「有野水姫」の記憶
私、有野水姫は、6歳の時、小さな本屋で初恋に落ちた。
それは、絵本コーナーの一角で、『人魚姫』と書かれた絵本の表紙は光に当たる度キラキラ色が変わり、波打つ金色の髪、ビー玉のように透ける青い瞳に陶器のような白い肌、儚く悲しげな表情をする美少女に、6歳ながら胸を打たれ、絵本の前から離れることができなかった。
しばらく眺めることしかできなかったが、どうしてもこの絵本が欲しいと思い、恐る恐る絵本を手に取った。
その時の手の震えははっきり覚えている。
「ママ、このえほんほしい!」
隣の棚の前に立っていた母に絵本を見せた。
「人魚姫?えー買うのー?」
母は少し怪訝そうな顔をし、私の手元からぞんざいに絵本を奪った。
「うそ、1800円もする。なんでこんな無駄に加工されてんの……水姫、これ絶対ほしいの?」
「ぜったいほしい!おねがい!」
大人しい子供だった私が、ここまで意思表示をするのは珍しかったのだろう。ため息をつきながら母は渋々買ってくれた。
その日の夜、母に早速絵本を読み聞かせてもらった。
どうやらもう少し対象年齢が上の絵本のようで、漢字も多く文字も小さく綺麗な絵がメインだった。
だが、表紙の美少女に夢中だった私は美麗な絵がたくさんあることに胸が躍りっぱなしだった。しかも「にんぎょひめ」という半分お魚のお姫様という設定にときめきは止まらなかった。
海で溺れた王子様に恋した人魚姫は、声を失う代わりに足を手に入れ王子様に会いにいく。
一体最後はどうなるのか、わくわくしていたが……
「・・~そして、人魚姫は泡となって消えてしまいました。」
「・・・・・・・・・・・・」
子供ながらに、その悲しすぎる結末に絶句した。
そして、人魚姫を思い夜通し泣き続けた。
ーーーーそれから10年後、変らず人魚姫を推し続けた。
その結末の儚さや悲しさに涙しつつ、たまに王子あほかよと怒りながら、人魚姫関係の本を買い集めていた。人魚姫が主題の某有名アニメも好きだが、やはり初めて買ってもらった絵本の人魚姫を一番推していたし、自分なら人魚姫を絶対泡になんかさせない、と考えたりしていた。
・・・そんなこと、いまこの瞬間に思い出すなんて。思い返すことは色々あるはずなのに。
どんどんと暗くなっていく視界。先ほどまでは水の冷たさ、息できない苦しさにもがいていたが、もう何も感じない。ゆっくりと海の底へ沈んでいく。
まさか、林間学校で来た海水浴で、崖から足を踏み外して落ちてしまうなんて…
このまま死んでいくんだろうか・・・・・・
怖い、怖いよ。パパ、ママ・・・・・・
人魚姫も泡になる時、怖かったのかな・・・それでも・・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーーー「ネ様!エリーネ様ッ!どうされましたか!??」