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ソロモン・ランキング  作者: 雪城
1/1

第1章の①「神頼みをする前に、悪魔と契約してみよう」

 拝啓、今日も詩典市(してんし)の朝は騒がしく、我らが私立天満(てんまん)学園高校「(かむり)える同好会」の朝練が始まります。

 「禍地少年、そろそろ下級悪魔の1体ぐらい狩れるようにならんと、朝練の意味がないじゃあないかさ」

 この「冠える同好会」顧問で養護教諭を勤めていらっしゃる、冠える先生が気だるげに僕にそう言います。える先生は朝が苦手なのです。でもそうやって愚痴をこぼしつつ、なんだかんだで新入部員の朝練に付き合ってくれる優しい方です。

 そんなえる先生と、春からこの天満学園高校1年生の僕、禍地駆流(まがちかける)がいるのは、学園の地下に広がる無限空間、通称「エルレガーデン」。える先生が学園の敷地内に()()()()作った、僕達同好会の活動場所です。


 え?どうして学園の地下にそんな空間を、一介の養護教諭が無許可で作れるのかって?その理由は至極簡単なもので、える先生の正体が言わずと知れた大天使、ガブリエルその御方に他ならないからです。僕達以外はその正体を知らないらしいですけど、この学園は、色々と突っ込んだら負けな部分が多いので。


 「分かってますよ、今日こそはちゃんと力を使いこなしてみせます」

 「ま、いつも通りやっていこうか」

 「分かりました」

 そんなえる先生に促されて、僕はいつも通りに、()()()()()()()()を、現世に召喚するための呪文を詠唱します。

 「われ禍地駆流、偉大なる神の御名において願う、汝ゼパールが人なる姿でわれに現われんことを。さもなくば、目に見えざる大天使ミカエルが、地獄の奥底で汝を雷霆でうつであろう。来よゼパール、来よ、来よ、来たりて、我が望みをかなえよ!」

 右胸で光輝くネオ・ペンタクル。名だたる悪魔を服従させ、使役するために必要不可欠な魔道具で、える先生曰く、この道具の完成によって今日の研究会の活動もとい、世界の均衡が成り立っているらしいです。

 「魔人召喚(サモン)・十六の将!」

 僕の正面に広がる、水色に発光する円形の魔法陣。

 『我が名はゼパール、今日も朝から御苦労、駆流殿!』

 そこに現れた、お茶漬けを頬張る僕の契約悪魔、ゼパール。いつものように座布団に胡坐をかき、今日はご丁寧にちゃぶ台まで用意してある。

 「今日も決まんないね、ゼパール」

 『我輩はいつもこの時間に朝食をとる故、朝練の時間と重なってしまうのは致し方ない』

 「せめて甲冑脱ぎなよ」

 『心配ご無用、実体を持たない契約悪魔にとって、物理干渉という概念はないも同然』

 これが僕の契約悪魔、ゼパール。かの大賢王、ソロモンがその力を使役し、封印したとされる「72柱の悪魔」が1体。腰には長剣を携えて、真っ赤な鎧兜を身に着けた中世の騎士じみた風貌をしている。世間一般の悪魔のイメージとはちょっとズレている、紳士的な口調が特徴的なお茶漬け好きの悪魔。色々言いたいことはあるのだけれど、とりあえず地獄にも、米とお湯、永谷園は存在するらしい。言ったよね?突っ込んだら負けだって。

