Ⅲ ~不良だらけの綴編高校~
「……あれ、アニキ?」
見知った声に顔を上げると、これまた見知った顔である。
派手さのない、地味な風貌の詰襟姿の男子生徒。蓮の後輩の槍尾慎太郎だ。
「何してるんすか? いつもならもう学校にいるでしょ?」
「シンタロー。ああ……ちょっとな」
蓮は立ち上がると、ゆらりと歩き出した。その後ろに、慎太郎もついてくる。
「……お前になら、言ってもいいか」
蓮は慎太郎に、先ほどまでの事を話した。この手の話題は、学校ではこいつにしか話せない。
「桜花院女子の女の子を助けたんですか?」
「おう」
「お嬢様じゃないですか。良かったっすねえ」
「それが、そうでもないみたいなんだよなあ」
タクシー代もない少女を思い出しながら、蓮は道を歩いていた。
「で、可愛かったんですか? その子」
「あ?」
「どうだったんです? ねえ」
慎太郎の言葉に、蓮は彼女の顔をぼんやりと思い出していた。
確かに、めちゃめちゃ可愛かった気がする。
無言になってしまった蓮の様子に、慎太郎は合点がいったようだった。
「可愛かったんすね?」
「……うっせえ」
蓮はそう言ってごまかすと、そのまま駆けだした。
「あ、待ってくださいよ、アニキ!」
追いかける慎太郎をよそに、蓮たちは学校へ向かっていく。
学校に向かえば向かうほど周りの景色は変わり、いつの間にか、歩いているのは屈強な男ばかり。
壁には落書きが散見し、校門前で取っ組み合いになっている連中がいる。
「やんのかコラぁ!」
「ぶっ殺すぞコラぁ!」
ガラの悪い連中が、それを取り囲んで騒いでいた。
蓮はそれを横目で見ると、そのまま校門を抜ける。
ここは底辺どものたまり場、私立綴編高校。
町中の不良どもが集まる男子校である。
そして、蓮の姿を、校舎へ向かう不良たちが捉えた。
「――――――アニキ! おはようございます!!」
さっきまで殴り合いしていた連中が、ピシッと姿勢を正して頭を下げてくる。
「……おう」
紅羽蓮、17歳。
泣く子も黙る不良校、そのトップに君臨する男である。
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学校に着いてすぐに、蓮は屋上へと向かった。ここが蓮の学校での居場所だ。
何しろこの学校は喧嘩ばかりで、教師は怖がって学校に来ることもない。いるのはむさい男子生徒ばかりで、それも血の気は多いが勉強はできないくいっぱぐればかりである。
まともな授業などあるはずもなく、教室は常に不良グループのたまり場になり、様々な派閥が陣取っている。
そんな綴編の不良どもの頂点の証が、屋上にあるプレハブ小屋であった。元々は用務員用の休憩スペースだったらしいのだが、完全個室になっているこの小屋は、学校の王のみが過ごせる場所となっている。
そんな場所が蓮の学校での居場所になったのは、入学して1週間の事であった。
高校受験に失敗した蓮は、この学校に来て絶望した。喧嘩ばかりしている周りが、あまりにも喧しかったのである。
なので、そいつらをとっちめ、学校の頂点に立った。
今では「アニキ」と呼ばれ、ほとんど誰も逆らおうとはしない。そうさせる必要があったのだ。
蓮はプレハブ小屋に着くと、置いてある本棚からいくつかの本を取り出す。英語の参考書だ。
彼のカバンがいつもスカスカなのは、この小屋に必要なものが大体あるからである。本棚、テレビ、冷蔵庫、さらには仮眠用の布団まで置いてある。もはや第2の家であった。
さすがにこのままじゃまずい。蓮もそれは分かっていた。
おまけに、弟の翔が公立の進学校に行ってしまい、兄貴としての立場がピンチなのだ。
その為の勉強である。せめて最小限の学力くらいは持たなければ。
だが、そううまくは行かないのが、この学校の悪い所である。
プレハブ小屋の扉を、ドンドンと叩く音がして、蓮は顔をしかめた。ドアを開けると、蓮よりも一回りも二回りも大きい、坊主頭の男が立っている。
「アニキ、ちょっといいすか」
「……何?」
男は、にやりと笑った。
「これ見たいんすけど、テレビ、いいすか?」
