやけっぱちな攻撃が当たるはずがなかった。
忍者は一瞬の隙を突いて斬りかかろうとする。が、間一髪お嬢は後ろに下がり腹部を隠す服が切れて少し肌が露になっただけだった。肩を上下させて息をし、霞む視界で忍者を捉える。だが忍者がぶれて見えて切っ先の狙いが定まらない。
「…奥義、散爆符」
「!?」
お嬢は微かな忍者の声を聞くと後ろに飛び退いた。お嬢がいたところに爆発が起こる。大量の炎虫、ヤマタノオロチを仕止めた忍者の切り札だ。その威力をお嬢はよく知っている。だからこそ咄嗟に反応出来たが、爆風でお嬢は吹き飛ばされてしまった。背中が地面をすり、斬られた傷がえぐられていく。
「く…」
歯をくいしばりお嬢は立ち上がる。しかし刀を支えにしないと立ち続けることはできなかった。忍者はもうお嬢の隙を突く必要すらないと考えたのか、ゆっくり忍者刀を構えて近付いてくる。死ぬことも魂を消されることもないのだから臆することはない。そう頭で考えているはずなのに足は震えて動かない。いや、足だけではなかった。刀を構えようにも腕が上がらない。頭と身体が分離したような感覚に襲われた。
横目でメタボを見ると亜依奈の金棒が腹部に入り踞る姿が見えた。助けは期待できない。自分で何とかしなければならない。そう自分を叱咤激励しても足は動いてくれない。
揺れる忍者刀が一歩二歩と迫ってくる。目を瞑ってしまいたくなるが、それだけはやるわけにはいかない。それは、忍者が教えてくれたことだった。




