第一話・死
至らない部分が多々ありますでしょうが、読んでいただければ幸いです。
ある青年は夢を見ていた。奥には針の山が見え、周りは岩だらけで全体的にどこか暗い。恐らくは地獄であろう。なるほど、地獄に落ちると言うが、あの世の地下世界だからなと納得した。歩き出そうとしたら何かを蹴った。景色を見ていた目線を下ろすと鬼が横たわっていた。頭から血を流している。自分の右手を見ると血糊の付いた金棒を持っている。つまり自分がこの鬼を倒したのだろうか。
「いや無いって。ったく可笑しな夢だな。さっさと覚めろよ、チビッちまいそうなんだけど…」
そう呟いた瞬間横たわっていた鬼が起き上がった。
「うわ! お前が目覚めんじゃなくて俺が目覚めんだよ!」
青年がそう叫ぶと鬼は青年に襲いかかってきた。
「うぉいマジかよ! うわぁぁぁ!!!」
一瞬辺りが暗くなり、目を開けるとベッドの中だった。周りには使いなれた机や椅子があり、間違いなく自分の部屋だった。
「んだよ。やっぱ夢かよ。チビッてないよな…?」
ベッド中を確認し安心して起き上がった。制服に着替えベルトが少しキツいと思いながら下のリビングに行った。青年は体格がよく…、いや太り気味で病院に行ったら「メタボ予備軍になるかもしれませんね」と言われたため、皆からメタボと呼ばれている。だがメタボはそんなことは特に気にしなかった。ちなみに本名は早川雅人。だがその名で呼ばれるのは家族と先生ぐらいである。
リビングに着くと朝食が用意されていることから家に自分一人であることに気がついた。いつも兄が朝食を作ってくれているのだが、起こしてはくれないのだ。
母はメタボが幼い時に他界し、父は転勤族でよく家を空けている。それで兄とほとんど二人暮らしなのでメタボには他に起こしてくれる人がいないのだ。
毎日のことだが起こしてくれてもいいのにと舌打ちをしていそいそとトーストと目玉焼きを食べた。締めの牛乳を飲み終わるころにバイクの音が聞こえた。
「やべっ!」
思わず声を漏らし急いで玄関に行き家を出た。
「ギリギリだな、メタボ」
「うるせぇヒーマン」
バイクの正体は友達の飛田卓。通称ヒーマン。こいつも太っていて肥満気味故にそう呼ばれる。類は友を呼ぶとはこのことであろう。
二人は下り坂でその先には交差点があるところまで辿り着いた。木が異常に道路側に成長していて下り坂か交差点を見ると視界が悪い。事故スポットとして有名なところだ。近所に住む者は魔の下り坂として恐れられている。
「おい! スピード落とせ!」
そう叫ぶも互いにヘルメットを被っているため聞こえない。ヒーマンはスピードを落とすもメタボは前しか見ていないのかそのことに気付かない。メタボは木の枝の隙間から信号が黄色に変わるのを見てスピードを上げた。そして横断歩道が見えたぐらいで自転車が飛び出すのが見えた。メタボはブレーキをかけようとするも物凄いスピードが出ていて、間に合うはずもなく、二つは衝突した。メタボも自転車の方もぶっ飛ばされ交差点の真ん中に落ちた。そしてトラックが来て、二人を引いてしまった。
ヒーマンが着いたころ、二人は変わり果てた姿になっていた。
「うっ…」
彼は思わず口に手を当てる。そして友人の死を意識し両膝を着いて涙を流した。既に人だかりができており、やがて救急車とパトカーのサイレンの音が聞こえた。
「ん…?」
メタボは起き上がった。周りを見るとお花畑が広がっていて、川のせせらぎが聞こえてきた。これってもしかしたらアレなんだろうか。メタボはまた寝転がった。死を意識し、全てがどうでもよくなった。だが、顔を横に向けるとメタボの顔が青ざめた。自分の兄貴が眠っている。どうしよう、逃げようか? 事故の記憶が蘇る。そうだ、自分が兄貴を殺したんだ。そう考えると逃げるわけにはいかなくなった。
「起きろよ、兄貴…」
軽く兄の体を揺さぶりながら起こそうとするが、なかなか起きない。
「おい、兄貴! 兄さん! お兄ちゃん! 兄上! お兄様~!」
さすがに調子に乗りすぎたと反省するもなかなか起きない兄に苛立ちが募ってきた。
「起きろよクソアニキ!」
「…誰がクソアニキだ!」