男がそう言って見せてきたのは、レンタル物のAVだった。『真夏の大感謝祭!!』と書かれ、大量の水着のお姉ちゃんがピースサインしている写真が、ディスクに印刷されている。
「……嫌だよ」
「俺たちの教室、テレビないんすよー」
「パソコンとか持ってくりゃいいだろうが」
「いや、俺、母ちゃんと喧嘩して、パソコン使わせてもらえないんすよ。自分のパソコンもないし、だからアニキのところで見れないかなって」
「俺のところで見る前提で借りるなよ……」
頼みますよー、としつこく言ってくる男を、蓮は追い出した。
これもかなり邪魔だが、まだマシな方である。なぜなら、最低限ノックするから。
一番厄介なパターンは、別にある。再び勉強に戻ろうとしたとき。
さっきのAV男が顔面血塗れで小屋の壁に穴を開けた。
「紅羽蓮! 俺と勝負しろぉ!」
そして小屋のドアを蹴破って、複数の連中が乗り込んできた。こんな事をするのは、大体入学したての1年生である。
綴編のてっぺんを目指して、わざわざ入学してくるバカども。
そんな奴らの相手をしないといけないのも、学校のアタマの役目なのだ。
「アニキ、座古校の釜瀬ってやつが勝負しろって来てますぜ!」
「暴走族の出雄血連合がカチコミに!」
蓮は持っていたシャーペンを、少々乱暴に机に置いた。
そしてのそりと立ち上がると、目の前にいる1年生を睨む。
「……やる気かよ、来いよ」
1年のガキンチョがそう言うと同時に、蓮はそいつの首の後ろに当て身を食らわせた。声を出す間もなく、そいつは倒れる。
「おい」
蓮は倒れているAV男の頬をぺちぺちと叩いた。これくらいでノビるようでは、綴編の不良は務まらない。
「な、なんすか」
「テレビ使っていいからよ、ここ見といてくれるか?」
男は、ゆっくりと頷いた。蓮はそれを確認して、小屋の外に出る。
そして下を見ると、校庭のグラウンドを埋め尽くさん数の不良やバイクに乗った連中がうじゃうじゃ。蓮はおえっと舌を出した。
数が、多い。
「めんどくさっ」
そう呟きながら、蓮は屋上の手すりへと手をかけた。
そして、そのまま校庭めがけて、ふわりと飛び降りる。
多くの者が、その光景に目を疑った。
いくら不良校のアタマと言えど、まさか校舎の屋上から飛び降りてくるなんて、普通は考えない。
校舎は4階建てなので、そんな高さから落ちれば普通は死ぬに決まっている。
だからこそ、この初動のインパクトは凄まじいものだった。
土煙を巻き上げ、やがて現れるその姿には、一切の痛痒もない。
ただ、巻き上げた土を払いのける紅羽蓮の姿が、そこにあった。
「よう。……俺が紅羽だけど」
これだけで、大抵の不良はビビるのだ。ほとんどが息を呑み、後ずさる。自然と蓮との距離はじりじりと開いていった。
「なんか用?」
「あ、いや、その……」
「お、俺たちは……」
何人かの不良が何か言おうとして、言い淀む。蓮の放つプレッシャーに、なお喧嘩を売ろうという気概のある者はそうはいない。
とどめとばかりに、蓮は相手を鋭く睨みつけた。
「喧嘩?……するわけ?」
ドスの利いた声は、いい感じに殺気を演出してくれたらしい。
「……いや……」
「ち、ちょっと様子を見に来ただけだ! 俺はここのOBなんだよ!」
「……あーそう」
「おい、帰るぞ!」
暴走族が放った一言で、バイクたちはぞろぞろと校門から出ていく。同じように、他の学校の不良どもも外へ向けて歩き出した。
蓮は肩を落として、再び校庭から屋上へと跳びあがった。
「結局勉強進まねえじゃねえか……」
ぼやきながら、手すりを越えて屋上に戻る。
小屋に入ると、先ほどの男がテレビでAVを見ていた。
しかも、さっきの1年生やほかの面々も一緒に。画面の向こうでは、大勢の男女がくんずほぐれつ絡み合っている。
「あ、アニキ! お帰りなさい」
「あの、紅羽……先輩、も見ます? 結構エロいっすよコレ」
蓮はがっくりとうなだれて、参考書と筆箱をカバンに放り込んだ。
「……やっぱり、図書館行ってくるわ」
こんな喧しいところで、勉強なんぞできようはずもない。
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