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彼の世  作者: ハスキー
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第十五話・百々目鬼

 仮面を取った百々目鬼はうっすら笑みを浮かべるとそれを叩き割った。

「やっぱり綺麗な顔ね…、人間みたい。まるで妖術で化けたよう」

 羅刹女や夜叉等の女の鬼は容姿が醜く生まれるものである。それを嫌い妖術で顔を美しくしている者がほとんどだ。しかし亜依奈は生まれつき美しい容姿であっ

たのである。

「始めは半妖かとも思ったけど、にしてはあなた力強すぎるし…、何事にも例外があるってことかしら」

 百々目鬼は鋭く尖った爪で亜依奈の頬に傷をつくる。そこから一筋の血が流れた。

「容姿云々で妬んでるのかい、あんたは!」

「それもあるわね、けどそれだけじゃない!」

 百々目鬼は亜依奈の首に手をかけた。百々目鬼の妖術のため亜依奈は為す術がない。

「あなたは羅刹女や夜叉たちの希望だった…。美しくて、そこらの獄卒なんかじゃ相手にならないほど強いんだからね。そんなあなたが一体何をやっているのかしらね!」

 亜依奈は微かに苦しみに悶える声を出す。

「私の腕にある目の一つ一つに羅刹女や夜叉の妬みが込められているの。あなたは百もの鬼を相手にしているのと同じ」

 亜依奈はそれを聞いた瞬間、何人もの鬼にまとわりつかれているような感じがした。

「百々目鬼…、私を倒すために結託したのかい」

「ええ、あなたの裏切りを知ったらみんな喜んで力を貸してくれたわ」

「そうかい…」

 亜依奈の目から闘志の火が消えた。百々目鬼は首から手を離したが亜依奈の首はうなだれ上がらない。

「あなたを慕う者は沢山いたけれど、今じゃもうみんな敵」

 百々目鬼の言葉を返す気力も亜依奈にはなかった。

「さあ亜依奈、みんなを裏切った罪、その身で償いなさい!」

 百々目鬼の腕にある数多の目が光り亜依奈を苦しめる。亜依奈にまとわりつく幻想がきつくなったのを感じたからだ。それに加え百々目鬼は亜依奈を殴り傷を増やしていく。

「いい様ね亜依奈…。今の姿をみんなに見せてやりたいわ」

「………」

 亜依奈は首を垂れたまま動き気配が無い。どうやら気を失ってしまったようだ。



 亜依奈は優秀な夜叉だった。流星の如く突如獄卒たちの訓練施設に現れた彼女は、早々にこの訓練施設のトップに踊り出た。妖術や幻術を得意とする者が多かった羅刹女や夜叉にとって、役鬼や羅刹並みに力と体力があり、妖術と幻術にも耐性がある亜依奈は奇抜な存在に見えた。百々目鬼はそんな亜依奈に惹かれた一人だった。

「あ、あの亜依奈さん」

「なんだい?」

 百々目鬼に不意に声をかけられ、亜依奈は立ち止まって振り返った。

「あの…、どうしたらそんな風になれるんですか? 普通夜叉って妖術強いけど腕力は弱いはずなのに」

 どうやら理論先行の考えのようで亜依奈の強さが理解し難いらしい。

「さあねぇ。普通はそうかもしれないけど、あたしは例外とでも考えればいいんじゃない?」

「そんな…、例外だとしても度が過ぎてます!」

「って言われてもね…」

 亜依奈は困って頭をかいた。自分にすら分からないのにどう説明せよというのか。

「実はその仮面に秘密が?」

 百々目鬼は仮面を指差した。仮面について聞かれると思っていなかった亜依奈は言葉を探すのに手間取った。それを百々目鬼は狼狽えたのだと思い、さらに追い詰めるように質問を重ねる。

