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高校生-21

 二月も半ばに差し掛かり、バレンタインの時期がやってきて、高校の中も浮ついた雰囲気になっていた。


 女子の中では、気になる男子にどうやってチョコをプレゼントするか、という話が持ち上がったりもしていた様だけど、私達は朝から友チョコを交換し合って平和に過ごしている。


「海未、私達のチョコはこれだよ」

「ありがとう、澄花、亜季。これはブラウニーかしら」

「うん。亜季が頑張って、私はお手伝いな感じだけど、絵はちゃんと描いたよ」


 私達姉妹は、バレンタイン用に共同でブラウニーを手作りして、それぞれで表面に絵を描く事で個性を出している。


「それじゃ、私からも。チョコタルトだから気を付けてね」

「わ、ありがとう。気を付けるね」

「それじゃ、あたしと汐里からも! 海未達と違って、普通のチョコだけどね!」

「海未ちゃんや亜季さんの様には出来ませんが、帆波ちゃんと一緒に作ったので、食べてみて下さい」

「ありがと、帆波、汐里」

「あ、はるちゃんはお昼になるから宜しくって」


 はるちゃんは、朝はクラスの友人に渡して、お昼は私達と食べるときにチョコを交換する予定になっている。

 そして、お互いのチョコの出来栄えを見ていると、汐里さんがぽつりと呟いた。


「でも、折角の時期なのに、恋バナが出来ないのは寂しいです……」

「う~ん、それなら汐里自身が恋愛するのは駄目なの?」


 亜季の問い掛けに対し、汐里さんはきょとんとした表情を見せた後、ちょっと考え込んで返答する。


「……言われてみると、恋愛って難しいですね。知らない男子といきなりお付き合いは出来ませんし、最初の切っ掛けが中々無いのかもしれません」

「まあ、私達はいつもこのメンバーだし、確かに切っ掛けは少ないかも」

「ああ! だから海未に告白する男子も、切っ掛けが無いからいきなりになるんだね!」

「……帆波。その話を止めないと、帆波だけチョコ無しにするわよ」

「えっ! ゴメン、海未~。許して!」


 帆波さんが海未の地雷を踏んでいる一方、汐里さんはまだ考え込んでいた。

 どうも、汐里さんの恋愛へのスタンスは『見る専』だったらしく、自分が主体となる発想が無かったらしい。


 この後、お昼にはるちゃんともチョコを交換したけど、私達はまだ暫く、恋愛は無風な状態が続くようだった。


・・・・・・


 二月下旬、三段リーグ八日目の例会日を迎え、私はまた大阪に遠征していた。


 現在の昇級戦線は、11勝3敗で紫苑世代の三人(奥空、赤穂(兄)、金城)と私の、計四人がトップで並ぶ形となっている。

 四敗勢もまだ残ってはいるけど、今期の昇級はリーグの年少者四名が中心の争いとなりつつあった。


 そして、私は今日の二局目に金城さんとの直接対決が組まれている。


 金城さんとの対局は小学生名人戦以来になるけど、金城さんはあの後、中学一年生で中学生名人を獲得し、私の一年遅れで奨励会に入会していた。その後は順調に昇級昇段を続け、私と同時期に三段リーグ入りしている。


 東西で別れているから、これまで対局は無かったけど、今回は昇級が絡む重要な一戦で久々の再戦となっていた。


「やあ、澄花ちゃん。何度か顔は合わせてたけど、対局は久しぶりだね」

「おはようございます、金城さん。……そうですね、今日はよろしくお願いします」

「ふふ、しかし残念だね。例会日がもう一週間早ければ、バレンタインのお願いをしていたのに」

「……そういう冗談は、相変わらずですね」

「俺はいつも本気だよ? 澄花ちゃん、凄く綺麗になったし。でも勝負の前だと不躾かもしれないね」

「……最初の対局があるので、失礼します」


 重要な対局を控えているにも関わらず、金城さんの軽薄な冗談(ナンパ?)は相変わらずらしい。

 とは言っても、まずは一局目に全力を尽くす必要があるから、金城さんをいなして最初の対局に臨む。


 幸い、一局目は十分に力を出し切って、快勝する事が出来た。

 その対局結果を報告していると、また金城さんが近付いて来る。


「澄花ちゃんも勝ちかな? まずはおめでとう。次はお手柔らかにね」

「金城さんも勝ったんですね。……私は負けませんから」


 とりあえず、金城さんをシャットアウトするため、宣戦布告する。

 金城さんも、直接対決に思うところがあるのか、この場はお喋りを止めて離れてくれた。


 それから間を置いて二局目の時間となり、金城さんと改めて向き合い、対局が始まる。


 三敗同士の直接対決だから、勝った方が昇級に大きく近付く重要な一戦だ。

 但し、順位の悪い私の方が負けた時のダメージが大きいから、先の宣戦布告の通り負ける訳にはいかない。


 先手の私はまず飛先を伸ばし、居飛車の態度を明らかにする。

 金城さんは、私が初手から居飛車を見せた事に驚いた様だけど、棋風通り飛先を伸ばしてくる。


 それから私が相掛かりを嫌い、金城さんが横歩取りを嫌った結果、局面は角換わりへと進展した。そのまま、暫くは定跡形と言える順が続くけど、金城さんは早めに6五歩と6筋の位を取ってくる。


