第一回 吟遊詩人
第一回目は吟遊詩人である。
そもそも現代日本に吟遊詩人は存在しないに等しいので、我々はその重要性や役割をふわっとしかイメージすることができない。俳人の西洋版だと思ってる人も多いのではないだろうか。
まぁ、実際歩き回る西洋版俳人だと思えばいいとは思うが。
・吟遊詩人はボイスレコーダー?
吟遊詩人の真価は元より文字の無い時代において『職業』たりある価値を持っていた。
遡れば紀元前数百年のギリシャ、西洋文学最初期、ホメロスの時代から吟遊詩人はいたのだった。
ホメロスと言えば『オデュッセイア』と『イリアス』だと高校の世界史で習った方も多いのでは無いか。
ホメロスは冒険の『オデュッセイア』と戦争の『イリアス』を描いており、あのアキレウスやヘクトールの話なんかは有名だろう。
しかしながら、どちらも最初は全て口伝で伝えられた物語なのだ。10,000行にも渡る膨大な物語、その全てを口伝で伝え続けたというのはなんと凄まじいことか。今の時代は文字があり、パソコンがあり、なんからボイスレコーダーのスイッチを押せばそれだけで記録できてしまうが、そのボイスレコーダーの役割を『吟遊詩人』が担っていたのだ。
なんと本当にそんなことができるのか?
ライトノベルでも文字数は最低10万字を超えてから出版される(『文字』と『行』を比べるのは詐欺的だが) それでも、読者である私たちは内容はどうだったか、かいつまんで陳述することはできるだろう。では、最初のページがちょうど一万行までを一回のミスもなく諳んじられるか?
いや、出来ないはずだ。
読者方の中には一眼見ただけで全て暗記できる希少な才能を持つものがいるかもしれないが、では吟遊詩人たちがそう言った特別な記憶能力を持った者たちだったのかと言えば違う。
彼らの記憶術は、歌うことにあった。
・ムーサによって歌う者
かつて詩とは歌だった。
今もそうではあるが、最近は詩を読む機会も減り、声に出して歌うものだったことを忘れている人も多いのではなかろうか。
詩にはリズムがあり、歌詞として物語が乗っていたのだ。
そして、そうやって『歌うこと』こそどんな長さの物語をも一言一句違えず伝承できる秘訣だったのだ。
今日日私たちもCMなどが妙に頭に残ることがある。意図して覚えようとしているわけでは無いのに、いつのまにか『千の風になって』を覚えてたり、ビッグカメラのCMを口ずさんでたりしてしまっている。
音楽というのは耳に残るもので、耳からリズムが離れないイヤーワームという効果まである。それほど耳で聞いたリズムのある歌というのは強烈に記憶を刺激するのだ。
ましてや、紀元前まで遡れば今のような娯楽も少なく、むしろ歌うことが主流な娯楽になっていただろう。
歌ったのだ。
吟遊詩人たちはホメロスがムーサたちによって魅せられた神の歌を歌い、それによって衆人環視を恍惚とさせた。
古代ギリシャの詩人界隈においては定型的なことだったが、全ての詩は詩の神ムーサたちによって与えられるものであり、詩人はその神の歌を現世に顕現させるための翻訳機でしか無いのだ。
ムーサたちが過去の英雄たちを褒めたたえ、ホメロスがそれを人の詩に翻訳し、吟遊詩人がリズムにのって歌って世界に広げ、市民はその得も言えぬ歌に感動する。こういう順序で詩は流れたのだ。
つまり、詩人は神の声を聴くことができ、また歌によって多くの人を煽動することが出来たということだ。
・ファンタジーにおいて
ドラクエやFFなどのゲームでは定番的な職業らしい(私はあまり見たことがない)
敵を状態異常にし、味方にバフを掛ける。一見して僧侶との差別化ができてなさそうな気がしたし、実際調べてみるとやっぱり役立たず扱いを受けていたことがあるという記述を見た。
FF14では古代の戦場で弓兵が仲間を鼓舞するために弓を弾いて歌ったことが吟遊詩人の始まりとされているようで、主装備の一つに弓が当てられている。弓術士からのクラスチェンジだそうで、サブとして歌うことが多いというイメージか。
またFF5では竪琴がないと『うたう』というコマンドを選択できないらしく、全体に掛けるバフが優遇されているほかには目立った特徴がないという。こちらは詩人らしさを強調したために戦闘できなくなってしまったのだろう。
そう、吟遊詩人は戦う職業ではないのである。
