表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼の世  作者: ハスキー
2/41

第二話・地獄

 地獄逝きが決定したメタボは今から地獄に赴く恐怖より、格好よく兄と別れられた自分に酔って満足感でいっぱいだった。

「鬼さんよ~、地獄ってどんなとこ?」

 という軽口まで出た。調子のいいやつである。鬼は腹が立ち、手に持った金棒で地面をたたいた。その衝撃音が響き、メタボはびびった。

「人間ごときが、鬼に話しかけんじゃねぇ!」

 言い終わると前に進み出した。

「さすが鬼、おっかね~」

 口は強気だが内心めちゃくちゃびびっていた。先程まで持っていた満足感などとうに消え、恐怖心でいっぱいになっていた。

しばらく歩くと鉄格子、薄暗い部屋々々とかなりポピュラーな牢屋に着いた。「来るべき時が来るまでここで生活してもらう」

 来るべき時? そんな疑問が一瞬過ったが恐怖心に満たされた今のメタボはそれを声に出すこともできず牢に入れられた。

鬼の足音が遠退いていくのを耳で確認するとメタボは胸を撫で下ろした。しかしそうしたのも束の間、また恐怖に凍り付いた。牢に居る面子が強面のおじさんばかりが目についたからである。こんな方々と一緒に暮らすなんて、メタボはお先真っ暗になった。

「新入りかい、ヤッシー!」

「へい」

呼ばれて出てきたのは肌は荒れ、小太りで冴えない青年だが、他の方々と比べるとだいぶメタボにとってマシだった。

「俺はヤシマドル・M・ドリマーだ。長いからヤッシーでいいよろしく」

 そう言って手を出し握手を求めきた。変な名前で冴えない面とは言え強面たちのお仲間なのだ。メタボは恐る恐る出された手を握った。

「は、早川雅人だ。よろしく」

 握った手と顔の表情からメタボが恐怖を持っているとヤッシーは読み取った。

「そう怯えんなって」

 ヤッシーは笑ってみせた。メタボはこんな不細工な笑みを浮かべるやつに怯えるなんて馬鹿らしいと思った。それは地獄で初めて感じた安堵だった。

「そうだな。俺はメタボでいいよ、生きてる時ずっとそう呼ばれてたんだ」

「そ、そう?んじゃメタボ、改めてよろしく」

「ああ」

 メタボはいつの間にかヤッシーのことをヒーマンと重ねていた。たぶん、気が置けない仲になるだろうと思った。

 自己紹介もそこそこにメタボはここのことを聞いた。何をさせられるのか、どんな生活を送らねばならないかなどなど。そして日本人が古来より思い描いた通り針の山があったり大釜があったり灼熱があったりするらしい。しかしヤッシー達がいる牢獄は八大地獄の黒縄地獄、等活地獄に近いためそこで責め苦を受ける。この二つの地獄は主に獄卒に斬られたり殺し合いを演じさせられたりするのだが、大釜で煮られる責め苦もある。さらにこの地獄の奥底にはタルタロスという、地獄以上の苦しみが待つ場所があるという。

 まだちゃんと理解したわけじゃないついでに兄が逝った天国についても聞いてみた。が、地獄に落ちたヤッシーがよく知るわけもなく、いつくかの国があり、どれも楽園なのだろうとのことである。

 色々なことを一辺に言われ軽く知恵熱が出そうになっていると、獄卒鬼が徘徊してきた。

「お前ら時間じゃ、はよう出い!」

 言われた通りメタボもヤッシーも恐面のおじさん達も牢を出た。これから行くのは黒縄地獄だろうか、それとも等活地獄だろうか。メタボは考えを巡らせば巡らすほどやるせなくなってきた。切り裂かれるのも、煮られるのも嫌だが、ヤッシー達と殺し合いをするのもっと嫌だと思った。

 牢がある場所は大きな洞穴の中で、その中のたくさんの小室が牢になっている。メタボはそのことに洞穴から出て初めて気が付いた。そして洞穴を出て地獄の風景を見た。それは初めて見た感じがしなかった。奥には針の山が見え、周りは岩だらけで全体的にどこか暗い。そう、死んだ日に見た夢と同じ光景なのだ。

 しばらく歩き、黒い壁の前で止まった。梯子がかかっており、なにやらグツグツ音がする。そして何より暑い。

「あ~、今日は煮沸地獄か~」

 ヤッシーはもう慣れてるのか軽い感じで、周りのおじさん達も同様である。

「はよう登れ!」

 鬼が金棒を梯子を向け指示を出す。皆は指示通り梯子を登り始めた。初めて煮沸地獄に臨むメタボにとっては異様な光景に見えた。慣れてしまえばこうなるのだろうか? 殺し合いをさせられる時も? ともかく今のメタボには嫌々従うしかなかった。

