小学一年生-1
藤井新棋聖誕生にあやかって、8/1(将棋盤の升目)に初投稿です。
もし自分が女性なら、女流棋士になれたのに――
デスマーチの最中に益体もない事を思い浮かべ、思わず苦笑いする。
大学の頃は学生大会でそこそこ名が売れたものの、精々奨励会の中下級レベル。
就職活動のアピールになる程ではなく、当然ながらプロ編入は一考の余地もない、その程度の棋力。
しかし女流棋士なら何とかなる――、そんな妄想を振り払い、仕事に意識を戻す。
難関大学の肩書きはあったものの、思わしくない雇用情勢の中、コミュ障な俺の就職活動は難航を極めた。
そして、何とか内定を得た企業は、当然と言うべきかブラック企業。
どこで選択を間違えたのか――。
就職してからは、大量の仕事に追われながら、後悔とありもしない妄想を浮かべる日々だった。
だが今は、この仕事を終えなければ、家に帰ることも休むことも出来ない。
なので、意識を現実に戻しつつ、改めて業務に向き合ったつもり、だった。
……おかしい、身体がいう事を利かない。
これはやばいと、本能は最後の警鐘を鳴らしていたが、半ば力尽きていた俺は、今月はこれで何連勤で何時間残業だっけか、と虚しく勤務実績を思い返しながら、意識を手放した――。
・・・・・・
将棋盤を見た瞬間、そんな記憶が走馬灯の様に蘇り、茫然とする。
今のは一体何だったんだろう……。
「澄花、大丈夫?」
そんな私を不審に思ったのか、従兄の延文お兄ちゃんが声を掛けてくる。
……うん、私は岩瀧澄花。もうすぐ小学一年生の女子。
今日は家族でお父さんの実家にお泊り中。
今は、お兄ちゃんから珍しいゲーム―「将棋」を教えて貰うところだったはず。
将棋を始めるため、大きな将棋盤が用意されて、それを見た瞬間の出来事だった。
「お姉ちゃん、具合悪い?」
「にゃー?」
「……あ、ううん。大丈夫だよ」
妹の亜季(と猫のトパーズ)からも心配されて、ようやく我に返る事ができた。
とは言え、見ず知らずの記憶が流れ込んで来たからか、頭がガンガンする。
折角、お兄ちゃんが珍しいゲームを教えてくれるのに……と思う気持ちはあるけれど、早めに休んだ方が良いかもしれない。
……この追憶が、私だけでなく将棋界の歴史をも変える、その始まりになった。