 「こっちもこれから朝のHRなんだから、せめてノルマはこなしていかないと」

 『む、よかろう!では本日も張り切って参ろうか!』

 そんな僕達「契約者」はそれぞれの契約悪魔と融合、『魔人化』を果たし、襲い掛かる悪魔に対抗しうる超人的な力を得ることが出来るのです。

 「魔人融合(リンク)・ゼパール!!」

 魔法陣の光が強くなる。ゼパールの人型が煙のように形を変えていき、僕の全身を包みこむ。

 「さぁ見せてごらん、禍地少年」

 融合完了。深紅の甲冑を身に纏い、剣を抜き悪魔に突進する。気合一閃、僕は今日も元気に、悪魔を狩っています。


  [召喚者冠える︰仮想悪魔レベル1]ソロモン・ランキング なし

  純魔力 1000 潜在能力 0 統合魔力 1000

          VS

  [契約者︰禍地駆流(ゼパール魔人融合)]ソロモン・ランキング 不明/72位中   

  純魔力 0.08 潜在能力 200 統合魔力 16


 「で、今日もあっさり狩られたと」

 朝のHRを終え、僕はえる先生と一緒に保健室にいた。この学園に入学して2週間、この部活に入部して(させられて?)1週間、僕は未だにエルレガーデンでの朝練をこなせていない。僕はかれこれ1週間、休み無く朝練に駆り出された挙句、える先生の放った仮想悪魔(レベル1らしい)にコテンパンにのされ、その度にこうして手当を受けている。

 「魔人融合のイロハはもう身体が覚えているはずだよ。それなのに純魔力1000ぽっちの仮想悪魔に7タテ黒星とは…」

 える先生曰く、あの世でも、この世でも、最も重要なものは善意と悪意の「均衡(バランス)」らしい。今この世は、ちょっとばかし悪意マシマシなせいで、悪意の産物「悪魔」にとって住みやすい世界になってしまっているというのだ。冠える…もとい大天使ガブリエルを含めた天界の住人にとっても、それは都合の悪いことなので、増えすぎた悪魔の数を、悪魔の力でもって減らしていきましょうという「部活動」こそが、この冠える研究会の真の目的らしい。もちろんそんなことを公に出来るわけがないので、表向きは「慈善活動を通して育まれる、生命の活性化」を研究している風変りな同好会ということになっている。

 悪魔にはRPGの設定みたいに、階級とか、等級とか、強さのレベルとか、そういったものがあるらしい。悪魔そのものの力の強さである「純魔力」と、人間の持っている「潜在能力」をかけ合わせ、契約者としての強さの指標として「統合魔力」というものが生まれたのだそうだ。その力を数値化し、最も「部活動」に貢献しうる実力を持った「契約者」が名を連ねる黄金の石盤、それが「ソロモン・ランキング」。そのランキングがなぜ生まれたのか、なぜ存在しているのかはガブリエルにも分からないという。しかしそこに名を連ねし者は、口をそろえてこう言うそうだ。


 「部活動」を終え、1位を手にした暁には、どんな望みも叶えられる―――。

 

 僕達が朝練で使っている仮想悪魔は、える先生の開発した簡易魔法陣から、1000~15000までの純魔力を持った仮想悪魔を作り出すことが出来る。でも僕はまだその最低基準である純魔力1000の仮想悪魔に手も足も出ていないのである。そんなわけで、僕はいまだにソロモンランキングが「不明」のままとなっている。

 「まぁついこの間まで引きこもりだった人間の潜在能力なんてのはたかが知れてるがね、君も由緒正しき冠える同好会の一員ならば、そろそろ悪魔の1体も狩れるようになってもらわないと」

 える先生の言う通り、この天満学園高校に入学する前の約1年間、とある事件をきっかけに、僕は引きこもりになってしまった。理由は簡単で、色んな人に対して、生きているのが申し訳なかったから。とはいえバッサリと死ぬ勇気もなかったので、こうしてズルズルと生きながらえてしまっている。

 「中学3年生という非常に大事な時期に、引きこもりになってしまった君を天満に推薦したのは何を隠そうこのボクだ。」

 「それは感謝してますけど…そろそろ教えてもらえませんか?僕がこの高校に入学することになったのか」

 それは、とえる先生が口を開くと同時に、保健室の扉がコンコンコン、とノックされる。

 どうぞー、という合図の後、扉がガラリと開いた。

 「…駆流、大丈夫?」

 「おぉ、護国森少女じゃないか」

 声の主は小学校からの幼馴染、護国森燈香だった。才色兼備の完璧超人で、実家は天下の大企業、護国森グループ。燈香ちゃんはその跡継ぎ娘なのだ。どうやら彼女は僕よりも先に「冠える同好会」に所属をしていたらしい。どういった経緯で知り合ったのかは…もうその頃には学校に行ってなかったから知らないんだけど。

