第十三話・広目天の嘲笑
玄武とともにメタボたちは光を抜けた。するとそこは広目天の館ではなく火の粉が飛び交う森だった。
「どうなってんだよ亜依奈さん!? 敵さんの本拠地じゃなかったの!?」
「おかしいねぇ…。まさかあいつ!」
亜依奈が目をやる先に突如広目天が現れた。直ぐ様忍者が手裏剣を投げる。しかしそれは広目天をすり抜けた。
「アーッハッハッハッ! 幻ですよ、妖術によるね!」
広目天の高笑いは皆には耳障りに聞こえた。
「狡いやつやのう。はよう来い! ぶった斬ったる!」
お嬢が剥き出しの闘志をぶつける。しかし広目天はそれを嘲笑うように話を進めた。
「私が手を出すまでもありません。あなた方は叫喚地獄が一つ、炎虫の森によって倒されるのです!」
広目天がまた高笑いを始めた。皆苛立っていたが幻である以上殴ることもできない。だがメタボはあることに気が付いた。
「俺たちは死人だぜ? 叫喚地獄だがなんだか知らないけど、地獄の刑罰なんだから殺せるわけねぇだろ!」
広目天はそんなメタボの発言をさらに嘲笑った。
「私は四天王が一人広目天ですよ? そんなこと分かってるに決まってるじゃないですか! そこの炎虫には私が手を加えました。魂を喰らうようにね!」
広目天は指を鳴らし、炎虫に皆を襲うよう合図した。メタボ達は炎虫を避けたり武器で叩き落としたりして対応していく、しかし如何せん数が多い。
「確かに厄介だが、こちらには亜依奈がいる」
「そうや! 傷付いたって回復してもらえる!」
また広目天の不敵な笑い声が聞こえた。
「何がおかしいんや!?」
「確かに亜依奈の存在は厄介です。ですからこういう手を用意しました」
広目天がまた指を鳴らすと、今度は地中から大百足が現れ、亜依奈に絡みついた。
「しまった!」
「アーッハッハッハ! 不覚でしたね! あなたには別のゲストを用意していま
すよ」
大百足は亜依奈に絡みついたまま地中に潜っていった。
「亜依奈さん!」
メタボの叫びも虚しく、亜依奈が地中から出ることはなかった。
「これであなた方は回復することはありません。せいぜい醜く足掻いて消滅して下さい」
そう言い残し広目天の幻は消えた。
「くそ、亜依奈さんがいないとなると何処にいけばいいかも分かんないし…」
ヤッシーの言う通り、亜依奈以外の者にとって叫喚地獄というのは馴染みのない地獄なので土地勘がない。ここを打破できたとしてもどうしようもないのだ。
「…皆伏せろ」
「は?」
「ええからしゃがめ!」
お嬢はメタボを無理やり抑えつけ伏せさせた。ヤッシーと若頭もそれにならい伏せた。
「符術・散爆符」
忍者は札をばらまきそれを爆発させた。炎虫はほとんど爆発に巻き込まれ消滅した。
「やつが妖術を使うなら志を強く持てば道は見えるはず…」
忍者の言葉で若頭は気付かされた。炎虫も森の景色も幻だということに。
「見えた! あそこに門がある!」
「何言ってんですかい若頭! そんなもんありゃしませんぜ?」
実は門は若頭と忍者にしか見えていないのだ。だがお嬢は若頭は信じられると思った。
「誠! 門まで走れ! うちらはそれについていく!」
「けどお嬢! この虫なんとかしないと走れやしないぜ?」
メタボの言う通り忍者が落としたというのにまたうじゃうじゃと炎虫が飛び交い出していた。
「…俺が道をつくる」
「分かった」
メタボとヤッシーにはどういうことかさっぱり分からなかったが、お嬢と若頭は承知した。
「符術・散爆符」
忍者はさっきと同じようにして炎虫を消滅させた。
「走れ!」
若頭のかけ声で二人は走り出した。メタボとヤッシーも戸惑いながらついて走り出す。しかし忍者は走っていなかった。
「忍者!?」
踵を返そうとするお嬢を若頭は腕を掴んでそれを憚り走った。若頭が言う通り、門は確かにあった。若頭は門を蹴り開け、皆でその中に飛び込んだ。メタボとヤッシーはその場に荒い息で倒れこんだ。
「誠! お前、忍者を見殺しにしたんか!?」
お嬢が怒りの剣幕で若頭を睨み付ける。
「合意の上だ」
若頭はそれ以上語らなかった。お嬢はまだ反抗的な目を離そうとしない。ヤッシーはそんな若頭の拳が震えていることに気がついた。「お嬢、若頭だってそうしたくてやったわけじゃねぇんです。それに忍者を見殺しにしたってんなら皆に責任ありますぜ」
「うちは忍者のもとへ…!」
お嬢は言いかけてとめた。地響きがし、地面を砕く音がしたからだ。亜依奈を連れ去ったはずの大百足が地面から登場したのだ。
「こっちは四人。百足の化け物くらいわけないねぇだろ。お嬢も若頭も頼むぜ!」
「当たり前や! 忍者助けるためにも、ここで負けるわけにはいけへん!」
「無論だ」
お嬢と若頭が刀を構える。メタボとヤッシーも各々の武器を構えた。
亜依奈は大百足に地下に叩きつけられ、立ち上がろうとしている隙に、大百足に逃げられた。しかし目線の先は既に大百足の跡ではない。亜依奈の視線の先にあるもの、それは…。
「百々目鬼…」
「お久しぶりね、亜依奈…」
百々目鬼の目は穏やかな口調とは裏腹に冷めた、いや冷めた中に青白い憎悪の炎を灯した、そんな印象を亜依奈に与えた。
「私は広目天様から亜依奈…、あなたの抹殺の命を受けています。覚悟はいいかしら?」
「悪いけど、そういうわけにはいかないね」
亜依奈は青白い炎を払うように強気に金棒を構え先手に出た。百々目鬼は着ている着物を破り、両腕を露にした。
「私の目に痺れなさい」
「しまった!?」
百々目鬼の腕にびっしりある目を見た瞬間、亜依奈の動きは止まった。
「残念ね。私はもうその仮面を越えてしまったの。あなたにしては軽率な行動だと思ったけど…」
「く…、やるようになったじゃないか」
亜依奈は挑発するような口調をとるが、実際話すのがやっとである。
「まだ口をきく余裕があるなんてね。その仮面のおかげかしら?」
百々目鬼が亜依奈の仮面に手をかける。
「趣味の悪いことは止めなっ!」
「それが物を頼む態度? てかこれがなければもっと私の術に苦しむんでしょ? だったら取らないわけないじゃない」
百々目鬼はゆっくり亜依奈の仮面を外しにかかった。徐々に露になる亜依奈の素顔は、美しい人間の女だった。