兄は上体を起こした。メタボは覚悟を決め話し始めた。自分たちの死のことを。その話を聞いた兄はメタボを殴った。
「痛っ! 死ねよクソアニキ! 」
「もう死んでんだろ! お前のせいで!」
しばらく兄弟喧嘩を繰り広げていると、黒いマントに身を包み、その顔はドクロというトランプのジョーカーやタロットカードで見るような死神が二人現れた。
「なんだテメーら!」
兄はすかさず死神だろ、とツッコミを入れた。死神たちはノーリアクションで鎌を構えた。
二人は魂を持ってかれるかと思い、足がすくんだ。鎌が二人の首を襲い激痛が襲いかかって…
「あれ、痛くねぇ?」
来なかった。しかし体のある異変に気付いた。声が出ない。それどころか体を自由に動かすことが出来なくなってしまったのだ。どうやらこうして三途の川を渡らせるらしい。昔三途の川に落ちて生き返ったという話を聞いたがそのためだろうか。
死神は小舟に乗り、メタボらもそれに連なり小舟に乗った。小舟がゆっくり動くにつれてメタボは不安になった。これまでの自分の生きざまを振り返ってみたのだ。小さな頃から悪ガキで、十三で不良と呼ばれていた。同級生も何人も病院送りにした。そして何より兄の死の原因を作った。この先が天国と地獄に別れているのなら自分は当然地獄だろう。
そう考えをめぐらし、謝罪と後悔の気持ちでいっぱいになった頃、小舟は岸に着いた。小舟を降りしばらく死神に連れられて歩くと、長い列が見えた。どうやら裁きを待つ死者の列らしい。
「畜生、どうにでもなれ! あ…」
声が出るようになり、体の自由がきいていた。いつの間にか死神が消えていたようだ。
「仕方ない、並ぶぞ」
メタボは兄の言葉に従い列に加わった。
「ごめん…」
死んでから初めての謝罪の言葉だった。
「…仕方ないって言ったんだよ、俺は」
それは三途の川を渡る前まで喧嘩した相手とは思えない言葉だった。メタボはてっきり嫌味の一つでも言ってくるかと思っていた。しかしメタボにとってその方がまだ楽だった。兄の態度が罪の意識を深くさせたからそう思った。
「ただ心配なのはお前だよ。自分でも勘づいてるだろうけど」
「分かってる。たぶん地獄だろうな…。天国行けるといいな」
「さあ、解らないな」
それは意外な言葉だった。メタボは自分の兄貴ながらこんなにクソマジメな生き物、他に見たことがないぐらい、兄は真面目な性格なのだ。自分と違ってお天道様に恥じる生き方はしてないはずだ。
「この世界…、って言っていいのか解らんけど、ともかく上に立つ人物がまともとは限らない。裁くのが気まぐれな人物ならどう転ぶか分からないな」
兄はこの時既にあの世のキナ臭さを嗅ぎ付けていたのかもしれない。しかしメタボは兄のまだまだどうなるか解らないという優しさだと解釈した。
やがてメタボと兄の裁きの番がきた。二人のイメージでは閻魔なりオシリスなり
と裁きを下す者がいるかと思ったが、そこには天使と鬼がいた。異様な組み合わせである。これは和洋折衷の部類に入らないだろう。なんというか、並んではいけない気がした。二人共別に宗教を信じてるわけでもないのにそう思った。
「早川太一さんですね?」
太一というのはメタボの兄の名前だ。太一はドキっとして恐々応えた。
「はい」
「貴方は天国逝きです。おめでとうございます」
太一は一瞬メタボがいることを忘れた。そして受験に受かった時のように狂喜乱舞した。先程のシリアスはどこに行ったのだろうか。
「キャッホーイっ! て、天国だぁ!!!」
狂喜乱舞する兄に心の中で舌打ちし、メタボは天使に訪ねた。
「あの、俺は?」
「貴様はこっちじゃ」
天使の代わりに鬼が答えた。メタボは肩を落として落ち込み、さすがに太一も喜ぶのを止めた。
「兄貴、天国で楽しくしろよ。俺は罪を背負って地獄で過ごしていくよ」
「雅人…。すまん、兄貴だって言うのに何を言っていいか分からない」
「いいんだよ。鬼さん、早く地獄に案内してくれよ」
「おう、行くぞ」
鬼が歩き出し、メタボはそれについて歩いた。太一は地獄へ歩いてゆく背中を黙って見送るしかなかった。これがあの世というものなのだろうか。そもそも自分は天国に逝けるような人間なのだろうか。そんな考えが太一の頭を過った。