 「大丈夫だよ燈香ちゃん。もう1週間殴られっぱなしだからね、さすがに慣れたよ」

 「…そう」

 美しい黒髪を靡かせ、ぽそりと呟く。

 初めて会った時から彼女はずっとこんな調子で、常に飄々とした雰囲気を纏っている寡黙な少女なのだ。一見不機嫌そうにも見えてしまうが、感情の起伏が少ないだけで、本当は優しい一面があることを僕は知っている。しかし逆にその無機質なクールビューティーさが良い、という人も多く、中学生の頃から校内の男子生徒のマドンナ的存在だった。風のうわさでは、この天満でも、既にファンクラブが発足され始めているらしい。会長はだれだろう?僕も会員にしてもらおうかしら。

 「今日は何の用だい護国森少女?まさか、また禍地少年の怪我を見に来たわけじゃないだろう」

 「…だめ?」

 彼女は同級生ということもあってなのか、やたら新入部員の僕のことを心配してくれる。幼馴染のよしみで、同好会の部員として先輩役を買って出てくれてるんだろうと思うけど、こうやってそれを感じるたびに、やっぱり僕は申し訳ないなぁと思ってしまうのだ。

 申し訳ないと思う理由はもう一つあって、この部活に入るきっかけとなる出来事も、紛れもなく彼女が始まりだったりするのだ。彼女とえる先生との出会いが、腐りかけの僕の人生をまるで違うものに一変させてしまったのである。


 話は入学式前日に遡る。

 ーーーーー 私立天満学園高校、略して天満。約2年前、突如として詩典市に建てられたこの高校は、文武両道を掲げており、難関校進学はもちろん、スポーツにも力を入れている。しかし、創設から2年経った現在でもその実態は謎に包まれていて、入学説明会すらまともに行われていない謎の多い学校である。

 そんな高校がなぜ今年3年目を迎えられるのか、それはこの高校の学生が全て天満からの「逆推薦」で入学しているからである。推薦の理由は明かされることなく、ただ「天満へ行け」と虚ろな目をした進路指導部に勧められ、あれよあれよという間に天満に入学させられてしまうのだそうだ。


 不思議なことに、その奇妙奇天烈な入学システムにも関わらず退学率は0%、それどころか、全国模試やインターハイで多くの天満生徒が名を連ねることになり、今ではわずか創設3年足らずで自他ともに認める「名門校」の仲間入りを果たしたのである。実績も名声も全く無かったこの高校の大躍進を、いつしか人々は「天満の校長は悪魔と契約をしている」と畏敬の念を込めてそう評価するまでに至った。


 そんな学校に入学式を控えた僕は、なんとなく興味本位で、見えない何かに導かれるようにして天満への通学路を散歩していた。正直、こんな得体の知れない高校への推薦状が、何の心当たりも無い僕のところに舞い込んでくるなんて、先生(もちろん虚ろ目)も不思議そうにしてたけど、高校に行けば、もしかしたら昔の自分を、今の自分も許せるかもしれない。そう思ってたら、引きこもりの僕でさえ、不意に外に出たくなったのだ。

 通学路の途中にある公園を横切った時、ふいに視界の端に何か動くものが見えた気がした。公園の時計は午後の6時を回り、あたりも少し薄暗く、僕はつい目を凝らして「それ」を見てしまった。「それ」に気づいたことが偶然だったのか必然だったのか、その時確実に、僕の運命の歯車は音を立てて狂い始めた。


