小学四年生-5
そして新年を迎え、次の小学生名人戦の県予選が始まった。
あの後に改めて確認したけど、やはり読みが良く見え、これまで見えなかった筋も読めるようになっていた。
成香さんが言うように壁を破れた事で、大きなレベルアップが出来たらしい。
スランプ中の経験値が一気に消化された結果、一段飛ばしで成長したという事なのかもしれない。
今年の県予選は、奥空君が奨励会に入会したことで、本命不在になっている。
もっとも、優勝を狙う私としては、この状況は大きなチャンスだ。
そして大会は始まり、私は予選・本選トーナメントを順調に勝ち進んでいく。
そして準決勝で、私は中田君と2年半振りに再戦することになった。
「ちびっ子と指すのも久しぶりだな」
「岩瀧です。2年前の5月以来ですね」
「ああ。今回は俺も負けられなくてな。また勝たせて貰う」
「いいえ。今日は私が勝たせて貰います」
お互いに闘志を高めつつ、対局前の挨拶を交わす。
中田君は以前と違い、対局前から真剣な表情で、私との一局に臨んできた。
それに対して、私も以前のリベンジも誓い、この対局に臨む。
本局は、先手の中田君が、私の三間飛車をかなり警戒した出だしとなった。
早めに四筋の歩を突いて石田流を牽制し、更に持久戦志向を見せつつも、ギリギリまで囲いの方針を保留する。
そして、玉側の端歩まで突き合った上で、中田君は居飛車穴熊の態度を明らかにした。
中田君の狙いとしては、私の石田流と向かい飛車を避けて、ゆっくりした戦いに持ち込む方針のようだ。
但し、その代償として、穴熊の端歩を突いていたり、右銀の位置が4七と囲いからやや遠くなっている。
なので、私も無理はせずゆっくり指した結果、ノーマル三間飛車VS居飛車穴熊という、かなり珍しい戦形となった。
もっとも、このままだと私に主張が無くなってしまうから、中田君の陣形を慎重に見極めながら、銀冠へ囲いを進展させる。
銀が上がった一瞬は、囲いが完全にバラバラだけど、攻めのタイミングがぶつからなければ大丈夫だ。
そうして、中田君の攻めの前にベストな陣形を整え、決戦を待つ。
形勢は五分だけど、後手という事を考えれば私に不満はない。
一方の中田君も、振り飛車の序盤からの仕掛を封じているから、この位の代償ならやむを得ないと見ているのだろう。
そして、お互いの陣形整備が終わり、中田君が仕掛けて来る。
中田君の攻めは、部分的には定跡になるけど、全く違うこの形でどこまで利くかが本局の鍵になりそうだった。
その後も、中田君の攻めが続くけど、通常の定跡と違うからか、攻めが細い。
それに対し、私は自陣飛車で確実に受け、相手の強引な馬切からの香打にもしっかり対応した結果、駒得を果たして優位に立った。
とは言え、私も2枚の飛車がいずれも自陣に封じられた形になっているから、それが中田君の主張だったのだと思うけど、私は全く別な視点で読んでいた。
中田君の穴熊はやや薄く、端歩を突き合っているから、端にも不安がある。
私はここで一気に読みを入れて、端に香を並べ、中田君の穴熊を縦から攻略に掛かる。
中田君は構わず私の飛車を狙って攻めて来るけれど、私は一気に穴熊の端を食い破っていく。
結果、中田君が飛車を取り切れないうちに、私は中田君の穴熊を潰して一方的に寄せに入った。
その後も、中田君は何とか私の玉に迫ろうとするけど、私はそれに介さず、一気に寄せ切って勝利を決めた。
「負けました」
「ありがとうございました」
本局では、戦いの始まった中盤以降、一気に突き放しての完勝だった。
スランプから抜け出し、壁を破った力が、確実に自分のものになっていると実感する。
「ちびっ子……とはもう言えねーか。岩瀧、強くなったな、お前」
「頑張ってきましたから」
「まあ、ここまでボコボコにされたら、諦めも付くわ。
啓一に置いてかれないように必死だったけど、年下の女に手も足も出ないんじゃーな」
どうやら中田君は、今年の奨励会入会を目指していたらしい。
だけど私に完敗したことで、諦めが付いたという事だった。
「気にすんな。結局は俺の力と、挑戦する勇気が足りなかっただけだしな。
岩瀧、お前はどっちを目指すんだ?」
「私は、このまま勝ち続けて、棋士を目指せる様に頑張ります」
「そうか、なら俺の分も頼むわ。……頑張れよ」
そう言って中田君は去っていく。
本局では、私達はお互いの夢を懸けてぶつかり、そして敗れた中田君は夢を諦めた格好になった。
多分、私がプロを目指す限り、これからも同じ様な事は続くのだろう。
それでも夢のために前に進んで行こうと、そう思った。




