第二十四話・増長天
太一はランスからビームを出す。増長天は難なく避ける。試しに出しただけなので別に構わない。それに牽制にもなったようだ。しかし体勢を崩した増長天を狙うには些か距離がある。太一はビームを撃ちながら距離を詰めることにした。
「ち、バンバン撃ちなくりやがって!」
増長天は鬱陶しそうにビームを避けている。鎖で防ぐことが出来ない以上、避けるしかないのだろう。フェアシュテーエンのおかげで射撃精度は悪くない。
「だぁっ! うざってえっ!」
増長天はビームに構わず鎖を太一目掛けて伸ばした。ビームが増長天の脇腹を貫く。鎖は太一の足を掠めた。
「ぐっ…」
掠めただけとはいえ痛烈な衝撃が太一の足に走る。思わず体勢を崩し片膝をついてしまう。
「よっしゃあっ! 続けてぇっ!」
さらに二撃目が太一の太股を叩きつけた。
「がぁっ!」
太股を抑え悶え苦しみそうになるが、何とか気力でもち直した。さらに気合いを入れ立ち上がる。
「魂を削られるってのはどんなもんなんだろうなぁ…」
卑しい笑いを漏らしながら増長天はジリジリと寄ってくる。
ぐしゃり。
「ああ?」
進行を止めるかのように増長天の右足に何かが刺さった。ジャベリンである。刺さった角度からどこから飛んできたか推測しその方向を見た。足に刺さったジャベリンを抜き、その先にいたのはサレナである。
「なんだ? やる気になったかぁ?」
「………」
サレナは肩で呼吸をし、ジャベリンを投げた手は震えている。
「ち、戦意の無いやつが邪魔すんじゃねぇよ!」
増長天は鎖をサレナ目掛けて伸ばす。
「っ!!」
サレナは固唾を飲むだけで動くことが出来ない。しかし鎖が彼女を貫くことはなかった。太一の出したビームのおかげである。
「お前の相手はこの僕だ…。サレナさんは僕を倒してからにしろ!」
「ああ? ああ、そうだなぁ。んじゃ、言う通りにしてやるよぉ!」
鎖が太一に伸びる。太一は歯をくいしばり後ろに跳んだ。
「ほう、まだ動けるんだなぁ。てめえマジで人間か?」
「さあ、今は違うかもな…」
太一は足の痛みに耐え自分を奮い立たせる。
ビームとサレナのジャベリンは確かに増長天を貫いた。傷が塞がれ回復した形跡がないはずなのに、彼にはまるで傷などないかのような振る舞いを見せている。やせ我慢をしている訳でもなさそうだ。本当にダメージがないのだろうか。いや外傷見ただけでダメージがあるのは分かる。ということは…。
「やっぱりこれしかないか」
太一はランスを構える。狙いは増長天の脚。フェアシュテーエンの恩恵で狙いを外すことなくサレナの作った傷にビームを放った。一寸の狂いもなくピタリと同じ傷を貫いた。
「器用な真似しやがるなぁ。だが俺には…、っ!」
増長天には何が起こったかすんなり理解出来なかった。だが解ってくると苛立ちを隠せなくなる。
「なんだよ、どうなってんだよ、なんで脚が動かねぇんだよ!」
増長天は無理に動かなくなった脚を動かそうとして倒れてしまった。
「痛みに鈍いだけで、身体しっかりダメージくらってるんだよ。右腕だって使ってないようだしな」
太一はランスの切っ先に光を集約していく。特大のビームで片をつける気である。
「まだだ! 俺にはこいつがぁ!」
増長天は足掻いて鎖を振り回し太一へ伸ばした。しかしそれは想定外の者を貫いた。
「サレナさん…?」
「大丈夫、この武器は私が封じるから…」
サレナは貫かれた自らに構わず鎖を握った。太一にはサレナの背中から鎖飛び出し、それが赤く染まるのが見える。ランスを落としそうになる。しかしソルジャーソングのおかげか何とか光の集約は続けられた。
「邪魔すんなっ!」
増長天は鎖を振り回しサレナを離れさせようとする。それはサレナの傷口をいじくるのと同義である。
「ぐっ…!」
鎖は大きく振り回されサレナも連なって宙を舞った。その時に隙が出来た。太一は増長天に特大のビームを浴びせた。強大な光の束が輝き劇場を照らす。ライトが切られた劇場にカーテンコールがかかることなく静寂が訪れる。
太一は倒れ込んでしまいたかったがそういうわけにはいかない。
「サレナさんっ!」
彼女は宙を舞いその隙に撃った。巻き込まれてはいないはずだ。ランスを放り投げサレナを探す。
ビームの跡は瓦礫ごと床が無くなり地面が露になっている。その上にサレナが横たわっていた。
「チャム! サレナさんを!」
「うん!」
二人は彼女のもとへ駆け寄る。太一は鎖の切れ端をサレナから抜き取り必死に呼びかける。
「チャム、早くっ!」
チャムは頷き治癒の歌を歌った。傷は塞がったが目を覚まさない。
「チャム、まさか死んじゃいないだろうな!?」
「大丈夫! 落ち着いて! 気を失ってるだけだから!」
チャムの言葉に太一は胸を撫で下ろした。
「そっか、良かった…」
「あら、私の心配はしてくれないわけ?」
太一は心臓が飛び出そうになった。振り向くと喜びが込み上げてくる。
「エレンさん!」
「はぁい、やってくれたわね」
エレンは片手をひらひら振って笑顔を見せた。鎧はボロボロだが顔などには外傷がない。戦っている間にチャムから治療を受けたのだろう。
「ちぇ、たっちゃんに良いとこ取られちゃったな。でもその子で戦ってくれたし、よしとしますか」
エレンは太一の持つランスを見て微笑んだ。
「サレナちゃんが目を覚ましたら行くわよ。他がどうなってるか気になるし」
「はい!」
皆は眠るサレナの側に腰を下ろした。瓦礫だらけの劇場は座り心地が悪い。だが彼女の寝顔はそれを忘れさせてくれるほど綺麗で安らぎを与えてくれた。
「今のうちにキス…、なんて考えちゃダメよ?」
「考えてませんよ! 少し気が緩んだだけです」
まだ浄瑠璃国を取り返したに過ぎない。エンマを倒さなければ、戦慄を促す鐘は鳴り止まない。
「そうね。でも今は勝利の余韻に浸っておくのも悪くないんじゃない? きっと次戦う時の糧になるわ」
「そういうもんなんですかね」
エレンが何を示唆しているのか太一には分からなかった。単純そうに見えてエレンが一番考えが読めない。だが、今は言葉通りに受けとめ一時の休息を身体に与えようと思った。