 初めは熊かと思った。大都会でなければ田舎でもない、詩典市に似つかわしくない大きさの生き物がそこに見えたから。でもそうじゃなかった。いや、今思えば、熊だったら幾分かマシだったのかもしれない。なぜなら結局のところそいつは、この世の生き物ですら無かったからだ。

 昔、漫画の「デビルマン」とか「ゲゲゲの鬼太郎」とかで見た事のある、コウモリの羽を生やした化け物、俗にいう悪魔ってやつがそこにいた。

 「えっ……」

 僕は思わず声を出して驚いた。悪魔はこちらに気づいたようで、頬まで真っ赤に裂けた大きな口に不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 「こ、コこに、居、れバ、鉢合ワ、せる、って聞イた、が、本当だッた、なァ!」

 悪魔はたどたどしくそう言って長い爪のついた指らしきものをちょちょいと動かすと、僕は見えない力にぐいっと引かれるようにして、悪魔の足元に引き寄せられてしまった。言葉の意味はよくわからなかった。ただ、やはりというか、悪魔は明らかに人間とは違ったオーラを放っていて、傍にいるだけで、今にも殺されそうな恐怖を感じた。

 「逃げろ!殺されるぞ!」

 僕は心の中でそう叫び、咄嵯に逃げようとした。だが、足が、というか全身が動かない。金縛りなんて今まであったことなかったけど、本当に太い鎖でがんじがらめにされているかのように全身が重く、強張ってしまっていた。

 「食べテ、イイノか、ナ?殺せ、バ、何でも、イイッて、言ッてた、ナ!」

 悪魔の右腕が僕の胴体を掴み、宙に掲げる。握りこぶしの中でもがけばもがくほど全身の骨が軋み、悲鳴の代わりに血反吐が漏れた。次の瞬間、首元に突き立てられる悪魔の牙。全身を貫く激しい痛み。声にならない叫びは、無情にもか弱い吐息となって、まだ少し肌寒い灰色の空に消えていく。出血多量で薄れゆく意識の中、涙と尿を垂れ流し、ぐちゃぐちゃと、ただ肢肉を蹂躙する音のみが脳内を支配する。


 燈香ちゃんに、会いたかったな。


 最期に頭に浮かぶのは、存外くだらない事だった。


 「…駆流は死なせない」

 走馬灯を切り裂いた一陣の風。


[召喚者不明︰下級悪魔]ソロモン・ランキング なし

 純魔力 1200 潜在能力 0 統合魔力 1200 

         VS

[契約者︰護国森燈香(ストラス魔人融合)]ソロモン・ランキング 6位/72位中

 純魔力 7200 潜在能力 600 統合魔力 23400

 


 時が止まったような、長い長い静寂が訪れた。恐る恐る目を開けると、そこには身体に無数の弾痕で全身を穿たれ、塵となって消えていく悪魔。拘束から解放され、どさりと膝から崩れ落ちる僕。

 「……え?」

 その時の僕には理解出来なかった。なぜ自分がまだ生きているのか、なぜ目の前に彼女が、燈香ちゃんが立っているのか。

 「…駆流、遅くなった」

 燈香ちゃんが、あの頃と変わらない優しい表情で僕を見つめる。一切の関わりを断ち切った、1年前と同じ表情で。違うんだよ燈香ちゃん、僕は君と一緒にいる資格はないんだよ。ましてや助けてもらう義理なんてさらさらない。このまま僕は死んでしまった方が、君にとって幸せなんじゃないかって。

 そう言えれば良かったのに、言えなかった。彼女が向けたその微笑みに、この時僕は、まだ生きていたいと、思ってしまっていたから。

 「護国森少女?まさかこの冴えない少年を魔人融合でもって助けろっていうのかい?」

 「…お願い。私の一番、大切な人」

 「こんな事言うのもなんだけどね、ここまで侵食が進んでて生きてる事自体が奇跡なんだよ。うわ、それに何だいこの潜在能力の低さは、こんなんじゃ魔人召喚の余波にも耐えられるかわからないじゃないか。ボクのペンタクルだって無限にある訳じゃあないんだ。元の素体を厳選する権利くらいはあるんじゃないかい。こんな不良物件にくれてやる悪魔なんて、本当は1体たりともごめんなさいなんだがね」