 私はそれに対し、腰掛け銀から6筋の反発を図る。

 後手の銀の立ち遅れを咎めた構想で、自玉は薄くなるけど成立していると見た。


 私はそのまま二枚銀を生かして銀をぶつけて行き、金城さんが銀を引いた手に対しては、守りの桂も跳ねて大模様を張った。

 銀と桂の圧力で局面を制圧する狙いで、玉は薄いけど、大一番でも思い切り行く姿勢を鮮明にしている。


 一方の金城さんも黙ってはおらず、先手の弱点となっている飛側の桂頭を狙ってくる。


 一見受けが難しい一手だけど、私は端角を打って序盤から勝負に出た。

 桂頭を守りつつ、金城さんの飛車を遠見で睨んでもいる。


 私は更に銀を中央に進軍しプレッシャーを掛けるけど、金城さんは飛車を逃げつつ、私の玉を睨む位置に据える。

 形勢はまだ互角も、お互いに技を狙い、そして事前にその芽を摘み合う、難しい戦いとなっていた。


 そして、私が歩を垂らした手に対し、今度は金城さんが動く。

 銀交換から私の角頭を狙ってきたけど、対して角成を強行する手がぴったりで、形勢は僅かに私に傾いた。

 駒割は角金交換で駒損になったけど、手番を握っていて、玉飛接近の後手玉を攻める展開に出来そうなのが大きい。


 金城さんも、継続して桂頭を攻めて制圧し、玉頭に厚みを作って対抗する。

 対して、私は金城さんの飛車を捕獲して、駒損回復と共に形勢をリードした。


 金城さんは容易ならざる形勢と見て、攻防の角の勝負手を見せるけど、私は丁寧に受けて角を後退させ、と金を作って優勢を維持する。


 ここまでは私ペースの戦いと言えるけど、金城さんもこのままでは終わらず、ここから力を見せてくる。


 まずは玉を早逃げして、玉形を安定させる。そして、私のと金の追撃に対しては、角を逃げつつ玉頭の厚みを生かしてカウンターを放ってきた。

 細い攻めだけど、私の玉が薄いから、意外と容易でない。


 金城さんは、更に二枚角を上手く展開し、私のと金を払う。

 局面は終盤に突入したけど、形勢は振り出しに戻りつつあった。


 私は金城さんの二枚角を追いながら攻めを続けるけど、逆に、局面の流れを掴んだ金城さんに反撃を許してしまう。

 そのまま、私は悪い流れに飲み込まれてしまい、局面はどんどん不利な方向へ傾いていった。


 金城さんの快調な攻めに対し、並の受けでは勝機が無い。

 それならと、私は要の龍をただで捨てて、玉を早逃げして勝負に出た。

 駒の損得より玉の安全を取った、盤上この一手の勝負手ではあるけど、優勢なはずの金城さんの手が止まる。


 どうやら金城さんも僅かに攻め損じたらしく、私の勝負手が奏功し、ギリギリの最終盤に突入しつつあった。


 そして、私は得た手番を生かして強気に切り込む。

 対する金城さんも強気の受けを見せ、お互いに強気な手順で勝負するけど、この交換で形勢は僅かに私の方に振れたようだ。


 その流れのまま、私は一気に金城さんの玉を寄せに行き、受け無しに追い込んでいく。

 対する金城さんも豊富な持ち駒を生かし、最後の突撃を仕掛けてくるけど僅かに足らない。


 最後は金城さんの王手ラッシュをかわし切って、熱戦を制した。


「負けました」

「ありがとうございました」


 本局はずっと難解な戦いが続いたけど、最後はお互いの強気な姿勢が明暗を分けた、難しい将棋だったと思う。


「やっぱり澄花ちゃんは強いね。今回は負けないつもりだったけど、俺もまだまだかな」

「いえ、本局も難しかったですし、運が味方した面もあったと思います」

「相変わらず謙虚だね。だけど、最終日は有象無象のプレッシャーがあるし、もっと強気な方が良いと思うよ」


 金城さんの言う事はもっともで、私の昇級には『女性初』が加わるから、最終日は騒がしくなる可能性があった。

 だけど、私は確信を持って答えを返す。


「私は大丈夫です。友達と家族が支えてくれますから」

「なるほど、これは余計な心配だったかな」


 もう、そのプレッシャーは乗り越えて来たから、最後は最善を尽くすだけだ。

 私のその姿勢に思うところがあったのか、金城さんは言葉を続ける。


「ああ、俺もまだ諦めていないよ。最終日は奥空君と直接対決もあるしね。澄花ちゃんと一緒に上がれたら最高かな」


 金城さんはそう言って、最後にウィンクをして去って行く。



 その後、本日の結果を確認すると、紫苑世代の三人はいずれも一勝一敗で、通算12勝4敗となっており、私一人が三敗をキープして単独首位に立っていた。

 後続は五敗が一人だから、昇級戦線はほぼこの四人に絞られた感がある。


 最終日を前にトップに立ったから、後は金城さんの言う『有象無象のプレッシャー』に負けないよう、駆け抜けて行こうと思う。

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