第二十話・いざ天国へ
初めはエレンのスピードについてこれなかったが、太一は徐々に追いつけるようになった。チャクラムは当てられる用になったし、接近して切りつけられるようにもなった。
「たっちゃんやるようになったわねぇ~」
「だからたっちゃんは止めて下さいって…。気に入ったんですか?」
「もち」
太一は半ば諦めたように肩をすくめた。戦闘能力で追いつくことが出来てもこの人には絶対勝てない。そう思った。
「それよりやるようになったってことは…」
「ええ、いよいよ天国奪還ね」
そう話していると、サレナが偵察から帰ってきた。
「どうだった?」
「天国の五大都市全てが攻略されたようです。増長天とその側近が各都市防衛の指揮を執っています」
サレナが淡々と報告書を読み上げる。いつも落ち着きがある方でないエレンだが、何だかいつもと違う落ち着きの無さがあった。
「で、増長天はどこにいるの?」
「如来菩薩の国、浄瑠璃国です」
それを聞くやいなや、エレンはランスを持ち翼を広げた。
「んじゃ、行きましょっか」
「って作戦も無しにですか!?」
太一は面食らってしまった。敵陣に攻め込むのだから策の一つや二つ用意しておくべきではないだろうか。
「そんなのシャロンちゃんの担当よ。私頭使うの嫌いだし」
残念ながらシャロンは別の都市を攻略するのでメンバーにいない。チラリとサレナの方を太一は見た。何も答えない代わりにサレナは肩をすくめた。チャムは期待するだけ無駄である。そう思考した瞬間太一の後頭部に衝撃が走った。チャムが蹴ったのである。
「何か失礼なこと考えたでしょ?」
「考えてないよ。チャムは僕の大事なパートナーなんだから、無下に扱ったりなんか」
言葉でそう飾るも女性のシックスセンスは侮れないと思った。例えそれが小さな女の子だとしても。
「むー、やっぱり怪しい…」
「そう怪訝するなって。それより本当に策無しでいくんですか?」
これ以上チャムに掘り下げられるわけにもいかず太一はエレンに話を振りなおした。
「もちろんよ。第一奇襲が成功するかどうかも分かんないんだから」
「え、それって…」
太一に嫌な予感が過った。これが当たると今回の攻撃そのものが怪しくなる。
「そう、敵もこちらがワープしてくるなんて重々承知してるでしょうね」
太一は頭を痛めた。時間を無駄にかけて敵の戦力を増強させないために速攻を仕掛けたいのは分かるが、いくらなんでも無茶苦茶である。
「じゃあ四天王は私に任せてあんた達は雑魚を片付けてちょうだいな」
頭を抱える太一を見たエレンはため息混じりに言った。
「なんでため息つきながら言ってるのか疑問ですけど、分かりましたよ」
内心作戦と言えるものとは思っていなかったが、これ以上とやかく言う気が太一に起きなかった。
「サレナちゃん、よろしく頼むわね」
「はい!」
いよいよか、と太一は心の中で呟いた。エレンほどの実力をつけたとは言えないが、やれるだけ訓練したと思う。後は天国を取り戻すためやれるだけやるだけだ。
「んじゃ、たっちゃん。私とサレナちゃんどっちがいい?」
「はい?」
気合いを入れやる気になった矢先だったので太一はすっとんきょうな声を出してしまった。
「ワープ出来るのは私とサレナちゃんだけだから、抱えられるならどっちがいいかな~って」
エレンが上目遣いで太一をニヤニヤしながら眺める。楽しんでるな、この人…。緊張をほぐすためにやっているのだと信じたいが、そう信じられない人物であることは、数日の稽古で分かっている。
「それ、選ばないとダメですか?」
「あら、急に抱えられる方がお好み?」
太一は絶句しサレナは少し顔を紅潮させた。チャムはサレナの異変を勘づくも首を傾げている。
「どうしたのサレナ?」
「な、なんでもないわ」
サレナは顔を叩き気合いを入れ直した。
「太一君は私が連れていきます」
「あら、どうして?」
エレンはニコニコしながら首を傾げる。
「まずそんな大きなランス持ってでは太一君を抱えるなんて出来ないでしょう?」
サレナはランスを指差す。エレンの一・五倍はありそうな大きさである。それに比べてサレナの武器はジャベリンという投げ槍。腰に下げたホルダーに七本収まるほどの大きさで、両手が空く。
「ふ、甘いわよサレナちゃん。私にとってたっちゃんを片腕で抱えるなんて楽勝なんだから」
そう言ってエレンは太一を脇に抱えた。
「うわっ、ちょっと!?」
背丈はエレンと太一でそう変わらないのに軽々と抱えれた。太一は相当なショックを受けた。これではメンツも何もあったものではなく、文字通り荷物扱いである。
「は、離して下さい!」
「う~ん、気に入らないみたいね。やっぱサレナちゃんに任せるわ」
パッと太一を解放した。急にだったので太一は地面と口付けしかけたが、寸前で手をつきそれは免れた。
「さて、みんなの緊張もほぐれたことだし、いっちょいきますか」
本当に緊張をほぐすためにやっていたのか甚だ疑問だが、皆は気持ちを戦いへと切り替えた。
増長天が指揮を執っている浄瑠璃国。そこにある建物の一室に彼は佇んでいた。彼の相棒である金棒を一心不乱に磨いていた。そこに一人の鬼が入室してきた。
「失礼します! 増長天様」
「ああ?」
少しかすれたドスのきいた声で増長天は答える。鋭い眼光は誰も寄せ付けない禍々しいものを持っていた。しかし鬼はそれに臆することを忘れ慌ただしく報告書を読み上げた。
「持国天様に引き続き広目天様もやられました…!」
「んだと?」
増長天の眉がピクリと動いた。
「ち、死人共の分際で舐めた真似してくれるじゃねぇか…」
「多聞天様に戦力を御送りにならないでよろしいのでしょうか?」
「ああ?」
金棒を掲げたり透かしたりして増長天は相棒の磨き具合をうかがう。
「んなもん要らねぇよ、あいつには。それよりこっちの守りを固めろ」
「は?」
鬼がキョトンとすると増長天は不機嫌そうに怒鳴り散らした。
「そろそろ生き残り共が動き出す頃だろうが! 馬頭鬼、牛頭鬼、虎頭鬼に伝令しろ! パーティーの準備は抜かりなくってな!」
「は、はい!」
鬼は入ってきた時以上に慌ただしく部屋を出た。
「へっ、楽しくなってきやがったぜぇ…」
増長天はニヤついてまた金棒を磨き始めた。そして自分の納得のいく出来になるとゆっくり部屋を出た。