 死体蹴りとはこういうことを言うんだと、今身を以て感じている。辛辣すぎる言葉の主は、燈香ちゃんの隣にいる、小さい羽を生やしたロリ天使。今なら直感でわかる、きっとこいつも人間じゃない。綺麗な羽をしてるので、きっと悪魔ではない、本物の天使。

 「…あなたならわかるはず。彼の優しさが」

 「優しさねぇ。優しさで世界が救えるなら、ボク達の出る機会は未来永劫訪れていないだろうさ」

 …あの、すいません?助けてもらう側が非常におこがましいのですが、そろそろ助けてくれませんか?意識が本当に飛びそうなのですが…。

 「おおいけない。これは本当に死んでしまうよ。すまないね、禍地駆流少年」

 僕のことを、知ってるんですか?

 「まぁね、君が今日、この場所で死にかけることも、ボク達の手によって生きながらえることも、全ては運命に仕組まれてたことなのさ」

 どういうことですか?

 「その前に自己紹介だね。ボクの名前は冠える。今から君の命を助ける大恩人だよ、感謝してくれたまえ。早速だが君はこれから悪魔と契約し、ボクの手足となって働いてもらうよ、異論は認めないからね」

 「ちょ、え」

 ーーーーーこうして僕は、天使の手によって、悪魔と契約させられたのだった…。


 「君はね、運だけは良いはずなんだ。たった1回の魔人召喚で、魔人融合を成功させる人間はごく本当にごく僅かなんだ。これに関してはこの護国森少女ですら、召喚から3回目でようやく魔人融合出来たのだから」

 冠える先生曰く、僕の潜在能力は、良い意味でも悪い意味でも、他の契約者の比ではないらしい。

 「君の身体は、本来ならばもうとっくに限界を迎えていた。まぁ融合前に死んだとしても、どうにかこうにか生き返らせていただろうが…」

 悪魔に食い殺されかけたおかげと言ってはなんだが、僕の身体にはちょっと多めに悪魔の因子とやらが紛れ込んでしまったらしい。悪魔は地獄に蔓延する負のエネルギーを纏っているため、触れられただけでも常人の肉体はその猛毒性に耐えられず、崩壊を始めてしまう。魔人化の流れで、今の僕はそれに適合し、今や完全な耐性を持ったというのだ。契約者の中でもここまで耐性を持った人間は珍しいらしい。さらに、魔人化の成功により、超人的な力を手に入れている…らしい。正直自分ではよくわからない。実際に朝練で悪魔に殴られたら痛いし、こうやって怪我もしているし…。

 「禍地少年、立ち会ったボクが聞くのもアレなのだが、君は本当に、ゼパールと契約をしているんだね?ゼパールは地獄の公爵なのだから、純魔力はトップクラスなわけで、あんなに弱いはずがないのだが」

 「はい、してますよ。契約した時は死にかけてましたから、今は仮契約ってことになってますけど」

 「……何?」

 「あれ?そうゼパールから言われてますよ?」

 なんだろう?何か変なこと言ったかな?

 「えっと、だね。護国森少女、立ち話もなんだ、中に入りたまえ。あぁ、扉はしっかり閉めてくれよ。ついでと言ってはなんだが禍地少年、今すぐゼパールを呼びたまえ」

 「え?ゼパールですか?」

 「…先生、ここは保健室」

 「いちいちエルレに行くのは面倒だ。結界を張っておいたから、問題は無いよ。」

 当たり前のように学校に結界を張るのはどうなんだろう…と思いつつ、わかりました、と二つ返事でゼパールを呼び出す。

 『我が名はゼパール。おや、どうしたのだ駆流殿?ここはエルレではないようだが…』

 「お前を呼んだのはボクだよこの堅物悪魔」

 『おや、ガブリエル様であったか、何用でございましょうか』

 「この世界では冠えると呼べと、いつもそう言っているだろう」

 僕達の前では比較的穏やかなえる先生も、悪魔の前では雰囲気をガラリと変える。その佇まいはまさしく、天界の大天使と呼ばれるに相応しい荘厳さ、威圧感、神聖さを兼ね備えており、圧倒的なオーラをその小さな身体から溢れ出させている。

