小学三年生-11
そして翌日、私はお祖母ちゃんと一緒に、将野五段と待ち合わせる事になった。
亜季とお母さんとは別行動で、お昼に合流して、昼食を食べてから帰宅する予定になっている。
待ち合わせ時刻に伺うと、将野五段は大人の男性を連れて来ていたので、お祖母ちゃんと一緒に挨拶する。
「おはようございます、岩瀧さん、お祖母さん。
こちら宮水さん。奨励会の三段です」
「おはようございます、宮水です」
「おはようございます、将野先生。宮水さん、よろしくお願いします」
その後、お祖母ちゃんも挨拶を交わし、近くの喫茶店に入る。
今日は、私の将来の夢に関する悩みを聞いて貰う場なので、口を挟まない方針のようだ。
お店に入って、まずは私の悩みを聞いて貰う。
昨日のように、最初は女流棋士を目指していたはずだけど、本当にそれで良いのか今は悩んでいると話す。
それに対し、まずは将野五段が語り出した。
「岩瀧さんの悩みは、実際に難しいところです。
一旦奨励会に入ってしまうと、そこから女流に戻るのは簡単ではありません。
2級まで昇級できれば女流編入の道もありますが、辿り着けない場合は難しくなりますから」
全く道が無い訳ではないけど、最初から女流棋士を目指すのとは雲泥の差になるらしく、有望な女子が将棋を辞めてしまう恐れもある、という事らしい。
「宮水さんに来て貰ったのは、近い悩みを抱えているもの同士だと思ったからですが、大丈夫ですか?」
「潤、自分は相変わらず容赦ないね。まあ、俺も承知で来てるから良いけど」
二人の歳は離れているけど、結構仲良さそうだ。
宮水三段の話を聞いてみると、奨励会の三段リーグ所属でもうすぐ26歳、即ち「勝ち越さなければ退会」の状況の中、リーグ戦を戦っているらしかった。
「それって凄く大変な気がします……」
「そうだね。岩瀧さんはまだ小学生だし、ちょっとキツイ話になるかな」
そう言いつつも、宮水三段は話し始める。
やはり、奨励会の年齢制限は非常に厳しく、かなり柔らかい表現にはなっていたけど、プロになれない恐怖や、その恐怖が日常でも常に付きまとう事などを教えてくれた。
それに対して、私は思い切って質問をぶつけてみる。
「宮水さんは……その、後悔とか無いんですか?」
「そうだね。無いと言ったら嘘になるかな。
多分、潤みたいな選ばれた奴以外は、みんなそれを抱えながら戦ってる」
確かに、絶対的な天才はこんな悩みは無縁だと思う。
だけどその一方で、多くの奨励会員はこの恐怖と戦っていると、宮水三段は教えてくれた。
「それに、仮に奨励会に入らなかった自分を考えても、思いつかないんだ。
苦しいのは事実だけど、棋士を目指すなら道は一本しかないからね」
「そう……ですか、ありがとうございました」
宮水三段の話は凄く参考になった。
確かに、男性が将棋を職業にするなら、苦しくても奨励会を突破するしかない。
その言葉を反芻していると、将野五段が話しかけてくる。
「岩瀧さん。宮水さんの話を聞いて、とても大変に思ったと思います。
それでも、僕個人としては、貴方には棋士を目指して欲しいと思います」
「棋士の方を……ですか?」
「ええ。貴方には才能があるから、それを伸ばして欲しい。
それと逆説的ですが、奨励会の2級に辿り着けないなら、女流の中でも活躍できない時代になって行くとも思いますので」
そして話は終わり、将野五段と宮水三段にお礼を言って別れた。
二人と話したことで、少しずつ自分の目指す方向が見えて来た気がするし、心の中のもやもやがようやく晴れてくれる、そんな風に思った。




