第二十一話・太一の咆哮
どうしても女性に抱えられてのワープには慣れることは太一はできなかった。そんな太一の慣れとは関係なく、無事ワープは成功し、天国の浄瑠璃国の外れまで着いた。
「どうして直接四天王のとこまでいかないの?」
「出た瞬間に袋叩きに会いたくないでしょう? だから先手を取られないためにわざわざ外れにワープしたのよ」
「ふ~ん」
「俺にいたっては抱えられたままだしな」
チャムには一々浄瑠璃国まで飛ぶのが面倒に思えたが、太一を見て納得できた。
「そか、太一が邪魔だからこんな面倒なことしたんだね」
「そんなにはっきり言うなよ!」
薄々実感していたものの、こうまではっきり言われては誰だって落ち込む。太一とてその例に漏れない。
「大丈夫だって、太一は私がいれば強くなれるんだから」
「チャム…」
無邪気な笑顔に太一はチャムが落ち込んだ原因であることも忘れて少し感動してしまった。
「やっぱり太一君って…」
「どうかした、サレナさん?」
サレナは独りごちていたつもりだったが太一に聞こえてしまっていた。
「え、いややっぱり二人仲がいいなって…」
「そりゃもちろんですよ。なあ?」
「私いないとなんにも出来ないもんねぇ」
少し二人の談笑が耳障りと思ってサレナは自己嫌悪に思った。二人が仲がいいのは戦闘時のパートナーだからいいことなのだが、サレナの心情は複雑だった。
それを知ってか知らずかエレンが切り替えを促すように話を切り出す。
「んじゃ、潜入としゃれこみますか。囮役は都市部に入ってからお願いね」
「分かってますよ」
一行は慎重に浄瑠璃国に近づいていく。鬼を見掛ける度にひやりとしたが幸いにも見つかることなく都市部に潜入出来た。
「んじゃ、囮役頼んだわよ」
「任せて下さいエレン隊長」
「よし、チャム!」
「うん!」
チャムはソルジャーソングを太一に歌う。それを聞きつけた鬼たちが太一達が隠れる物陰に忍び寄る。ある程度引き寄せたらバッとサレナは上に飛び上がりジャベリンを鬼たちに投げつけた。
エレンは鬼たちがサレナに注目している間にその場を離れ、増長天を探しにいった。
「こっちも準備OKだ! くらえ!」
太一はホルダーからチャクラムを取りだし一つを鬼に投げつけてもう片方で切りつける。一方は致命傷となり鬼を倒した。これが初めての鬼との戦闘ではないが、流血を見るのはあまり気持ちのいいものではない。だがまだまだ数は多い。そんなことを思っていられないのだと太一は自分を奮い立たせた。だがつい弱音を吐いてしまった。
「く、こんな乱戦初めてだ…」
「こういう時こそ私の出番でしょ」
チャムがヒラヒラと鬼達の中心に向かっていく。
「お、おいチャム!?」
心配する太一を余所にチャムはウインクをしてみせた。
「まあ任せてよ! フェアリーララバイ!」
太一とサレナは咄嗟に耳を塞いだ。鬼たちはチャムの歌声に構わず動きを止めた二人を狙う。が、今度は鬼たちが動きを止めた。
「な、なんだこりゃ!」
「か、身体が痺れてきやがった…」
「しかも眠くなって…」
鬼たちは金棒を落としバタバタと倒れていった。それを太一とサレナはポカンと眺め立ち尽くしていた。
「じ、実は最強…?」
そうやっと口にしたがチャムは不満だった。
「もう! もっと気の効いたこと言えないの?」
「いや、なんか根本から僕らの否定された気がして…」
「そうでもないよ。後三回しか歌えないし」
「え!?」
太一はさりげなくとんでもないことを言ったチャムを直視した。回数制限があるならもっと有効に使うべきだろうに。
「一日五回歌えるんだけど、太一に使ったのとさっきので残り三回」
指折り数えて残った三本の指を太一に見せる。太一はため息をついてチャムに言い聞かせる。
「あのな、そんなに貴重ならもっと考えて使ってくれよ?」
「なによ、せっかく助けたのに言うことがそれ?」
頬を膨らませてチャムが抗議するがそんなこと聞いていられない。
「僕の指示で歌ってくれ。いいな?」
「むう、しょうがないなあ」
チャムは渋々了解した。太一は胸を撫で下ろしたがサレナは俯きかげんでなにやら呟いていた。
「亭主関白…?」
太一はそんな言葉を聞いてしまったが聞かなかったことにした。
ドタドタと足音が聞こえてきたのでその方に皆は注意を向ける。
「どうやら囮役としては上々のようね」
「みたいですね、サレナさん」
「よーし、頑張るぞ!」
「僕が指示したらね!」
普段ならチャムの不満の一つや二つ出てきそうなものだが、悠長に会話している場合ではもうなかった。一斉に鬼たちが姿を現し襲いかかってくる。
太一とサレナは武器を構えそれに備え、チャムは上空へと飛び上がった。
「やあぁっ!」
太一はチャクラムを大きくカーブをかけて投げ鬼たちを牽制する。手に戻ってくると出鼻を挫かれたまま突っ込んできた鬼たちを太一は斬り刻んでいく。ソルジャーソングのおかげで上手く首をかっ斬り一撃で仕留めていく。
「ち、やってくれるじゃねぇか。先にヴァルキリーをやるぞ!」
「おう!」
どうやら鬼たちのリーダー格が到着したらしく鬼たちの動きに統一性が見られるようになった。指示通りサレナに攻撃が集中する。
ランスと違い小回りのきくジャベリンでなんとか大勢を相手にしていたサレナだったが、多勢に無勢、処理仕切れなくなり腹部に金棒が当たってしまった。
「きゃあっ!」
「サレナさん!」
一度攻撃が当たってしまうとそこから隙が生まれてしまい次々とサレナに金棒が襲いかかる。
「くそぉっ! 退けぇ!」
太一は叫び両方のチャクラムを投げ鬼の首を切る。倒れた鬼から金棒を取るとサレナを攻撃する鬼たちを薙ぎ倒していく。
「お前らぁ! これ以上サレナさんに手を出すんじゃない!」
「太一…」
鬼たちは太一の覇気に萎縮していく。
「な、なんなんだよこいつはよ…」
「怯むな! たかが人間だぞ! 行かない奴が俺がぶっ殺す!」
鬼たちはリーダー格との板挟みにあい、葛藤の末逃げ出そうとする鬼が出た。
「貴様ぁ!」
「ひいっ!」
リーダー格は逃げ出そうとした鬼を金棒で撲殺した。頭を潰され惨たらしい血の痕が他の鬼の目に焼きつく。
「貴様らもこうなりたくなければ戦え!」
「う、うわぁ!」
残った鬼たちは恐怖にかられ太一に突っ込む。
「まだ抵抗するのなら容赦なんかしない…」
運良くサレナの側に落ちていたチャクラムを拾い上げ一旦金棒を置くと両方をカーブをかけて鬼に投げつける。二つとも戻ってくると、ホルダーに直し金棒で鬼をまた薙ぎ倒していく。どちらが鬼か分からないくらいに。
「チャム、ソルジャーソングってこんなに能力を上げるものなの…?」
「分からない…」
二人はこの光景をただ眺めるしか出来なかった。
いよいよリーダー格一人になる。
「く、くそったれが!」
金棒で殴りかかろうとするもリーダー格は太一の金棒に瞬殺された。太一は肩で息をし、まだ興奮が冷めないでいた。
そんな様子をサレナとチャムは蒼白とも取れる表情で見ることしか出来なかった。