 「禍地少年の仮契約の件について聞きたいのだが」

 『あぁ、そのことでございますか。それは致し方ないことなのです。何故なら我輩、駆流殿の口から、まだ契約の詔を聞けていないものですから』

 しかしゼパールは、あくまで落ち着いた口調でそう答えた。あれ?もしかして、これ僕のせいなの?

 「なるほど、そういう事か」

 あれ?える先生が、もしかして納得をされてらっしゃる?

 「ちょっとゼパール!?それってつまり、僕の口から直接契約してって伝えればいいってこと?」

 『いやいや、そう簡単なものではないのですよ。我輩は腐っても悪魔、駆流殿には是非とも自分で答えを見つけていただかねば』

 ヘイ質問の答えになってないよゼパール?

 「いやはや、ありがとうゼパール。もう戻って構わないよ」

 そう言ってえる先生はゼパールを勝手に戻してしまった。当の本人はまだ何も分かっていないというのに。

 つまりだね、と、える先生が言うには、悪魔との契約において重要なのは、自分の意志で契約をするかしないかを決められるかどうかということらしい。つまり、悪魔が一方的に契約を迫るのではなく、あくまでも人間側が望んで契約を結ぶことが大事なのだという。

 僕は悪魔であるゼパールと契約する時、死ぬ寸前だった。実際に目が覚めた時にはもう契約が済んだ後で、もろもろの手続きはえる先生がやってくれた、とだけ聞いていたので、まさかそんな制約が悪魔側にあったなんてこと知る由もなかった。

 「あっはっは、禍地少年。そういうわけだ。頑張りたまえ」

 「そんな投げやりな!?」

 この1週間貴女のせいで僕はただただ下級悪魔にタコ殴りにされていたんですが!?

 「仮免のまま首都高をチェイスしろなんて無茶な話だったんだ。しっかり卒検を受けて、最高の天満ライフを過ごしたまえよ」

 結論として、僕はまずゼパールと本契約を結ぶところから始めなければならないらしい。

 ちなみにえる先生曰く、仮契約の状態だと、悪魔は本来の力の1000分の1以下しか出せないらしく、どんなに優秀な契約者でも統合魔力は1000にすら届かないらしい。本契約の状態で公爵クラスのゼパールと契約した場合、上手くいけば統合魔力は8000を超えるという。

 「じゃあなおさら早く本契約しないとダメじゃないですか。今の僕の統合魔力見ました?16ですよ?」

 それはそれとして、とえる先生。

 「君の場合、潜在能力も低すぎるのが問題だ。なんだね200って。護国森少女だって、現時点で既に600あるというのに」

 「嘘!?」

 「…本当」

 「マジすか……」

 「まぁ、こちらは純魔力と違って、心身を鍛えれば自ずと上がっていくものだ。こればかりは日々の積み重ねで補っていくしかないよ」

 そう言われても、僕としてはレベル1を倒すべく、一刻も早く強くなりたいのだけれど……。

 「…ローマは1日にして成らず。私も手伝う」

 燈香ちゃんの優しさに、僕はまた情けなくなってしまう。それと同時に、僕が強くなれば、燈香ちゃんの役に立てれば、生きてても良いと思えるのではないか?という気持ちが込み上げてくる。弱気になる前に、まだやる事が沢山ある気がしてきた。

 「ありがとう、燈香ちゃん」

 「あ、青春してる所悪いのだけれど」

 える先生の言葉と同時に、2時限目の終了を告げるチャイムがなった。

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