何を今更とは思うかもしれないが、FFシリーズが詩人らしさを残してはまともに戦えないと弓兵のエッセンスを加えたように『吟遊詩人』単体では何の役にも立たない。彼らはバフを掛けられる味方がいてこそ、真価を発揮すると言えるだろう。
ドラクエシリーズではどのような扱いをされていたか、筆者的にはFFよりもドラクエの方がなじみ深いのでこちらの方が細かくなってしまうかもしれないが、比較なのだからさらりと書こう。
ドラクエシリーズでも吟遊詩人は職業として扱えるシリーズが少なく、ドラクエ7かモンスターズシリーズでモンスターが覚えるスキルの一つになっていた。
私はモンスターズシリーズの方で体験したので、今回はそこを抜粋しよう。
スキル:吟遊詩人はFFの弓兵からの進化とは違い、僧侶のスキル+旅芸人のスキルによってなる。こちらの吟遊詩人はどうやら神聖さを内包しているイメージがあるらしい。
使える特技も、たたかいのふえ、いやしのふえ、まもりのふえ、など竪琴ではなく笛を主体としたバフ系特技であるが、味方全体に複数ターン持続するバフであることはFFと同じくする点である。
戦場に安らぎと鼓舞を求めた吟遊詩人と
神からの啓示を歌として歌った吟遊詩人
人や作品によって『吟遊詩人』に対する解釈が違うことがよくわかる例である。
・吟遊詩人の不遇、優遇
ここまで『吟遊詩人』について色々書いてきたがそろそろ結論の時間である。
本作は小説に落とし込むとしたことを前提として考察しているので、ゲーム的ではない考えを持って『吟遊詩人』の利点と欠点を上げていこう。
まず、不遇な扱いとなるのは少数精鋭のパーティーに放り込むことだろう。
それこそ、FFのように四人までのパーティーでは吟遊詩人を除いた三人が戦力になり、そこに僧侶などの回復役が一人いるとしたら、吟遊詩人の恩恵を得られるのは、メインアタッカー二人だけになる。これでは効果が薄いのだ。歌うことによる全体強化はきっと僧侶や魔法使いが行う単体強化の倍率よりも低いだろう。
もし、魔法使いや僧侶などと同じ倍率で吟遊詩人が全体バフを掛けられるのだとしたら、いわゆるチート職業になってしまうのでそう考えるものとする。
もし、敵にデバフを掛ける要員になっても、四人パーティーで相手する敵もまた人数が少ないか、巨大なボス一体などに絞られてくるだろう。一体相手であれば他の職業でもデバフは掛けられるし、吟遊詩人は持続的な回復やバフを掛ける要員になるが、攻撃力は皆無なはずだ(そこはFF式か、ドラクエ式かで別れそうな所ではある)
仮に弓が使えるタイプの吟遊詩人であれば確かに不遇とは言われないだろうが、小説的に読者に吟遊詩人と言い張るのが難しくなるだろう。それはいわば歌を歌う弓兵なのだから。
持続的なバフや全体バフというのは安定性を上げるうえで重宝されるかもしれないが、少数精鋭パーティーが最適な職場かと問われればそれはきっと違うだろう。
吟遊詩人にとって不遇ではない職場は大軍を率いる時だ。
彼らはいっそ選挙カーで市民を煽るウグイス嬢のように戦場の後方から味方兵士に歌いかけ続ける方が良いだろう。たとえ一人一人に対しては微々たる持続的回復量でも、それが歌の聞こえる範囲まで広げた人数であれば数百人規模でバフを掛けることが出来る。
或いは敵国の悪い噂を流して、市民に怒りの感情を沸かせ、団結力を上げたり、ローマのアウグスティヌス帝が詩人ウェルギリウスにやらせたように好ましい神話を作らせて歌わせ、王の権力を高める役割を担うというのもいいだろう。
彼ら吟遊詩人はその大きく偉大なる声で、人々を操り、時にはいいように歴史や国の事情を書き換える。事実とは違っても、その歌はどこまでも響き誰も疑うことのない心に刻まれた真実となる。
そうじて今の政治家に近しいのではなかろうか。
彼らが輝くのは案外飄々としながらも政治の黒い闘争をひっくり返したり、敵国との戦争を上手くコントロールしたりと影の実力者的なポジションかもしれない。
・纏め
神の啓示を聞いてそれを歌に翻訳する吟遊詩人
或いは戦場の弓兵が鼓舞するために弓を弾いて歌った吟遊詩人
歌を媒介としてバフ、デバフを掛けるために人数の多少がネックになってくる
大多数を歌で洗脳するやり方で権力闘争や政治闘争の黒幕になるもよし
第一回にしては良い結論が出たのではないだろうか。
この結論をもとに君だけの『不遇な』吟遊詩人を書いてみてくれたら嬉しい。
それでは、この熱量が持続することを願いながら、第一回はこれにて終わり、次回へと続く。
あなたの思う『不遇職』をお待ちしております