第二十五話・エンマとヤマと
ヤタガラスの首が落ちた。広目天が死んだことにより伝達機能を失い、エンマが利用価値無しと判断したのだ。
「無益な殺生を…」
鉄格子を隔ててエンマと向かい合っているのはヤミである。長い黒髪の美しい女性で、手枷をはめられ、その先に付いてある鉄球に自由を奪われていた。
「僕の所有物をどうしようと勝手だろ、義姉さん」
義姉さんとエンマが彼女を呼称したことから分かる通り、ヤミはヤマの妻である。ヤタガラスの亡骸を蹴飛ばしエンマは鉄格子に手をかけヤミを見下す。
「なんですか…」
エンマは憎悪に満ちた目で睨まれているのにも構わず不敵な笑みを絶やさず話をする。
「吉報だよ。広目天と、恐らく増長天が死んだ。ヴァルキリーと義姉さんの友達が頑張ってるみたいだね。おかげで四天王は多聞天一人になっちゃったよ」
エンマは両手を広げて首を振るも、全く悔しがったりした様子はない。ヤミは心底理解できなかった。
「こんな動乱、成功するはずがないんです。分かったらこんな馬鹿げたこと止めなさい!」
エンマはヤミの怒声を聞き流し話を続ける。
「さっきのヤタガラスだけど、面白い情報を持ってきたよ。どうやら鬼狩りの血筋が広目天を倒したみたいなんだ。けど持国天と増長天を倒したのは半鬼じゃないかって…」
「っ!!」
ヤミは思わず固唾を飲んだ。肩は震え顔は青ざめ始める。
「さぁて、迎え入れる準備をしないとね」
エンマはそう言い残し鉄格子から離れた。ヤミはエンマが部屋を出ると震える身体のまま祈り始めた。
エンマは次にヤマを監禁している部屋を訪れた。ヤマは鉄格子の奥で手枷足枷をはめられ鎮座していた。
「朗報だよ。そのうち助けが来るかもね」
「…四天王が敗れたのか?」
長い間口を開いてなかったのかヤマの声は掠れて小さかった。そこに天国の長の貫禄はなかった。
「まあね。後は多聞天だけだよ。地獄と天国両方で反乱が起きちゃって困ったもんだよ」
ヤマは二の句を告げようとはしない。エンマと口を聞きたくないのか、絶望しきっているのか。
「ヤミはこれを聞いたら一瞬希望を抱いたみたいだったけどね」
「一瞬…? 貴様、ヤミに何を言った!」
ヤマが興奮気味に声を荒らげる。手のひらに火球が浮かぶ。しかし火は手枷に吸い取られ、それの締め付けが強くなった。それを見てもエンマの不敵な笑みは変わらない。
「気になるんなら直接聞いてみればいいんじゃないかな?」
「貴様…!」
急にヤマは尻込みした。苦虫を噛み潰すような表情をしている。
「まあ今の兄さんに出来るわけないか」
エンマはどうでもよさそうに呟き部屋を後にした。
そして彼が向かったのは元天国宮殿謁見の間。そこには最後の四天王多聞天が待機していた。
「やあ、遠路遥々ご苦労様。地獄は清姫に任せてきたのかな?」
「はい。地獄での数々の失態、こんな面目のない私にいかなご用でしょうか」
多聞天はエンマの登場からずっと頭を上げようとしない。エンマはそれに構わず話を続けた。
「君には反乱の象徴となっているやつらを倒してもらうよ」
持国天らと地獄組の戦いは多聞天をヤタガラスを通して知っていた。亜依奈と覚醒したメタボが脳裏に浮かぶ。
「そのため君に白虎を授けたいと思う」
「ありがとうございます、エンマ様」
エンマから白い光が放たれ、多聞天の刀に入った。その鍔に白虎が描かれる。
「その刀に白虎が宿った。これで容易に地獄に戻れるね」
「ありがたき幸せ。それでは早速…」
立ち上がり去ろうとする多聞天をエンマは引き止めた。
「待って。ここで戦って欲しいんだ」
多聞天は振り返り怪訝な顔をした。
「つまり、ここまで誘き寄せよと?」
「ああ。反乱の象徴たる彼らは見事天国宮殿までたどり着く。だけど僕や君に一網打尽にされちゃうんだ。素晴らしいシナリオだろ?」
「なるほど、素晴らしいお考えです」
多聞天はニタリと笑い天国宮殿を後にした。
広目天戦後。ヤッシーと若頭が合流し亜依奈の元へ集まる。論点は一つ、忍者のことだ。
「全員無事ってわけにはいかなかったか…」
ヤッシーはそう口に出してみたが、理解は出来ても納得出来ないでいた。
「本当にすまない…」
沈んだ亜依奈の声。目を反らすメタボとお嬢。ヤッシーと若頭は事実として受け入れるしかないと悟った。
「まあ、仕方ない…、って言うのは薄情だけど。忍者の旦那だって覚悟はしてただろうしさ。顔を上げてさ、せっかくの美人なんだから」
周りが凍り付くようなキザッたい台詞。堪えきれずお嬢は刀の柄でヤッシーを殴った。
「お前はこんな時に何を言ってんや!」
「いやだってずっと仮面着けてて素顔見たことなかったからっ!」
落ち込んだ空気に暖かさが広がる。もしかしたらヤッシーは重い空気を変えたかったのかもしれない。
「とにかくこの件はこれで終いや。ここで足止めたら、忍者も浮かばれへん」
お嬢が沈黙を破り立ち上がる。若頭はお嬢が忍者によく慕っていたのを知っていた。この中で誰よりも悲しいはずのお嬢が吐き出したい気持ちを抑え歩を進めようとしているのだ。ヤッシーが空気を変えたとは言え、簡単に切り替わるものではない。ならば忍者の代わりにこの人の行く末を見届ける。心の中で若頭は誓った。
「ああ、そうだな、お嬢。亜依奈さん、次はどうするんだ?」
「…情報収集だ。広目天の下には色々集まってくるはずだからね。けどメタボとお嬢には別にすることがある」
「うちも?」
亜依奈は体力が回復しきっていないのに玄武を呼び出した。
「この子たちを頼むよ」
玄武はゆっくり頷き事態を飲み込めないメタボとお嬢を自らの背中に乗せた。
「せめて説明してくれよ!」
そんなメタボの叫びもむなしく玄武は彼とお嬢を連れて光を纏い消え去った。
「鬼だなあんた」
「そうだよ。今さら気付いたのかい?」
亜依奈はわざとらしく笑ってみせた。
「それで俺たちは何をすればいい?」
「情報収集って言ったろ。広目天の下には色々集まってくるからね」
「ふむ、分かった…。が、お嬢は…」
若頭は玄武が消えた宙を見る。
「大丈夫、あの子らならきっと…」
亜依奈は立ち上がり奥へ進んでいく。二人も自分たちの出来ることはしようと亜依奈についていった。