「あつっ!」

 梯子に手をかけると熱が伝わってきており木製だというのに発火していないのが不思議なぐらいだった。熱さに耐えながら上まで登ると灼熱が見えた。これは大きな鍋らしくその縁に死者達が並んでいた。

「よし、全員登ったか。飛び込め!」

 恐怖で固まっているメタボを余所に皆は次々と飛び込んでいった。そして悲鳴や叫び声が聞こえてくる。慣れた様子だったのが嘘のようである。

 まだ飛び込んでいないメタボを見つけた鬼が近付いてきた。

「何やっとんじゃおんどりゃぁ!」

 鬼はメタボにケツバット、否、ケツ金棒をし大釜に叩き落とした。メタボは叫びながら落ちていき、落ちたら落ちたで叫び悶え苦しんだ。三時間ぐらい経ち、ヤタガラスという三本足で翼を広げると人一人分はあるぐらいの大きさの鳥が死者達を回収し上まで運んだ。

「これが地獄か…」

 当たり前だが死ぬことはないが、痛み、苦しみはある。こんな責め苦ばかりが続くと思うと絶望した。

牢に戻されると、変わらずヤッシー以外は恐い顔のおじさんばかりだが煮沸地獄と比べるとほっと出来た。

「どうだった、初めての地獄は?」

「どうもこうもねぇよ…、こんなのが毎日ってやってらんねぇよ」

 ヤッシーが話しかけるとメタボは座り込み疲れを露呈した。

「残念ながら、エンマが地獄の主である限り変わらんよ」

「エンマ?」

 メタボにとってエンマは確かに地獄に君臨してそうなイメージはあるが、どちらかというと霊界で地獄か天国かの裁きを下すイメージの方が強い。そういえば、自分が地獄行きを宣告されたのはただの鬼ではなかったか。エンマの職場放棄だろうか。

「そうだ、紹介しておきたい人物がいるんだ」

「え? 他に誰かいんの?」

見渡してもすでに煮沸地獄で共に苦しんだ者しかいない。ヤッシーほど言葉を交わしたわけではないが、今さら紹介してもらうほどでもない。

「別にいいっスよね?」

「終わったばっかやしちょうどええやろ。案内したれ」

「へい、こっちだ」

ヤッシーが何か許可をもらうと壁を崩しだし、穴が露になった。どうやら前から壊してあったようで、隣の牢と繋がってるようだ。

 穴を通り抜けると、数人はメタボらの牢と同様に恐い顔のおじさん、なぜか一人は忍者。まあそれは放っておいて、まさしく紅一点とはこのことだろう、一人少女がいた。その子は黒い長髪がよく似合う可愛らしい少女だった。

「お嬢、新入りでさぁ」

 ヤッシーの口調の変化も気になったがその子がお嬢と呼ばれることに驚いた。そしてメタボに悪い予感が頭によぎった。恐い顔のおじさん方がモノホンかもしれない。

「おうそうか。うちは月臣沙羅。お前はなんちゅう名前じゃ?」

 関西弁、かどうか分からないがとにかく訛ってて偉そうな口振りだと思ったが、貫禄があり似合い過ぎるとも思った。

「は、早川雅人です。みんなからはメタボと呼ばれてます…」

 迫力に潰されそうになりながらもなんとか言った。しかし同い年かそれ以下の少女にしか見えない相手に敬語で喋ってしまっているのでもう潰されてるかもしれない。

「そうか、ほなうちもメタボって呼ぼか。ヤッシー、説明してやんな」

「へい」

 片膝つけて頭を垂れていたヤッシーが立ち上がった。

「実はこの辺の牢に入ったやつはもれなく地獄組に入んなくちゃならないんだ」

 ヤッシーが遠くを見て暗い顔をしている。どうやらヤッシーも地獄組とやらに参加させられたクチらしい。

「そんな無茶苦茶あるかよ」

 小声で言ったつもりだがお嬢の耳には届いていた。

「なんやてぇ、地獄組入らん言うんか!」

 本気でこの場から逃げたいと思ったが勇気を振り絞って言った。いや、立て続けに起こる不条理な事態に苛つきが爆発したと言ってもいい。

「そんなわけ解んないもんに、入ろうなんて思うかよ!」

「なんじゃとぉ!」

 周りのおじさん達が懐からエモノ、ドスと呼ばれる小刀をちらつかせた。が、お嬢が手を広げ小刀を引っ込めさした。

「ええやろ。聞かせたるわ、理由ってやつをな。その代わり聞いたら後には退かれへんで?」

 その時のメタボは間違いなく何かが弾けており、後先のことなど考えていなかった。なぜ地獄の亡者でしかないはずのおじさん方が武器をちらつかせたことに疑問を持てなかったのだから。この牢に放り込まれた時点でもう何か抜け出せない領域に足を踏み入れていたのかもしれないが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