第二十二話・エレンVS増長天
遠くから喧騒が聞こえる。いや、そんな生易しいものではない。戦闘の音だ。きっと囮役に成功したのだろう。太一たちが無事でいてくれることをエレンは祈った。
浄瑠璃国は音楽・演劇の国と称され、いつも音に満ち賑やかな都市だった。しかし鬼に荒らされ、家屋や建物は倒壊し瓦礫の山が築かれいる。一体何のために占領したのだろうか。しかしエレンにそんなことを考える余裕はなかった。エレンの狙う増長天はおそらく後ろで構えて指揮を執るようなやつじゃない。自ら前線に赴き強敵を叩くようなやつだ。囮を使うこちらの作戦に勘づけばわざわざひっ
かかって一人で強敵と戦おうとするだろう。
エレンはしばらく進むと、半壊している劇場のホールに着いた。何故だか無性に気になりエレンは中に入っていった。
一歩進むだけで瓦礫を踏む音がするくらい中はぼろぼろでドーム状の天井は半ば崩れ落ち光が差していた。エレンは辺りを見渡すが誰も居らず、それでも気になったので舞台へと足を運んでいく。足音がするだけで不気味なほど静かなまま、舞台まで来る。軽く飛んでそれに上がる。
「バットエンドの悲劇のヒロインのご登場か?」
エレンは観客席の方を振り返った。そこには脳裏に焼きついて離れない姿があった。
「増長天…!」
増長天はニタっと笑うと観客席の一番後ろからジャンプし舞台に着地した。その衝撃で舞台にひびが入る。
「なんだあ? 釣られてやったのにてめえか?」
明らかに落胆した声で増長天はエレンを見下す。エレンは歯をくいしばりランスを構える。
「腰がひけてんぞ? ち、マジで囮を潰した方が良かったかもなぁ…」
増長天はつまらなそうに金棒を回し始めた。ここまでバカにされて黙っていられるエレンではない。
「はぁっ!」
「おおっと」
エレンはランスで突撃しようとしたがひょいとかわされてしまった。
「てめえそれでもヴァルキリーで一番強えのか? 時間あったんだからちったあ強くなってこいよ!」
今度は増長天から攻めた。金棒がエレンの背後を捉える。だが寸分のところで飛んで避けた。
「ち、羽ちぎってやる必要がありそうだなぁ…。そりゃもうズタズタになぁ!」
卑しい高笑いが劇場に響く。
「伸びろぉっ!」
増長天は金棒を振り回すとその勢いで金棒の柄の部分から先が伸びた。正確には金棒の中に鎖が仕込まれておりそれが伸びたのだ。
エレンは突然のことに驚き回避動作が遅れてしまった。
「きゃあ!」
金棒はエレンの羽を掠めた。エレンは一時はバランスを崩したが何とか持ちこたえた。
「やっぱ普段から使わねぇとダメだなぁ…。まあ直撃させちまっても面白くねぇか。遊んでやるぜ!」
増長天は金棒の仕込み鎖が伸びるのを利用して鞭のように武器を操る。
「この鎖はなぁ、俺の妖気次第で長さが変わるんだよ。つまり、どこに逃げても無駄なんだよぉ!」
エレンは避けても避けても来る攻撃に翻弄されている。これでは近づくことさえままならない。だがエレンはふと気付く。近づく必要などないことを。
次の攻撃を避けるとエレンは急速に上昇した。
「高く空へ逃げれば大丈夫ってかぁ!」
増長天は金棒を空へと向ける。エレンは急停止し、ランスを向かってくる金棒へ向ける。
「そこっ!」
ランスの矛先からビームが放たれる。それは見事に金棒を直撃した。
「ちい!」
増長天は即座に金棒の柄を放棄しビームを避けた。
「様ぁねぇなぁ…、しかし俺は素手も強えぞ?」
増長天は拳を構える。
「それでどうやって私に攻撃するつもりかしら?」
エレンはランスを増長天に向ける。だが増長天は臆することなく一つの瓦礫を手にする。
「こうやってだよ!」
増長天は瓦礫を投げた。それは物凄いスピードでエレンに向かう。咄嗟にビームを撃ちエレンはそれの直撃を防いだ。
「まだまだ瓦礫はあるぜぇ! ぶっ壊した甲斐があったってもんだ!」
増長天は次々と瓦礫を投げてくる。エレンはそれを何とか避け続けるが、体力と集中力が限界に近づいていた。
「もうへばり始めたか? つまらなねぇ。もう終わりにしてやらぁ!」
増長天は一際大きい瓦礫を投げつける。エレンは何とか避けるが、投げた直後にジャンプしていた増長天に気がつかなかった。
「おらぁ!」
増長天の拳がエレンの頬に入り、彼女を地面へと叩きつけた。
「やっと叩き落とせたぜぇ」
増長天は倒れているエレンの胸ぐらを掴み無理矢理立たせる。
「こう至近距離だとランスもビームも使えねぇだろ?」
「それはどうかしらね…」
エレンはランスを上に向ける。増長天はそれを訝げに見る。
「あぁ?」
ランスからビームが発射され残っていたドーム状の天井が破壊され、その破片が二人に向かって落ちてくる。増長天は咄嗟に離れようとするが、エレンは彼の腕を掴み逃れられないようにした。
「てめえぇ!!!」
破片は容赦なく二人に降り注いだ。石造りの天井の破片に埋もれていく。だが瓦礫の山を崩して増長天は這い出てきた。
「くそが、これくらいでくたばるかよ! マジでつまらなねぇことしてくれたぜ」
増長天はエレンが作った瓦礫の山を見る。一向に崩れる機会がない。増長天は唾を吐き捨てるとつまらなそうに劇場を出ようとする。
「まだ終わらないわよ」
声と同時に瓦礫の山がガラガラと音を立て崩れる。頭から血を流しボロボロだが毅然とエレンは立っていた。
「ち、弱いくせに…。仕方ねぇ、まだ相手してやるか!」
「はあぁっ!!!」
増長天は拳を向けて、エレンはランスを向けて互いに突撃する。彼の拳がランスとぶつかる時、エレンはビームを放出した。
「なにぃ!?」
思わず増長天は仰け反る。エレンは追い撃ちをかけるように蹴りを加え増長天から距離をとった。
「ち、俺としたことが油断しちまったか…」
増長天の右腕はいくつか焦げ痕がつき、煙が出ていた。
「まだ使えるみてぇだなぁ?」
増長天はぐるぐる右腕を回し、シャドウボクシングをする。どうやら右腕は問題なく使えるらしくエレンは愕然とした。
「残念だったなぁ…、まあよくやった方だ。褒めてやるぜ!」
立ち尽くして動けないエレンに増長天は左腕でアッパーカットを決めた。エレンの身体は放物線を描き瓦礫の中に沈んだ。
そこに終わった舞台の観客が現れた。太一、サレナ、チャムである。
「エレンさぁぁぁんっ!!!」
太一の叫びに彼女に応えはしなかった。