「やっぱり何かあるんですね! それをつけると妖術が効かなくなるとか?」

 本当のところを当たり障りなく言うのが面倒になった亜依奈は頷いた。事実この仮面にはそういった能力もあるため嘘ではない。

「やっぱり! 通りで私の鳥目が効かないと思ったら!」

「鳥目? 腕の目のことかい?」

「ええ」

 百々目鬼は腕を捲って見せた。鳥目と呼ばれるわりには、人間の目を大きくしたような形である。

「相手の妖気を吸収したり金縛りにあわせたりできるんですよ。もちろん360度見渡すこともできます」

 亜依奈は百々目鬼と模擬試合をしたことを思い出した。死角をついたはずなのに百々目鬼はちゃんと受け身をとっていたのだ。

「すごい目じゃないか。これでスピードを鍛えれば確実に攻撃を避けられる」

「あ、ありがとうございます…」

 百々目鬼ははにかんで頭を下げた。亜依奈は気障に手を降ってその場を去ろうとした。

「待って下さい! 私と仮面無しで戦って下さい!」

 亜依奈は首を横に降った。

「この仮面は一心同体だから無理だよ。それに化粧の妖術は苦手でね」

 歩みを進めようとする亜依奈の裾を百々目鬼は引っ張った。

「それ、嘘です。でも仮面有りでもいいですから!」

 亜依奈は肩をすくめて答えた。

「分かったよ。あんたがスピードを兼ね備えたら戦ってやる。それでいいかい?」

「はい! ありがとうございます!」

 百々目鬼は満足そうに頭を下げて礼を言った。約束ですからね。そう嬉しそうに言って百々目鬼は修行に向かった。

 そして数日後、訓練施設に衝撃が走った。亜依奈の行方不明の報である。その頃自分の満足のいくスピードを身につけた百々目鬼は、途方もない悲しみに沈んだ。

 裏切られた? 捨てられた? 忘れられた? 浮かんでくるのは亜依奈への不信感を煽るような感情ばかりである。それが怒りに変わるのにそう時間はかからなかった。

 今度出会ったら確実に仕留める。感じとった色んな感情を全てぶつけて。それからの百々目鬼は着々と実力をつけていき、四天王の一人広目天の側近の地位まで登り詰めた。

「ほう、あの訓練施設の出ですか…。亜依奈もいれば攻撃面も強化されて良かったのですが…」

 広目天の心ない言葉が百々目鬼に刺さる。

「まあ私の部下なら貴女以上に相応しい人はいないでしょう。尽力して下さいね」

 その言葉は先ほどの言葉を帳消しにさせるほど百々目鬼に届いた。

「はい、尽力させてもらいます。貴方の部下として…」

 百々目鬼は跪き、深々と頭を下げて言った。



 これは、百々目鬼の妖気に刻まれた記憶? 亜依奈は意識を取り戻していた。微かに開いた目の先には哀しそうな表情をした百々目鬼がいた。彼女は自分がいなくなった後どんな気持ちでいたか思いしらされた。だがそれゆえに自分のしていたことを否定することができない。

「と…、ど…めき」

 百々目鬼は声に過敏に反応し顔を手で覆い後退んだ。

「まだ息があったなんて…」

「私は腕っぷしと根性だけは強くてね。あんたの妖術なんか根性で…!」

 亜依奈は叫び妖術を根性で振り払おうとした。

「止めなさい! そんなことをしたって私の目に捉えられた者は…」

 百々目鬼の制止も聞かず苦痛混じりの叫び声が虚しく響いていた。

「そんな…」

 亜依奈の腕は妖術に逆らい自由を取り戻していく。そして四肢全てが動くようになった。

「身体にまとわりつく想い全て背負ってでも…、私は自分の道をいかなくちゃならないんだ!」

 亜依奈の決死の叫びが身体全てを解放した。百々目鬼の妖術を破ったのである。

「広目天が生きてる以上、詳しく言えない。勘弁しとくれよ、百々目鬼」

 亜依奈はボロボロの身体にも関わらず屈託のない笑顔を百々目鬼に見せた。

「あ…、貴女がそんなだから、殺さなくちゃいけないんだ!」

 百々目鬼は鋭い爪で襲いかかる。亜依奈は金棒を拾い一振りで彼女をぶっ飛ばした。地面に叩きつけられ、百々目鬼は立ち上がる気配はない。

「どうして、貴女は…」

 涙でかすれた声が虚しく響く。

「私を…、頼って…」

 もう声は聞こえなかった。それを聞く人もすでにいなかった。



「百々目鬼、貴女までもが…」

 千里眼で戦いを見ていた広目天が独り呟いた。

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